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【検証】学校教育で「コミュ力」を鍛えることはできるのか?(アニメを使った授業例共有)
男子大学生の54%が「自分はコミュ障」
他人とうまくコミュニケーションができない。他人と意見が異なると、すぐに感情的になって相手の意見の弱点を責め立ててしまう。自分の意見を押すことに固執してしまう。他人のちょっとした言葉選びや言い回しに対して過敏に反応してしまう。言われたことをネガティブに捉えて「自分は他人に軽蔑されている」と強く思い込んで落ち込む。そして他人および自分自身の言葉の持つ暴力性に怯えて、人と関わることに対してひどく消極的になってしまう。
程度の差はあれ、このようなコミュニケーションの悩みを抱える人は少なくないのではないだろうか。(2016年のマイナビの調査では、女子大学生の60.7%、男子大学生の54.3%が自分をコミュ障だとおもっている。)
どうしてコミュ障になってしまうのか
そしてちなみに、私自身もその一人で、こんなに不器用な人間でなければ、と後悔することは多い。「なんであんなことを言ってしまったのだろう」という後悔、望まない仲違いが原因で今でも「会いたくない人」「会ったら気まずい人」が片手に収まらないほど頭に浮かぶ。苦い思い出に眠れない夜もいまだにある。なぜ、「コミュ障」になってしまったのか。これまでの人生において何かをし忘れてしまったのだろうか。そんな問いに向き合った結果、コミュニケーションを学ぶことができるアニメーション教材に着目しているのが現在の私だ。
話すのが怖いなら、まずは「アニメ」で授業
どうしてアニメーション教材なのかと疑問を持たれることだろう。私なりの理由は、アニメーションの持つ "間接性"にある。いわゆる「コミュ障」の人たちは、「人とのコミュニケーションに抵抗やトラウマ」を抱いているのだから、そんな人たちに「隣の席に座っている人にまずは自己紹介してみましょう」なんて強いてもハードルが高すぎる。より高度なコミュニケーションならなおさらだ。だから2次元という"異次元"にある"非・現実社会" にリープできる媒体であるアニメーションを通じた授業を行うことが、コミュニケーションに苦手意識をもつターゲットにとっては適していると考えたのだ。(とはいえ、実際には作品の視聴の後に会話の時間も設けるなど授業の参加者に合わせた調整を私たちの講義では行っている)
非二元論的アニメーションのすゝめ
ではどんなアニメーションが有効なのだろうか。まず"アニメーション"という言葉を耳にすると「ディズニー」や「ジブリ」を連想する人が多いのではないだろうか。しかし同じアニメーションでも、この両者には大きな違いがある。
例えばこのWIREDの記事(上は日本語版、下の記事は英語版)では両者の違いが3つのポイントにまとめられている。この記事では、ディズニーとジブリを分かつ違いの1つは、"男らしさ""女らしさ"の表現にあるとされている。ディズニー映画では、ジェンダーが単純化され表現されている(シンデレラはその"美貌"で王子を夢中にさせるだけ)が、ジブリ映画ではどうだろうか。 女性ヒロインが男性ヒーローにひたすら心を奪われ、結ばれることだけをゴールにストーリーが展開されているか?いや違う。登場する女性たちは「一人の人間」としての個性、人格や判断が物語の展開に重要な影響をもたらしている。(『千と千尋の神隠し』の千尋は両親を助けるために自分の身を危険に晒す)
2つ目の違いは、1つ目の違いとも大きく関連するのだが、作品中の登場人物間における性的魅力の持つ影響力にある。ディズニーではその影響力が大きく、ジブリでは小さい。筆者によると(そして私も同感なのだが)ジブリ映画ではプリンセスが「美しいから」というモチベーション以外にも「そうすることが人として正しいから」と言えるような誠実さ、美徳や信念などが大きく影響している。(例外的な作品もある)
3つめは登場する家族の関係性だ(ここでは実質的保護者を意味する。血の繋がりは関係ない)。例外はあるものの、ディズニー映画には「ひどい」保護者が何人も登場する。シンデレラの継母は娘共々陰湿ないじめを行なったし(父親はなぜ助けられなかった?)、ラプンツェルの育ての親がしたことは、今なら監禁罪で逮捕だ。それに対してトトロに出てくる父親は、娘たちと森で遊び、メイのおとぎ話に耳を傾け、子供達に真摯に向き合う優しいお父さんだ。キキの両親はおてんばで文句の多い娘を温かい目で見守り、自立を後押しする。
しかし、私はディズニーとジブリの一番大きな違いは別の点にあると感じている。それは作品における「悪」と「善」の描かれ方にあると思う。
ディズニーの映画では主人公は常に「正義」として描かれ、これに対峙する「悪役」が必ずいる。彼らは顔つきからして極端なほど意地悪で、欲深く、そして最後には「正義の」ヒロイン・ヒーローによって打ちのめされる(なぜか仰向きに落下して死ぬことが多い気がする)。一方、その点がジブリでは曖昧であり、「悪」の要素が自分たちの側に存在することすらある。自分たちの弱さ、弱点、不器用さに起因する「悪」がある出来事をきっかけに表面化し、それを自分自身で克服することでストーリーが完結することもある。トトロの主人公、メイとサツキは仲睦まじくも、時にぶつかり合い、喧嘩が起きるとお互いに「言い過ぎ」てしまう。決して「小さな女の子=100%正義」ではなく、不完全な人間としての姿がありのまま描かれているのだ。そしてかの有名なセリフ「メイのばか!もう知らない!」から作中の最大の危機・メイの失踪が起きる。そしてサツキは泣きながら反省し、メイの心に歩み寄り、仲間の助けを借りながら困難を克服しようとする。
断っておくが、私はディズニーもジブリも、どちらも大好きだ。ジブリの方が優れているとか好きとかそういう議論を展開したいのでは無い。ここまで書くとディズニー<ジブリという印象になってしまうかもしれないが、本当にそういう訳では無い。ディズニーならではの魅力もたくさんある。現実ではどうしようもできない不条理や矛盾、憎しみの感情をヒロインたちが代わりに晴らしてくれて、全てを手に入れてくれる爽快さ。スクリーンの前では抑圧せざるを得ない自らの様々な感情を、ディズニーのキャラクターたちは豊かに昇華してくれる。二元論的世界観だからこそ、手に汗握って「ヒロイン側」に感情移入できるし(負けるな、田舎育ちのウサギちゃん!)勧善懲悪ならではの、悪役がいなくなる気持ちよさがある。はっきり言ってディズニーの方がワクワクドキドキ興奮するし、従って私にとってジブリは"大人しくてつまらない"と感じる時期の方が長かった。
ただ、コミュニケーション教育という文脈でアニメーションを捉えた時、ディズニーにおける問題解決方法は非現実的だ。なぜならあなたの会社にもちろん意地悪な悪役そっくりな上司はごまんといるだろうが、だからと言ってディズニーさながらの仇打ちはできないからだ(「目には目を、歯には歯を」が合法だったのは、紀元前の話。復讐や暴力は、犯罪になりかねない)
実験:アニメーション教材の教育効果とは?
このような考えのもとアニメーション教材を制作していて、これからその教育効果も研究したいと考えているのだけれど、これまでの教材を使った授業例の蓄積も少しあるので、事例の一部をご紹介したいと思う。
出典:「新入生講座におけるアニメ『みんながHAPPYになる方法』による紛争解決教育の効果―コンフリクト対処スタイルの変化―」
▼概要
2012年度大東文化大学の杉田明宏氏(下記、敬称略)が、大学新入生の入学ガイダンスにおける入門講座として『アニメで学ぶ対立の解決』と題するワークショップを実施。Be-production 制作『みんながHappyになる方法』の視聴によるコンフリクト対処スタイルの変容を、ワークショップ事前事後のテストを比較しながら測定した。その後、同講座の教育効果を検証、最後に総合的な考察が行われた。なお、同研究には和光大学のいとうたけひこ氏、明治学院大学の井上孝代氏も協力した。
▼使用された教材
▼教育の場と対象
2012年4月14日、国立女性教育会館の研修室を会場に実施されたD大学文学部教育学科の新入生オリエンテーション合宿体験講座において、受講生71人(男27人、女44人)に対してワークショップ形式の入門講座を実施。
▼実施手順
下記表の通り。
出典:「新入生講座におけるアニメ『みんながHAPPYになる方法』による紛争解決教育の効果―コンフリクト対処スタイルの変化―」p.4
▼アンケート
葛藤対処スタイル尺度(2回の予備調査を経て尺度の原案を作成し、大学生233名を対象とした調査により検出された)、7項目の自己志向対処・7項目の他者志向対処の2因子14項目から構成される質問紙が使用された。(実際の質問紙などは「トランセンド研究Vol.10-1 大学新入生講座『アニメで学ぶ対立の解決』におけるコンフリクト対処スタイルの変化(2012年)」をご覧ください)
教示文「あなたは, 4, 5人のグループで生じた, メンバー同士での意見の不一致や仲たがいに対して, 以下の行動をどの程度取りますか。どれかに◯をつけてください。」に対して、「かなり使う(5点)」「よく使う(4点)」「どちらとも言えない(3点)」「あまり使わない(2点)」「全く使わない(1点)」の5件法で尋ねる。 アンケートA(事前), B(事後)の項目例は下記である。
A:「あなたは, 普段、家庭や学校などで起きたもめごとや対立に対して、以下の行動をどの程度取っていると思いますか。」
B:「あなたは、今後、家庭や学校などで起きたもめごとや対立に対して、以下の行動をどの程度取るだろうと思いますか」
1. 自分から行動したり発言する *自己志向
2. 相手の意見を受け入れる *他者志向
3. 相手が理解するまでとことん説明する *自己志向
4. 互いによく認め合うようにする *他者志向
▼結果
自己志向と他者志向の得点をそれぞれの中央値で上位群と下位群に分け、自己志向・他者志向両方の上位群を「統合」群,自己志向上位群でかつ他者志向下位群を「強制」群,自己志向下位群でかつ他者志向上位群を「譲歩」群,両方とも下位群を「回避」群と名付け,4つの葛藤方略スタイルを比較した。事前テスト得点平均の中央値に基づき、自己志向高低群・他者志向高低群で全体を便宜的に4群に分けた。(下記表2を参照ください)
事前と事後の各タイプの人数の変化から効果の有無を検討すると、χ2 (3) = 26.0, p < .001であり、統計的に有意な効果があったと確認できる、と述べられている。残差分析より「統合」の人数が有意に増加しており、「回避」の人数が有意に減少していた。効果の一般性をみるために、「統合」に3点、「強制」「譲歩」に2点、「回避」に1点を与えて点数の増減をみると、プラスの変化34名、変化なし32人、マイナスの変化5人であり、34人を71人で割ると全体の48%にプラスの効果があった。
出典:「新入生講座におけるアニメ『みんながHAPPYになる方法』による紛争解決教育の効果―コンフリクト対処スタイルの変化―」p.8, 10
考察:話し合いの重要性と定義の深化に一定の効果
大学生へのアニメーション視聴前と視聴後のアンケート分析では、葛藤対処スタイルのタイプが「統合」の人数が優位に増加、「回避」の人数が優位に減少し、全体の48%にプラスの効果があり、70%に葛藤解決方略の点数の向上が見られ、事後の感想文は記入者の72%が肯定的評価を行い、「事後の自由記述の感想文には、解決方法は多数決だけではない、答えは一つだけではない、話し合うことで発想や違った意見が出る、柔軟な発想が重要など、さまざまな気づきが記されるなど、話し合いの重要性と定義を深化させた」という点で意義を持つ可能性が提示された。
また検証後の考察ではアニメーションによる紛争解決教育の意義について下記の通り述べられている。
本作品は、子どもたちが学校の授業などの場面でコンフリクトを平和的に転換するための発想やスキルを獲得することを想定して作成されている。アニメーションはそうした年少の学習のみならず、今回の対象であった大学新入生たちも楽しんで視聴しており、アニメーション文化に馴染んでいる大学生年齢にとっても有効であるという印象を受けた。また、本作品は小学校の授業でも活用しやすいように一話10分以内にストーリーとポイントがまとめられており、紛争解決教育に触れる機会が少ない日本の大学生や大人にとっても理解しやすく活用しやすいものになっていると言えよう。
課題:調査対象・調査項目の多様化、長期化など
しかしながら、今回の検証には課題も残されている。下記はその一部である。
今回の実施対象は教育学・教員養成系であり小学校教員志望者が多数を占めるという特徴をもつ。他の学部・分野の大学生においても同様の結果となるかどうかは、実験を追加して検証する必要がある。上記のような限界があるにもかかわらず、本研究では短時間であっても視聴覚教材を取り入れた紛争解決教育が効果的である結果を得た。
上記に書かれている通り、今回の検証は特定大学の特定学部のみを対象としたものであるため、今後は他の学部、他の大学、また他の年代の学生に対しても検証を行いたいと考えている。
今回の実践は心理学実験としてではなく、大学新入生に対する学問体験を目的としたワークショップ型の教育場面で実施されたため、文章化、話し合い、ミニ講義が挿入されている。したがって、アニメーション作品以外の要素の効果が評価されていることは否定できない。
この他、上記に述べられている検証方法に関する課題に加えて、可能であれば調査期間の長期化も図りたい。アニメーション教材の視聴前後の変化のみを基にした調査では、視聴後1ヶ月、1年後にもその効果が持続しているのか不明だが、もともとの私の問題意識から考えると、大学卒業後社会人になっても効果が持続する長期的な視野での教育効果を期待したいので、効果の持続性は重要な要素である。期間についても、上の課題と合わせて検討、改善を重ねながら、今後検証を行っていきたいと考えている。