動物の群れの意思決定(誰がリーダーでどう影響するのか)【統計力学の不思議世界探索】#25
ミツバチの8の字ダンスの研究が有名であるが、多くの動物の群れ(イワシの大群やヌーの大移動など)にとって、良い餌場の方向を知っていたり群れを的確に導ける個体は、群れの中でも年長者や感覚の鋭い個体のようなごく一部だと知られている。そのようなリーダー格の個体が、群れにどれほどの割合いるのか、ごく一部でも群れ全体にどれほどの影響を及ぼしているのかをシミュレーションして統計力学的に調べるのが本論文の目的である。
統計力学の不思議世界探索、今回紹介する論文はこちら。
(今回から【統計力学の不思議世界探索】というシリーズ名をつけていきたい。「統計力学」の部分を他の学問分野に変えて派生作品が出てくるのも期待している。)
Effective leadership and decisionmaking in animal groups on the move
移動する動物グループにおける効果的なリーダーシップと意思決定
Effective leadership and decision-making in animal groups on the move (uni-konstanz.de)
これまた、たった4ページだけで引用数3000以上という驚異的な質の高さの論文。初めての英語論文読破なら、前回紹介したVicsekモデルよりもこちらをおすすめしたい。
群れはN体の個体から構成される。各個体には1~Nの通し番号が降られ、i番目の個体の位置ベクトルは$${\bm{c}_i(t)}$$、方向ベクトルは$${\bm{v}_i(t)}$$と表す。全個体は一定の速さ$${s_i}$$を持ち、方向のみ個体ごとに変わるとする。ある範囲内にいる隣人から遠ざかることで、自分自身 i と他者 j の間の最小距離$${\alpha}$$を維持しようとする。
$${\bm{d}_i(t+\Delta t)=-\Sigma_{i\neq j}\frac{\bm{c}_j(t)-\bm{c}_i(t)}{|\bm{c}_j(t)-\bm{c}_i(t)|}}$$, (1)
分子は、自分から相手の位置に向かう方向ベクトルで、離れる方向を表し、同じ大きさの分母で割ることで、大きさ1の単位ベクトルにしている。その反発力が近隣全部から足しあわされることによって群れの中で程よい距離を保つことになる。
近傍個体が検出されない場合、個体は局所的な相互作用範囲ρ内にあるj個の近傍個体に引き寄せられ、その近傍個体と整列する傾向がある.
$${\bm{d}_i(t+\Delta t)=\Sigma_{i\neq j}\frac{\bm{c}_j(t)-\bm{c}_i(t)}{|\bm{c}_j(t)-\bm{c}_i(t)|}+\Sigma_{j=1}\frac{\bm{v}_j(t)}{|\bm{v}_j(t)|}}$$, (2)
1項目のは、(1)とは符号が逆で引き寄せられる効果を表す。2項目は近隣個体と同じ向きになろうとする効果を表す。
$${\bm{d}_i(t+\Delta t)}$$は次のように規格化したものを以下扱う。
$${\bm{\hat{d}}_i(t+\Delta t)=\frac{\bm{d}_i(t+\Delta t)}{|\bm{d}_i(t+\Delta t)|}}$$
(1), (2)がまず、リーダーは考慮せず、boidのような"群れがまとまる"仕組みである。前回紹介したVicsekモデルにも似ている。
リーダーの動きのルールとしては、良い餌場などの方向を指す単位ベクトル$${\bm{g}}$$がわかっているとし、その影響を加味する。
$${\bm{d}'_i(t+\Delta t)=\frac{\bm{\hat{d}}_i(t+\Delta t)-\omega\bm{g}_i}{|\bm{\hat{d}}_i(t+\Delta t)-\omega\bm{g}_i|}}$$, (3)
上式でのωは、餌場に向かう傾向の強さを表す。ωがゼロの場合、餌場の方向には無関心で、1を超えると、近隣の個体を避けるよりも餌場に向かうほうを優先する。
群れ全体のうち、リーダーの数の割合は p とする。
他のすべての個体は、特定の方向に移動する選好を持たず、また集団内のどの個体が情報を持っていて、どの個体が情報を持っていないかについても知らされていない。
また、各個体の運動はランダムな影響(感覚や運動誤差など)を受ける。これは、各個体の移動の方向ベクトル$${\bm{\hat{d}}_i(t+\Delta t)}$$または$${\bm{d}'_i(t+\Delta t)}$$を、0を中心とする半径の標準偏差 σ = 0.01 rad の正規分布で取ったランダムな角度だけ方向ベクトルをずらすことでシミュレートする。
上記の条件で群れのシミュレーションを行い、群れ全体の揃い具合は、角度を表す単位円上の点の位置標準偏差で評価する(前回紹介した合成ベクトルによるオーダーパラメータとはちょっと違うが、同様な”揃い具合”の指標と思ってよい)。
このモデルで重要なのは、リーダーの個体もそうでない個体も、近くにいる個体がリーダーかどうかはわからない、ただ程よい距離を保ち同じ方向を向こうとするだけの(リーダーだけはωの重みづけだけ良い餌場を向こうとする)ルールに従っているだけということである。それを念頭に以降の驚くべき結果を見てほしい。

b. 情報を持つ個体の割合(横軸)に対する、集団全体の長さ(縦軸)
集団サイズと色の対応はaもbと同じ
図1aではまず、群れの中のリーダーの割合を変えてみて揃い具合を調べた結果である。全体の集団サイズを大きくすると、曲線が左上に寄っていくということは、リーダーの割合が少なくても精度が高くなる。つまり、集団サイズが大きくなればれば、情報を持つ個体の行動は変わらなくても、情報を持つ個体の影響力が大きくなる、それも、ほぼ頭打ちなぐらいぴったりと向きが揃うようになるという奇妙なことが起こっている。また、図1aのはめ込みの図を見ると、黒線の個体数10の場合は外れているが、個体数30以上なら曲線がきれいに重なって、リーダーが7, 8個体もいれば揃い具合は9割以上で安定するのである。200個体いてもたった7, 8個体にぴったり揃う驚異の統率力を感じられる。
図1bでは、グループの方向に沿った軸の長さと、グループの方向に垂直な軸の長さの比を計算することによって細長さを測定した。図1aと比較すると、aで揃い具合が8, 9割に上がるところで細長さの成長は止まって、それよりリーダー割合が増えればより小さくまとまった群れになっていく。また曲線の極大点を見ると、集団の数は指数関数的に大きくしているのに、最大の細長さは線形にしか伸びていない、つまり、集団サイズが大きいほど”まとまりが良い”振る舞いになるのも興味深い。
集団サイズを2倍3倍にしたら、統率に必要なリーダー割合や群れの細長さは2倍3倍ではない予想外な変化が起こるのである。
次に、リーダー個体が良い餌場の方向を重視する重みづけωを変えてみた結果が図2。a~dはリーダー割合を変えたもの。

集団全体の向きの揃い具合(黒丸)と集団が分裂する確率(赤三角)
リーダー割合は a: 0.02 b: 0.1 c: 0.2 d: 0.5
注目すべきはb。リーダーの割合が0.1の時は、図1aからわかる通り、きっちり向きが揃ったばかりのところなので、ωを1から下げると如実に揃い具合(黒丸)が下がってしまう。aはリーダーが少なすぎて揃わないままだし、c, dはリーダーが多くてきっちりと揃っていてωを下げても揃い具合はあまり下がらない。
群れの分裂確率(赤三角)はちょっとわかりにくいが、aの右端で飛びぬけているのは、リーダー個体が少ないためにみんなついてきてくれないが、リーダーがみんなに合わせるより餌場に行くほうを重視するとリーダーだけ別行動になってしまって分裂する。c, dはリーダーが多いのでみんなついてきてくれるから分裂確率はずっと低い。bではその中間で、ω=0.6 あたりから急激に分裂確率が上がる。絶妙にギスギスするのを感じる。
次に、群れが分裂するところを詳しく調べるために、リーダー格の個体の中でも第1の選択肢と第2の選択肢で意見が分かれるようにし、第2の選択肢の角度$${\bm{g}}$$を変えてあえて分裂させてみた結果が図3である。

横のabcはリーダー個体が第2の餌場を重視する重みづけ
縦のABCはリーダー個体の”自信”の要因の強さ
見事な分岐だ。
図3Aaを見ると、第2の選択肢をある程度の角度まではずらしても、群れのまとまる効果によって、2つの中間の角度の個体が大多数になる。しかしある臨界の角度を超えると、第1と第2の選択肢それぞれに向かう群れに突如としてきれいに分かれてしまう(中間をとる個体はほぼいなくなる)。
そして、リーダー個体が第2の選択肢を選ぶの数が減ると、第2の選択肢に向かう群れの個体数は急激に少なくなってしまう。
また、良い餌場の方向へ向かう重み付けωに、簡単な”自信”の要因を導入したのが図3B, C。各時間ステップにおいて、リーダー個体が自分の向かう餌場の方向と同じような方向(ここでは20度の範囲内)に移動している場合、ωは増大され、そうでなければ減少する(最小値0まで)。このような”自信”の力により、平均化ではなく合意形成による決定が可能となり、集団のばらつきが小さくなる。Aa, Ba, Caを見比べると、分裂する臨界の角度も小さくなっている。Bb, Cbでは、分裂した後に自信を持つようになることで、分裂したばかりの角度より大きく分裂してから第2の選択肢の人口が増えていることもわかる。
最後に、角度や自信の要因ではなく、情報の質による差別化も見てみる。第2の選択肢を選ぶリーダー個体のみ、運動がランダムな影響(感覚や運動誤差など)を大きく受けるとしてシミュレーションした結果が図4。

第2の選択肢の不確実性がゼロ(第1の選択肢と同じ)ならどちらも同じくらいの個体数がいるが、不確実性を上げると第2の選択肢の個体数は急速に減ってしまう。
このモデルは、明示的なシグナルや複雑な情報伝達メカニズムがなくても、動物群内で効率的な情報伝達と意思決定が起こりうることを示している。このことは、情報に敏感な個体と素朴な個体が互いを認識する必要はなく、リーダーシップは集団のメンバー間の情報差の関数として出現し、したがって伝達可能であることを意味する。リーダーシップの説明には、個体間の先天的な差異(体格が大きいことによる優位性など)を持ち出す必要はないが、こうした特性も集団運動に影響を与える可能性がある。さらに、ここで提案する協調のメカニズムは、限られた認知能力しか必要とせず、個体が情報を持っているものに自発的に反応できることを示している。このことは、集団採食、社会学習、移動、ナビゲーションを理解する上で重要であり、群行動ロボット間の情報伝達のための新しい設計プロトコルを提供するかもしれない。
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