うつ病?精神科受診のきっかけ
初受診から現在の通院中で20年以上。
その間 通院継続の寛解もありましたが
少し家庭内が複雑な為 すぐに揺り戻し。
またわたしの後々わかった ASD/ADHDグレーゾーンと
親を含め周囲からの「変わった子」で気づかれず
「精神疾患 = 恥ずかしい/閉鎖病棟」の認識しかない
大人たちが笑って済ませたので
初受診の頃が発症時とは当時の医師も計れず
通院前の状態を記載しようと思います。
*あくまで私個人の症状です*
発症時はバイト経験がないまま
初めて契約社員として勤めた書店での異変でした。
企業は勿論 社員 先輩 同僚 後輩と
職場環境の人間関係も恵まれていましたが
ご年配のお客様が多い書店。
日々 初対面での怒鳴り、理不尽な文句、物投げつけられる。。
現在でいう“カスハラ”の殆どを経験しました。
スタッフに恵まれたので、ダメージはあったものの
その内慣れてきました。
だが先に記載した“複雑な家庭環境”が休みの場を無くし
次第に若干家庭が負担で板挟みにすら気づかなかったです。
何故なら
「仕事が好きで、大変でもやり甲斐があったから」
今思うと安める家庭環境ではない以上
じわじわ起こる異変に気付かなかったです。
【はじめの異変】
通勤途中 地下鉄の中 → 社員通用口手前 と
職場に近づくにつれ過呼吸が起きうずくまる
元々過呼吸は幼い頃からあったので
名前は知らずとも“また あれだ”と軽視
【次の異変】
制服と私服の着替えが面倒で
そのまま出勤 退勤が増える
何か一つ脱ぐだけ 着るだけで十分私服に化けました
【業務中の異変】
・働いている自分の後ろ姿を見る自分がいる
思考も2つにスイッチできる
(これも幼い頃からあったので無自覚)
・しようとした事を忘れる
(本の陳列へ向かったのに その本を持って戻る等)
この辺りは周りも「疲れてる?」の感じ
【業務中の決定打】
一点どこか見つめたまま止まっていた
これは無自覚で声を掛けたれても
肩を叩かれても 目の前で手を振られても気づかなかった
後に周囲に聞くと
「本持ったまま立ち尽くしていた」
「新刊台のどこ見てるかわかないけど一点見つめてた」
「ストック棚開いたまま止まってた」等々
1日に数回 何故か止まっていた様です。
戻ると通常通り仕事しているので どうしたのかな?と心配される
【受診の騒動】
出勤で自宅出る際に玄関で大きな過呼吸で倒れる
複雑で無知な家庭ですので
「なにふざけてるの?遅れるよ」
そう母に食卓から言われ 反応出来ない。
当時 複雑の原因である母の実兄が家に住み着き
無遠慮にこちらも食卓から
「仕事なんて行かなくていいから、皆んなでドライブ行くか!」
これがトドメで意識失う。
まぁ兄妹仲がよく過干渉毒親 母もそれでも反応ないから
怒鳴りにきたみたいで 倒れているのを見つけ
今度は叔父と慌て出し、近所の大きな心臓・循環器科へ連れていかれる。
ここで医師が
「心臓に異常はないですが、早めに精神科受診して下さい」
気がついたわたしの意思を確認し 母へ説明してくれました。
幼い頃からの過呼吸は全て母は勿論
誰の目にもつかない場所へ移動していたので
目の当たりにした母は激怒。
叔父も合わせ文句たらたら。
“精神科”!?
“うちの子に限って”状態。
ですが 当時は個人のメンタルクリニックも少なく
大学病院の精神科へ通院スタート。
仕事は続けていましたが
処方薬と母と叔父の腫れもに触る家庭内で悪化。
2年8ヶ月で退職。
休職でもいい と言ってくれましたが
回復の見通し立たず迷惑となるので泣く泣く退職。
【以下 私の性質故 後に思い当たった変化】
・食事や水分が摂れない/喉に落ちていかない
・寝つきが悪く うつらうつらのまま朝
・極端に疲れやすい
・動悸/過呼吸増える
・服に無頓着になる/同じ服ばかり着る
・感情麻痺(何が面白いか 悲しいかわからない)
・周囲の些細な音がうるさい/または爆音
・わたしを見る私がダメ出しをする
・家族の笑い声が癪に触る
・気づいたら泣いている(これは初めて)
この時は不思議と所謂 風呂キャンなかったです。
多分 接客販売なので、身だしなみにそれなりに
最低限の配慮だったのかも知れません。
少し長くなりましたので この辺で。
当時は気付かない異変だらけです。