都市の起爆剤としての人間(都市のスケーリング則の起源)【統計力学の不思議世界探索】#30
都市で何十万何百万もの人、建物、交通機関、物資、情報、等々が複雑に相互作用した結果からほんの数個の統計量を取り出すと、それが世界中のほとんどの都市で一致するというのは驚くべきことではないかと思う($${10^{23}}$$個もの気体分子の相互作用が、温度や圧力という巨視的なパラメータで記述できてしまうような)。
しかもその多くは、都市の人口 N に単純に比例するのではなく、1ではない指数$${β}$$に比例して$${X=X_0N^β}$$($${X}$$は何らかの統計量、$${X_0}$$は人口1人のときのそれの値)と書けて、この指数法則にほとんどの都市がきれいに乗る。人口が$${n}$$倍になると$${X}$$は$${n^β}$$倍になるという、拡大縮小(スケーリング)に関する法則なのでスケーリング則とも呼ばれる。
都市のスケーリング則は様々な統計量に現れるが、代表的なものとして都市域の道路総延長と都市の総生産量を図1に示す。このグラフは両対数なので、指数法則の指数は傾きに現れる。
$${X=X_0N^β}$$の両辺対数を取ると、
$${\log X=β\log N+\log X_0}$$
これは、$${\log X}$$を縦軸、$${\log N}$$を横軸に取ると、中学で習う比例のグラフ
$${y=ax+b}$$と同じで$${β}$$は傾きを表すことになる。(今回の記事は、四則演算と累乗の計算がほとんどですがこんな感じの記号操作が多めです。)
図1Aの道路面積は、人口が増えると単純に人口に比例するよりも少ない道路の量で都市は作られることを示し、Bの総生産量は、人口が増えると単純に人口に比例するよりも多くの生産が行われるようになることを示している。これは、「都会のほうが道は混雑する(有効活用される)」、「都会のほうが稼げる仕事が多い」といった直観にも合致している(これほどきれいに直線に乗るのは意外かもしれないが)。
統計力学の不思議世界探索、今回紹介する論文はこちら。
The Origins of Scaling in Cities
都市のスケーリング則の起源
(PDF) The Origins of Scaling in Cities
(前回の記事↓では、都市の成長速度をコントロールする臨界指数βは前提条件として扱ったが、今回はその起源を探る。)
まず、都市域面積 A と人口 N を持つ最も単純な都市のモデルを考える。
都市に住む人には通し番号が振られていて、i 番目の人と j 番目の人の間に、タイプ k の相互作用があるとき、社会ネットワークのその部分を$${F^{ij}_k}$$と書く。k は社会的リンクのタイプを表し、そのつながりの強さを表すパラメータ$${g_k}$$は、社会的利益や友好関係などで近づきたいなら正の値、治安が悪そうなど近づきたくないなら負の値を取る。
都市に住む人には、相互作用断面積$${a_0}$$がある。これは、都市内を移動中に目に入る広告や、気になったら入ってみる店、ばったり会ったら話してしまう人と反応する範囲と考えてよい。
人が都市内を距離$${l}$$だけ移動すると、都市内の面積$${a_0l}$$の範囲にあるものと、それぞれに$${g_k}$$の強さで相互作用する。1回の移動での社会的成果$${G}$$(金銭的価値だけでなく、情報交換による価値や満足感なども含む)は、
$${G=\bar{g}a_0l}$$($${\bar{g}}$$は$${g_k}$$の平均)と書ける。
都市全体での社会的成果$${Y}$$は、$${G}$$に人口$${N}$$と人口密度$${\frac{N}{A}}$$(相互作用の発生頻度に比例する)を掛けて、$${Y=\frac{G N^2}{A}}$$となる。
一方で、1人が都市内を1km移動するときに(社会との相互作用も含め)必要なエネルギーを$${ε}$$とすると、都市全体の交通を維持するのにかかる総エネルギー$${T}$$は、人口Nと$${\sqrt{A}}$$を掛けて$${T=ε\sqrt{A}N}$$と書ける。$${\sqrt{A}}$$は、都市の面積Aを正方形に押し込んだ場合の一辺の長さなので、これを(おおよその)一人の移動距離の平均とする。
個人の生産量$${y}$$(給料と考えてよい)は単純に、都市全体の生産量を$${Y}$$を人口$${N}$$で割ったものとすると、$${y=\frac{Y}{N}}$$と書ける。
住人各自が、自分の給料を使って都市内での活動をしているとすると$${ε≒y}$$と書け、都市全体としても$${T≒Y}$$と書けるので、ここに先ほど書いた
$${T=ε\sqrt{A}N}$$と$${Y=\frac{G N^2}{A}}$$を代入すると、
$${ε\sqrt{A}N≒\frac{G N^2}{A}}$$
$${εA^{\frac{3}{2}}≒G N}$$
$${A≒(\frac{G}{ε})^{\frac{2}{3}}N^{\frac{2}{3}}}$$
$${A≒aN^α, (a=(\frac{G}{ε})^α, α=\frac{2}{3})}$$
($${a}$$と$${α}$$の違いに注意。わかりにくいと思うが原文ママ。)
と、都市の面積Aが人口Nの$${\frac{2}{3}}$$乗に比例するという指数法則が導出された。この指数$${α}$$が1より小さいのは、人口が増えるほど人口密度は高まって面積はさほど増えないことを表す。
この$${A}$$の指数法則を先ほどの都市全体での社会的成果$${Y=\frac{G N^2}{A}}$$に代入すると、
$${Y≒G N^2(\frac{G}{ε})^{-α}N^{-α}}$$
$${Y≒G^{1-α}ε^αN^{2-α}}$$
$${Y≒Y_0N^β, (Y_0=G^{1-α}ε^α, β=2-α)}$$
と、都市の総生産量$${Y}$$についての指数法則が導出された!これが図1Bに一致すると言いたいところだが、この指数$${β=2-α=\frac{4}{3}≒1.33}$$は実際のプロットから得られたβ≒1.126よりも過大評価してしまっている。主な原因としては、道が都市内を通ることの影響、道の維持コストや、道の太さによって区画の面積が減ることを考えていないからだ。
(脇道)
本論文では、2次元の都市に限らず任意のD次元の都市で成り立つ指数法則も計算しているが、本記事では割愛。注意されたいのは、ビルが高さ方向に伸びるのはここでは3次元とは言わない。2次元平面で表される1区画の密度が高まることにしか寄与しておらず、都市の別のところとつながるネットワークは2次元のままだからだ。宇宙の泡構造(!?)のようにネットワーク全体が3次元的になって初めて3次元の都市と言える。
ついでに言うと、都市内での移動経路の長さも本論文では任意のフラクタル次元Hを使って考える(D次元都市の街路での平均移動距離は$${A^{\frac{H}{D}}}$$となるような)。コッホ曲線くらいギザギザになると、1.26次元くらいになる。2次元の通常の都市の移動経路は、ややギザギザしていてもフラクタル次元はほぼ1と近似できる。
ここからは、上記の単純なモデルに対する改善要素を4つ加える。
(1) 都市内では人が良く混合される、つまり住人1人が活動のために利用できる最小リソース$${\frac{Y_{min}}{N}≒\frac{GN}{A}}$$は都市のどこでも得られるとする。
(2) ネットワークの漸進的成長、つまりネットワークに人口が参加するほど徐々に発展し、分散型ネットワークを形成する。個人間の平均間隔$${d}$$[m/人]は人口密度$${n}$$[人/m^2]の逆数の平方根を取って$${d = n^{-\frac{1}{2}} = (\frac{A}{N})^{\frac{1}{2}}}$$と書けるので、ネットワーク全体がカバーする面積(≒道路に接する建物の面積)$${A_n}$$は、個人間の平均間隔$${d}$$に人口Nを掛けて$${A_n≒Nd = A^{\frac{1}{2}}N^{\frac{1}{2}}}$$となる。
ここに、先ほど導いた都市全体の面積A($${=aN^α, (α=\frac{2}{3})}$$)を代入すると、
$${A_n≒a^{\frac{1}{2}}N^{\frac{1}{3}+\frac{1}{2}}}$$
$${A_n≒a^{\frac{1}{2}}N^{1-δ}, (δ=\frac{1}{6})}$$
(δをこんな置き方したのは後々の利便性のため)
と、ネットワークがカバーする面積には都市全体の面積とは別の指数法則がある。
(3) 人間1人の能力は生得的なものとしての制約があり、これは人口Nが増えても1人の1回の移動での社会的成果Gは平均的には変わらないことを要求する。
(4) 社会経済的成果Yは「ネットワーク上」での社会的相互作用に比例する、つまりネットワーク全体がカバーする面積$${A_n≒a^{\frac{1}{2}}N^{1-δ}}$$を用いて、
$${Y=\frac{G N^2}{A}}$$
$${Y≒G N^2(\frac{G}{ε})^{-\frac{1}{2}}N^{-(1-δ)}}$$
$${Y≒(Gε)^{\frac{1}{2}}N^{1+δ}}$$
今回得られたYの臨界指数は、$${β=1+δ=\frac{7}{6}≒1.167}$$と、実際のプロットから得られたβ≒1.126にだいぶ近くなった!
上記4つの改善要素を踏まえたうえで、道路などのネットワークが下の図2のように階層構造を成していることを考える。生活道路<主要街路<高速道路orバイパスのような階層構造である(これは上下水道や電力網などにも同様にあてはまる)。階層は全部で h 段あるとし、上層(粗いほう)から順に i 段目と数える。
1段細かい段への分岐数は、どの段からも平均 b 本とする。最下層のネットワークは全人口に行きわたるので、最下層の分岐数は人口Nと同じになるとする。b倍の分岐をh回繰り返すとNになるということは、
$${b^h=N}$$
$${h\log b=\log N}$$
$${h=\frac{\log N}{\log b}}$$と書ける。
最下層の(人口1人分の)ネットワークの1端が占める横幅を$${s_*}$$と書くと、上から i 段目の階層のネットワークの隙間の幅$${s_i}$$は、$${s_i=s_*b^{(1-δ)(h-i)}}$$
これは1段上がると$${b}$$倍になるのが$${h-i}$$段分あり、それに$${1-δ}$$の指数がかかっている。この指数は、先述の改善要素(2)での、ネットワークがカバーする面積$${A_n≒a^{\frac{1}{2}}N^{1-δ}}$$にかかっていた指数と同じ意味合いである。
最上層のネットワークの隙間の幅$${s_0}$$は、$${s_0=s_*b^{(1-δ)h}>>s_*}$$
これは末端の幅$${s_*}$$よりずっと大きい。
また、ネットワークが都市の空間にくまなく届くためには、i 段目のネットワークの長さ$${l_i}$$が、1人の移動距離$${l}$$と i 段目の1人当たりの面積$${a_i=ab^{(α-1)i}}$$によって、$${l_i=\frac{a_i}{l}}$$となる。これは、最下層での1人当たりの面積が$${a_h=aN^{α-1}}$$、ネットワーク上の最短経路が$${l_h=(\frac{a}{l})N^{α-1}}$$となることを意味し、人口Nが増加するとともに1人の移動距離$${l}$$は(人口密度が上がることと交通が便利になる影響で)減少することを意味する。
全階層を合わせたネットワークの総延長$${L_n}$$とカバーする面積$${A_n}$$は、等比数列の和の公式を用いて次のようになる。
$${L_n=\sum_{i=0}^hl_iN_i=\frac{a}{l}\sum_{i=0}^hb^{αi}}$$
$${ =\frac{a}{l}\frac{b^{α(h+1)}-1}{b^α-1}}$$
$${ ≒L_0N^α, (L_0=\frac{a}{l})}$$(1)
$${A_n=\sum_{i=0}^hs_il_iN_i=s_*\frac{a}{l}\sum_{i=0}^hb^{(α+δ-1)i}}$$
$${ =s_*\frac{a}{l}\frac{b^{α(h+1)}-1}{b^α-1}}$$
$${ ≒A_0N^{1-δ}, (A_0=\frac{s_*a}{l(1-b^{α+δ-1})})}$$(2)
都市全体がこう書けることによって、全体の流量$${J}$$について考えられるようになる。i段目の各階層での全流量$${J_i}$$は、いずれは一つ上の段を通るので、$${J_i=J_{i-1}}$$
i段目の各階層での流れの密度を$${ρ_i}$$、流れの速さを$${v_i}$$とすると、
$${J_i=s_iρ_iv_iN_i}$$と書ける。幅$${s_i}$$は1段ごとに$${b^{δ-1}}$$倍、その範囲の人口$${N_i}$$はb倍になるので、階層ごとの流量が変わらない$${J_i=J_{i-1}}$$となるためには
$${ρ_iv_i=b^{-δ}ρ_{i-1}v_{i-1}}$$となる。
これはつまり、主要な道路になるほど密度は高くスピードも速い、ということを表す。また最下層の1人分の流量$${ρ_*v_*}$$は人口Nに依らず一定とするので(先述の改善要素(3)より)、トータルの流量$${J}$$は$${J=J_i=J_h=J_0N, (J_0=s_*ρ_*v_*)}$$と書ける。
道路を通るときに消費されるエネルギー(車の燃費など)は、階層の高い道ほど快適に走れ、細い道は徒歩に切り替えるなどするので、道の間隔$${s_i}$$に反比例すると仮定する。そうすると、i 段目のネットワーク全体で消費されるエネルギーは i 段目のネットワークの総延長$${l_i}$$を掛けて、$${r_i=r\frac{l_i}{s_i}}$$、$${r}$$は車本来の燃費を表す定数。
i 段目のネットワークには$${N_i}$$人の人がいるので、1人が消費するエネルギーは$${R_i=\frac{r_i}{N_i}=\frac{ar}{ls_*}b^{-(1-α+δ)i-(1-δ)h}}$$と書ける。
都市全体としてのエネルギー消費Wは、移動にかかるエネルギー損失を電気抵抗とみなすと、オームの法則より$${W=RJ^2}$$なので、全階層の和は
$${W=\sum_{i=1}^hJ^2R_i}$$
$${ =J^2\frac{ar}{ls_*}b^{-(1-δ)h}\frac{1-b^{-(1-α+δ)(h+1)}}{1-b^{-1+α-δ}}}$$
$${ ≒W_0N^{1+δ}, (W_0=\frac{arJ_0^2}{ls_*(1-b^{-1+α-δ})})}$$, (3)
Wの指数は$${1+δ=\frac{7}{6}}$$で、都市の総生産Yの指数(先述の改善要素(4)より)と同じなので、$${\frac{Y}{W}}$$は人口Nに依らない値となる。
最後に、都市全体の純利益として総生産Yから消費されるエネルギーWを引いたラグランジュ関数Lを考えると、
$${L=Y-W+λ_1(εA^{\frac{1}{2}}-\frac{GN}{A})+λ_2(A_n-cNd), (c=A_0a^{-\frac{1}{2}})}$$
$${λ_1, λ_2}$$はラグランジュ乗数であり、ラグランジュの未定乗数法によってLの極大値を探すと(途中式割愛)、
$${L=\frac{2α-1}{α}G^*\frac{N^2}{A_n}}$$
1人の1回の移動での平均的な社会的成果$${G}$$に、何らかの最適な値$${G^*}$$があるということである。(図2B)
1人の移動にかかるエネルギーεを固定し、$${a=(\frac{G}{ε})^α}$$とすると、
$${Y_0≒G^{1-α}}$$, $${W_0≒G^α}$$、$${α=\frac{2}{3}}$$なので、GとともにYもWも増加する。そのために都市全体の純利益Y-Wは、YとWのトレードオフの関係にあり、都市計画の多くの場面でそのバランスをとることが重要となる。電車やバスの路線再編や運賃設定や、道路整備や区画配置など、都市の施策はこれらの記号のうちいずれかを操作してできるだけ都市全体の純利益を上げようとする。実際には多くの住人の動きの変化を想定して試算結果を出して検討するのだろうけど(都市計画についてSimCity以上の解像度が私にはない)。
図2Bより純利益Lが正になるGの範囲は、L=0になるGを求めると、$${G_{min}=0}$$と$${G_{max}=[\frac{(εl)^{2α}}{rJ_0^2}l^{2(1-α)}]^\frac{1}{2α-1}}$$になる。
Lが正になるということは、都市はそれだけのエネルギーWを(化石燃料を輸入したりして)食いつぶしてでも都市での生産活動をすればそれを上回る生産Yができるので、どんどん都市での生産活動をしようとする自己組織的な構造となるということである。
Lを最大にする$${G^*}$$は、
$${G^*=(\frac{1-α}{α})^{\frac{1}{2α-1}}G_{max}≒\frac{G_{max}}{8}}$$と書ける。
これもYとWの拮抗によって人口Nに依らない一定値であり、図1B(下に再掲)のはめ込みグラフで実際の都市のデータがプロットされている。
図1Bのはめ込みのグラフで目立つ外れ値として、リバーサイド(黄)、ブラウンズビル(赤)のような、平均よりも低い都市は、より移動効率を良くしたりや高密度化を促進する措置から最適な利益を得ると予想される。
逆に、ブリッジポート(緑)のような、平均よりも高い都市は、よりコンパクトな都市生活や輸送エネルギー効率の向上から利益を得る可能性がある。
都市全体の純利益は、1人の1回の移動での平均的な社会的成果Gに根差しており、都市に住む人の指向性によって、都市の生産性はどんどん増えるように加速される。
まさに、都市が指数関数的成長をしようとする起爆剤として人間の活動があると言える。
(編集後記)
記号操作が多い論文で、自分でも理解するために、こんなに書くのは久しぶりと感じるくらい手書きで式変形を追った。手書きで式変形を追うのって、数字を指で数えるのと同じくらい、概念を"身体化"する営みだと思う。私はそうして理解した上で書いているので、もしこの記事が読むだけではわかりにくいと感じたら、本論文も見つつ手書きで式変形を追ってみるといいかもしれません。
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