第八話 弱小もやしマシマシ系ラーメン店の店長が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Sekka編②)
「だお……ねぇ」
弟子入り目的でここに来たはずが、店主から思わぬ座学を受けた。
誰もいなくなった赤いカウンターに一人腰掛け水を飲み干す。
座学でははじめて耳にする単語がいくつも登場したので脳みそはすっかり疲れ切っていた。
「全然違う世界に来ちゃったもんだな……ラーメンがあるのが唯一の救いだわ」
ふと、座学での一場面を思い出す。
ーー
「自分の胸の内に聞いてみるのが一番いいかもね。組織や社会に不満を持った出来事を思い出してみるとヒントがあるかも知れない」
ーー
社会への不満は腐るほどあった。
雇われ店長なので時給換算の給料が恐ろしく低いこと、俺が作ったシフト表に陰口をいうバイトのこと、感染症の影響でもらえる補助金の手続きがめんどうなこと、彼女にプロポーズしてふられたこと、エトセトラエトセトラ。
「中央が自動化……俺が受け持ってた店がハイテクなシステムに置き換わったらどうなるんだろ」
少なくともシフト表は自動で作られるようになり不満の矛先は俺からシステムに向きそうだ。難解な補助金の申請もやってくれるかも。AIが能力に合わせて技能研修をしてくれるとも言っていたしラーメンのクオリティも上がるはず。えっ、いいことずくめなのでは?
「でも……先立つものがあるじゃんね」
うん。確かに雑務が自動化できれば仕事が減って楽になるだろう。でもさ、例えばだけど今までいたラーメン屋はグループ経営とはいえほんの3店舗で、どれも小規模のラーメン屋なんだよな。そんな小さな店舗にゴリゴリのハイテクシステム入れられる?無理じゃね?
提案して予算をもらったってパジさんは言ってたけど……DAOって慈善団体なのか……?よう分からん。
「やらない理由をあれこれ考えるのは大人になってからホントーに上手くなったよな」
社会人になってから働く意味とか、仕事のあり方とか、忙しない状況下で考えたような気でいたけれど、どうなんだろうと今は疑わしく思う。
俺は純粋にラーメンが好きで、ラーメンを食べる人の喜ぶ顔や「ごちそうさま」や「美味しかった」の一言が好きで。でもやらなければいけない事務作業や苦手なあれこれを理由に本当にやりたいことのための自己鍛錬を怠ってきたような気がする。
多分そういうのもあって彼女にも愛想を尽かされ最終的に振られてしまったんだな。
今日ここで食べた一杯とpajiroスタッフの働きぶりを思い出す。
「いいなあ……」
なんだか涙が止まらなくなり誰もいない店の中でひとしきり泣いた。
うまい感情の説明が出来ないが、きっとこれはドキュメンタリー番組で同世代のプロフェッショナルな活躍を見た時の感情と多分近いもの、いや、それ以上のものかも知れなかった。
ーー
「ここで働かせてください」
ーー
あの時そんな言葉が口をついて出たのは、不甲斐ない自分を変えたかったからだと思う。
「だお……DAOねえ」
よくわかんないけど、しばらくここで働かせてもらいながら自分の答え自分の生き方をみつけていこう。
厨房に回りコップを片付けるついでに顔を水でパシャッと洗う。ここからまた、スタート。
「人生変えるために、いっちょDAOりますか!」