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#21.特許5312663号「洗濯用洗浄補助用品及びこれを用いた洗濯方法」~洗たくマグちゃん~

 久しぶりの更新になります。大型連休で時間もありますので、今日は今週ニュースで話題になった「洗たくマグちゃん」について書いていきたいと思います。まず、ニュースの内容を知らない人は以下のリンクを読んでください。

 宮本製作所が販売していた「洗たくマグちゃん」が消費者庁から景品表示法に基づく「措置命令」が出たというものです。ニュースを見たときに商品のパッケージの右上部分に『特許5312663号』という文字が見えたので、知財心に火が付き、急いでメモして調べてしまいました。

1.製品の概要

 私は利用したことがありませんでしたが、この商品の存在は知っていました。ウィキペディアにもページがあるくらいです。

 製造・販売元のホームページもヘッダーに「うれしいね。マグちゃんのある暮らし」というフレーズを社名の前に入れてSEO対策してあるほどの力の入れようで、この会社としては社名よりも「マグちゃん」をブランド化しようとしていたことが分かります。また、ホームページには取得している特許番号を公開しているページもありました。2013年9月に販売し、2020年5月にはシリーズ製品の累計販売数が500万個を超えていたみたいです。もともとはマグネシウム加工品の会社だと思いますが、このキャッチーな商品は全社の売り上げにおいて、それなりの割合を占めていたのではないかと推測されます。専用の通販サイトまでありました。

2.発明概要

 登録公報はこちらになります。

 まずは、①発明の課題、②課題の解決手段、③発明の効果、という技術を発明に変換するために必要な3つのポイントを確認します。

①発明の課題

【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生乾き臭の発生を防止するために、特許文献1~3記載の発明では抗菌剤により菌の繁殖を抑制しており、また、特許文献4記載の発明では消臭剤により空間に漂う生乾き臭を消臭しているが、本発明の狙いは、これらとは異なり、生乾き臭が発生する根本原因である、洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により減少させることによって、生乾き臭の発生を防止しようとするものである。

 最初に示した記事の中で『商品を洗濯機に入れると「水道水がアルカリイオン水に変わる」「洗浄力は洗剤と同等」「除菌効果は99%以上」などのほか、部屋干し臭も防ぐとうたっていた。』とありましたが、この特許では生乾き臭い発生を防止することしか言っていません。水道水が…の件は理系の人間として流石にまずいと思いますが、特許ではそこまで大風呂敷を広げてはいませんでした。

 明細書を書く人間として気になるのは『洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体』を減少させるという点。ここでは効果のみを示せばいいのに、作用まで説明しています。日本では大丈夫かもしれませんが米国特許だったら絶対にここまで書かないです。この作用ではなくてこの効果を示す形態は、この特許の権利範囲外と解釈されるおそれがあるからです。

②課題の解決手段

【課題を解決するための手段】
【0007】
衣類等の繊維製品の洗濯においては、洗濯用洗剤に含まれる、親水基及び親油基を有する界面活性剤の親油基が汚れに付き、親水基がこの汚れを水の中に引き離すことによって汚れが落とされるものであるが、本願発明者らは、金属マグネシウム(Mg)単体と水との反応により発生する水素が、界面活性剤の汚れを落とす作用を促進させることを見出してこの発明をなしたものである。

 解決手段は請求項をそのまま書く人が多いと思いますが、この特許は違いました。特許の文書っぽくなくて、少し文学的に書いているように思えます。この解決手段でも作用や効果に触れていますが、これも不要かなと。また、上記の課題で書いた内容を詳細に説明しているつもりなのかもしれませんが、一致していないところが少し気持ち悪く感じます。界面活性剤の汚れとは、界面活性剤自体が汚れなのかと読めてしまいます。

③発明の効果

【発明の効果】
【0008】
本発明においては、複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなる洗濯用洗浄補助用品を洗濯時に用いることにより、洗濯用洗剤に含まれる、界面活性剤の汚れを落とす作用を促進させて汚れ自体を減少することができるので、繊維製品を室内で自然乾燥させても、乾燥後の繊維製品に生乾き臭が発生することを防止できる。さらに、洗濯用洗剤に抗菌剤といった余分な成分を配合する必要がないため、経済的であり、また、過敏症の人の健康に影響を与えることも少なくなる。

 発明の効果は、これが本当なら使いたくなりますね。私も部屋干しが多いですから。1個1980円で販売していたらしいですが。これはヒットする理由が分かります。

3.審査の過程

2012/11/05 出願
2012/11/15 審査請求(早期審査)
2013/02/26 拒絶理由通知書(29条2項)
2013/04/15 手続補正書&意見書
2013/06/11 特許査定

 まず、注目すべきは出願から10日で審査請求している点です。なぜ出願時じゃなかったのか?は分かりませんが、2013年から製品を販売していたということで、製品販売前に慌てて出願したものだと考えられます。

 次に、拒絶理由通知です。進歩性の拒絶理由に対し、かなり饒舌な意見書を書いていたのが印象的でした。このタイミングで請求項を「マグネシウム(Mg)を主成分とする粒子」から「金属マグネシウム(Mg)単体を主成分とする粒子」とする補正を行っています。単体という単語は出願当初明細書にはなかったので、補正の根拠を詳しく説明していました。また明細おしょもクレームに合わせて補正していました。主引例である引用文献1は明細書内の特許文献5であり、金属マグネシウムではなく酸化物の鉱物だったため、そこと差別化するのにもかなり饒舌に書いていました。

 そして、この意見書で最も印象的だったのは、まとめの最後に以下のような文章があったことです。

 なお、参考として述べさせていただきますと、本願発明の洗濯用洗浄補助用品は「洗濯マグちゃん」の商品名で既に販売されており、好評を博しているところであります。(http://www.miyamotoss.co.jp/sentaku-mg.html)
 このように、本願発明は出願人にとって重要なものですので、審査官殿が、現在の特許請求の記載では特許できないとお考えになる場合には、特許請求の範囲の補正について再度検討する機会を与えていただくべく、代理人にご連絡いただくか、再度拒絶理由を通知いただくことをお願いいたします。

 代理人は出願人からこの特許の重要性を叩き込まれていたのだと思います。絶対に権利化してやるという強い意志を感じました。全体にわたって熱い意見書だったと思います。

4.私ならクレームはこうする

 では次にクレームです。今回のクレームは結構シンプルでよいクレームだなと思っています。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなることを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。
【請求項2】
粒子が金属マグネシウム(Mg)単体を実質的に100重量%含有するものであることを特徴とする請求項1に記載の洗濯用洗浄補助用品。
【請求項3】
粒子の平均粒径が1.0~9.0mmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の洗濯用洗浄補助用品。
【請求項4】
水を透過する網体がポリエステル繊維製であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の洗濯用洗浄補助用品。
【請求項5】
水を透過する網体が取手を有することを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の洗濯用洗浄補助用品。
【請求項6】
洗濯水1リットルに対し、総表面積が8~11cm2となる量で粒子が添加されることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の洗濯用洗浄補助用品。
【請求項7】
上記1~6いずれかに記載の洗濯用洗浄補助用品を、洗濯用洗剤とともに洗濯機の洗濯槽に投入し、被洗濯物を洗濯することを特徴とする洗濯方法。

 請求項1はよく見るとかなり広い権利範囲だと思います。公知と考えられる「金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」が複数個、水を透過する網体に入っていればよいという内容ですからね。強いていちゃもんを付けるのであれば、水を透過する機能があればよいのだから網体(ネット)に限定する必要があったかということくらいです。

 請求項2~5は問題ないです。気になったのは、粒径は粒子径?前記とか使ってない。ということくらいですかね。請求項6は今回のニュースと密接に関連していて、洗濯水1リットルのデータしか出願人が持っておらず、洗濯機での実証データがないということで「措置命令」が出てしまったというわけです。

 請求項7は権利侵害するのは一般ユーザーってことなんですかね?ケータイ電話の特許で通話方法を権利化しているのと同じで、このクレームは全く意味がないと思います。クリーニング会社が請求項1~6の洗濯用洗浄補助用品の海賊版を作って、業としてのクリーニングを実施したときには権利行使できると思いますが。。。

 私なら洗濯方法ではなく、洗濯用洗浄補助用品の製造方法のカテゴリを追加しますかね。

5.外国出願もあるようです

 日本の審査経過で特許査定の後に優先権証明書という項があったので気になりEspacenetを調べてみました。各国のクレームの中身までは確認しませんでしたが、以下のファミリがあるようです。CN103806254 (A) CN103806254 (B) HK1198186 (A1) JP5312663 (B1) KR101541966 (B1) KR20140058365 (A) PH12013000331 (A1) PH12013000331 (B1)。

 中国、韓国、フィリピンでも権利化されているようです。この規模の会社が外願までしているということからも、この特許の重要性というものが理解できます。


 
 と特許を読んでいって心配になったのはこの会社。会社のホームページの中心で扱っている主力製品に訪れた不測の事態。この特許をHPに載せたり、模倣品の排除活動も行っていたようですし、販売できなくなるだけでなく回収費用もあるでしょうし、かなりこの先、大変そうです。どうなってしまうのか気になります。余計なお世話だと思いますが。

 なお、今回のようなニュースがあったからといって、特許法上この特許自体がすぐに無効になることはありません(権利行使はしづらくなると思いますが)。この特許自体に実施可能要件を満たしていないとして無効審判を起こす人も出てこないとは思うので、年金が支払われる限り、この特許は存続し続けることになるでしょう。(この理由で起こしても、1リットルの洗たく水では効果ありとの結果を示したから、実施可能要件も満たしているといえそうですし)

 ということで少し長くなった来たのでこの辺りで終わりにしたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。

記事を読んでいただきありがとうございました。 支援をいただければ、また新しい記事を書くモチベーションに繋がります。よろしくお願いします。