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第四話 お笑い芸人が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Erica編①)

キャバクラで流行の感染症にかかってしまい、しばらくうなされていたのだが、気づいたら俺は女子高生になっていた。

「どゆこと?」

渋谷のファッションビルに映った自分をしげしげと眺めた。
ピンクの艶々とした髪。クリクリとした瞳。若々しい肌。女子高生の制服。
ぺたぺたと手をあてて確かめる。元の手はゴツゴツしていてこんなに華奢ではなかった。

「ほへぇぇぇ」

気が抜けた声を出しつつ空を仰ぐ。
目の前のファッションビルには電子広告のような大きい画面。白いワンピースを着たお団子ヘアーがよく似合う女の子が大々的に映っている。可愛いな。
当たり前だが下からみてもパンツはギリギリ見えない。

もう一度正面を向き直す。ショーウィンドウに映る自分を見つめる。

「俺、女子高生になっちゃったのか……?」

これはコントでも何でもない。ただの事実だ。俺は女子高生。

「とりあえずスマホをみてみるか」

スマートフォンの写真フォルダを確認してみるが、元の自分の写真や動画は一つもなかった。代わりによく分からない狐のアイコンのアプリがインストールされていた。

「これなんだろう?」

そういえば、狐のお面を被った女子高生に最後にあったような気がする。知らんけど。そんな気がする。

「だめだ、連絡先もアプリも全部消えてるわ」

スマホがないと何もできないという事実に打ちのめされた。
これでも現役の高校生、もちろん男子高校生の頃はやっとスマートフォンが出てきたあたりだったので電子端末への依存度合いは少なかったと思う。
でも、その後の数十年で自分のアイデンティティはあれよあれよとこの小さな端末に乗っ取られちまったのかなぁ、と少し悲しくなった。

「えっと、俺は32歳独身男性。お笑い芸人をやってたんだよな」

そう。高校の同級生たちと3人でトリオを組んでいた。
平成のダチョウ倶楽部になってやろうぜ!と意気込むも全然芽が出ず。あっという間に令和に突入。その後すぐに感染症が流行りだしたという訳だ。

「人生ゲームオーバーしてここに飛ばされた……ってことかな?」

劇場でのコントは感染症の影響で全く出来なくなったが、幸い人には恵まれていた。身近な人に好かれる素質だけはあった。芸人の先輩にご飯や居酒屋にこっそり誘ってもらい日々食い繋いでいた。

「とりあえず立ち止まってても仕方がないな」

近隣にお笑いの聖地的なホールがあったはずだ。とりあえずそこを目指してみよう。

ーー

「嘘だろ……」

ホールがあるはずの場所に着いた。しかし、記憶の中の聖地は跡形もなく、代わりに空高く石のようなものが延々と積み上げられていた。どういう物理法則なのかは分からないが子どもが重ねた積み木よろしく絶妙なアンバランス感をもって石の集合体は形を保っている。

「知り合いも誰もいなさそうだな」

正直何かのドッキリ企画なんじゃないかと期待している自分がいる。だって石の周りにはエジプトの王様みたいな奴らがわらわらいるし、通ってきた道にはパンダとかヘビとかウサギとかがいて人間とも普通に会話していた。こんなのドッキリじゃなかったら何なの。知らんけど。

グゥゥゥゥ

大きな音があたりに響き渡る。
あ、自分の腹の虫か。

「メシでも食うかな」

確か少し歩いたところに打ち上げで連れて行ってもらったラーメン屋があったはず。ラーメン屋も潰れてたらへこむなあ。

ーー

"pajiro"

元のラーメン屋はなかったが、新たなラーメン屋がオープンしていた。美味しそうな匂いが店先にも漂っている。

なけなしのお金で食券を買い列に並ぶ。なんかクレープ屋並みに女子高生いるんだけどラーメン屋であってるよな?と思いながら最後尾につく。もっと前の方にはさっきのエジプト王たちがいる。あいつらも連れ立ってラーメンを食べに来るんだな。先輩後輩とかあるのかな。みた感じそんな概念はなさそう。

「食券見せてください」
「ラーメン小で」
「はいよー」

店員はクールな黒ギャル風のお姉さんだ。推せる。そう思った。

昔はラーメン大を食べることもあったが、30を過ぎてから食が細くなり、余程コンディションが良くない限りはラーメン小を頼むことにしていた。健康診断に行くお金すら惜しいという事情もある。

「ニンニク入れますか?」
「ニンニクで」

ボブヘアーの可愛い女性店員にコールを返す。店員はふんわりと可愛らしいみためではあるが厨房を切り盛りしている。どうやらこの店の店長のようだった。この娘も推せる。

「どうぞ」

すごい速さでラーメンが運ばれて来た。
湯気がふわっと鼻に入る。旨味の暴力はすでに始まっている。これは楽しめそうだ。

極太の麺をもやしの隙間から引き上げ一口目を頬張る。

「おおおおお!!これこれ!」

しばらく食べてないものを食べる時って何でこんなに美味しいんだろうか。お腹と共に心が満たされていく。ラーメンの半分は美味しさでできていて、もう半分は幸せでできているに違いない。

一口目をもぐもぐ噛み締めつつニンニクを解いて全体に行き渡らせる。もやしをスープに沈め、本格的に麺を上部に引き上げる。ここからはアクセル全開だ。

脳を溶かしなら「いま、ここ」を楽しむことができるのがこの系統のラーメンの良さだと思う。血糖値が急に上がるので健康に良くないと言われることもあるけど、精神的な健康には一役買っているはずだ。

「ごちそうさまでした」

あっという間に完食し、席から立とうとした時だった。

「ここで働かせてください!」

数人離れた席の女子高生が突然立ち上がり叫んだ。びっくりしたー。
まかないとかあるのかな?美味しい店だし俺も働かせてもらおうかな。

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