猛禽類の巣の分布の統計的特徴【論文紹介】#5

arXivを読む人たちの界隈では、オセロが弱解決された論文(arxiv.org/pdf/2310.19387.pdf)で大盛り上がりだが、今週も淡々と私の好きな統計力学の分野から1つ紹介。
Interactions between different birds of prey as a random point process
ランダムな点の動作としての猛禽類間の相互作用
2310.20670.pdf (arxiv.org)

図に示すような、ドイツのトイトブルクの森周辺で調査された猛禽類の巣の分布の統計的特徴を本論文では解析する。

トイトブルクの森周辺のワシミミズク(Eagleowl)、オオタカ(Goshawk)、ノスリ(Buzzard)の巣の分布

ワシミミズク、オオタカ、ノスリの3種はいずれも、体長約60cm、開翼長約150cmの猛禽類だ。

全ての巣に関して、最近傍(NN: Nearest Neighbour)と次近傍(NNN: Next-to-nearest Neighbour)の距離の統計を考える。
クーロンガスという、各粒子同士が距離の二乗に反比例する(近づくほど強い)反発力を持つランダムな粒子の集まりを考える。これは、食べ物を取り合わないように巣同士が間隔を空けることを再現する単純なモデルだ。
温度(≒乱雑さ)の逆数をβとする。

また、クーロンガスに似たウィグナーサーマイズモデルも考える。サーマイズモデル(定義は式(2.4))は、βが小さい(高温)ならクーロンガスとよく一致するが(Appendix B)、β=2(低温)となるとずれが無視できなくなる(下図)。

左:サーマイズモデルにおける、NNの距離のヒストグラム
赤がβ=0、紫がβ=1で他は0.1間隔
右:サーマイズモデル(実線)とクーロンガス(点線)における、β=2でのNNの距離のヒストグラム

このクーロンガスとサーマイズモデルによる分布で、現実の巣の間隔のヒストグラムをβを変えてフィッティングした結果が下図。上ほど個体数が多く、フィッティングの精度もよい。

ワシミミズク(Eagleowl)、オオタカ(Goshawk)、ノスリ(Buzzard)の巣間距離のヒストグラム
左から、2020年単年、2011-2020年の平均、2000-2020年の平均
赤の棒グラフが実測、実線がクーロンガス、点線がサーマイズモデルによる推計値

βの値は、大きいと巣間距離が大きくなるので、種内反発力と解釈することができる。実際、βが一番大きいオオタカは、生物学的調査からも縄張り意識が強いことがわかっている(引用文献[42、40、43])。

また、調査の21年間の1年ごとに同様のフィッティングをし、年ごとのβの値を示したのが下図。

ノスリとオオタカの、フィッティングしたβの値(上)と個体数(下)の年変化

全体的に、サーマイズモデルより単純なモデルであるクーロンガスによるフィッティングのほうが精度がよい。

クーロンガス、サーマイズモデルの他に、D次元のポアソン分布を考える(定義は式(4.1))。
次元Dを1から2まで0.1刻みで変えてみたのが下図の左のグラフ。

D=1~2のD次元ポアソン分布(左)と現実の巣の間隔のデータへのフィッティング(右)

現実のデータにフィッティングすると、2次元ではなく1.66次元が現実を表すのに一番良い値になっている。
1.66次元というのは、次のように解釈してよいかもしれない(私の独自解釈だが)。猛禽類の食べ物は2次元平面全体から取れるのではなく、木の枝のように間が空いたスカスカな分布で取れるものだと推測できる。あるいは、巣から獲物を取りに回る経路は、2次元平面をくまなく周るのではなく隙間が空くためだとも考えられる。
例えば、シェルピンスキーのギャスケットは1.58次元の図形だが、トイトブルクの森周辺での猛禽類の獲物はこれよりもうちょっと密な分布で取れると推測できる。
フラクタルって知っていますか-1.26次元や1.58次元の図形ってどんなものなのだろう- |ニッセイ基礎研究所 (nli-research.co.jp)

この論文の驚くべきところは、生物学的な考察(獲物の取り方や飛び方など)は一切考慮せず、NNとNNNの距離の統計のパラメータを少し調整するだけで、非常によく実態と一致する分布が得られることだ。ただ、3種間の相互作用についてはまだいまいち再現できていない。それもうまく再現できる単純なモデルの発見が待たれる。

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