第十一話 お笑い芸人が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Erica編②)
「オッサンじゃねーし」
きっと本当に彼女はオッサンではないのだろう。少々ガサツではあるけれども、本当のオッサンであればおそらくしないであろうちょっとした女性的な所作ーー前髪を撫でつけたり、髪をスッと耳にかけたりーーからそう感じ取った。
「まだ気にしてんの?仲良くしようぜ、オッサン同士!」
「うるさいなぁ……」
これからどれぐらいの付き合いになるのかまだ分からない間柄だ。女性として変に意識してしまうのはよくない。
だから多分、この接し方が正解。
DAOとやらの講義が不完全燃焼で終了した後、無償にその場にいる自分以外の奴らと話したくなった。
どういう経緯でこの世界に来たかとか、それまで以前は何をしていたのかとか、ここに辿り着くまでに見聞きしたこの世界の情報とか、DAOについての感想とか。
しかし、奴らはそうではないらしかった。1人になりたかったり、深い眠りについていたり、すでにその場にいなかったり……そんな状況だった。協調性のない奴ばかりだな。
Victoriaも一匹狼タイプのようだったが、直感的にこのメンツの中では一番構ってくれそうだったのでここまでついてきた。自分は親分気質の人間を見分けるのは得意なのだ。
そんなこんなでエジプトの王がたむろする謎の酒場に辿り着き今に至る。店の名前はBARファラオ。マスターから客まで全員、王様。
「私は一人でゆっくり考え事したかったんだけどなー」
「まあまあ〜。一人より誰かと話して思考がまとまること、ありません?」
ご自由にお使いくださいといった様子で近くに置かれていたツタンカーメンの被り物をかぶってわざとおどけてみせる。
「私はその前に一人の時間が欲しい派」
「俺は誰かにまず話した上で必要とあらば考えたい派ッスね!」
「はあ〜」
Victoriaに盛大にため息をつかれた。
「マスター、ウーロンハイもう一杯!」
「じゃあ俺もカシスオレンジもう一杯!」
「はいよー」
女子高生が夜遅くにこのようなバーに入っても大丈夫なのか若干の不安があった。
しかし、元いた世界線とはやはり別の世界線だからなのか誰にも何もお咎めなしだった。
まあ全身タイツにツタンカーメンの被り物をした奴らが職務質問されない時点で自由な世界線なんだろうとは思っていたけれど。
「どうぞー」
マスターはラジオDJよろしくのとても通る声でドリンクをくれた。この太めの明るい声質は芸人に向いてそうだな。羨ましい。
「あとこれ、サービスねー」
「わー、ありがとうマスター!」
「やったー!」
エンドウ豆のようなスナック菓子が出てきた。懐かしい。
中学生の頃、ゲームをしに友人の家に行きその時に食べたのが最後かもしれない。自分では好き好んで買って食べることはなかったけど今食べるとその美味しさが分かる。
お酒は甘いカシオレだしスナック菓子が乗ってるトレイはやけにギラギラしていてカオスだけど。
「ウーロンハイひとくちくれよ」
「えっ、普通に嫌だ」
Victoriaの顔面には「キモい」という一言がわかりやすく書いてある。少しヘコんだがすぐに切り替える。
「でさ、Victoriaはさっきの"あれ"どう思う?」
「怪しさ120%でしょ」
この店の名物らしいフライドチキンを頬張りながらVictoriaが応えた。"あれ"というのはDAOのことだ。概ね自分も同じ意見であった。
「でも、利用する価値はあると思う」
「利用?どんな」
「まだはっきりは分からないけど……あの店で働きつつとりあえず食い繋ぐ。んで好きなことをやる。私の場合は音楽。アンタの場合はお笑いなのかな」
「んー」
”好きなこと”……その単語を聞き、謎の違和感を覚える。
すごく正直に、言葉を選ばずにいうと、この世界に来てからお笑い芸人はもういいかなという気持ちが自分の中で大きくなっていた。
辞め時が分からないまま芸人としての活動を続けていた自分……そのナナメ後ろ上部にいつの間にかもう一人の自分がいた。
「元いた世界では出来なかったことがこの世界では出来そうな気がするんだよね。まだよく分かんないけど」
「そうな〜」
色々話を聞く限り、この人は成功者だ。小物な自分なんかとはマインドが違う。嫌味なことは何も言っていないけどある程度成功をおさめている人から感じる前向きさが言葉の端々から感じられた。
自分の才能と好きと社会から求められているもの、それぞれの円が重なる場所にしっかりと自分を据えて生きてきたのだろう。
「さっきからハッキリしないね」
「いやさ、俺が本当にやりたかったことってやっぱりお笑いなのかなって。なんか分からなくなっちゃって」
「ほーん」
俺の言ってることをあんまり理解できていないって返答だな。
この感覚、好きをとことん追求できる人間には分からないんだろうな。俺が単に好きなものを見つけられていないのか、出会った好きなものを突き詰める才能がないのか一体どっちなんだろう……なんてつい柄にもなく悩んでしまう。
しばし無言の時が流れた。
店内の隅っこにあるモニターを眺めるとアイドルのPVが流れていた。
先ほどファッションビルの大画面にも映っていたお団子ヘアーのアイドルだ。深海このかというのか。推せる。
「可愛いな」
「可愛いねー」
再び無言になる。
"組織や社会に不満を持った出来事"
さっきパジさんが言っててその場にいた誰もが引っ掛かりを感じた言葉。
恥ずかしい話、あんまり物事の枠組みを疑うという経験をせずに数十年だらだらと生きてきた。
DAOがどんな仕組みで自分にどのようなメリットがあるのかはまだよく分からないが、自分の才能が分からず燻っている自分に最適化された社会での役割を割り振ってくれたらいいのにと思った。自動販売機みたいに目の前に立ってボタンを押したらAIが自動判別して持ち場を与えてくれる……みたいな。無気力すぎるかな。これは正解じゃあなくてあくまで俺の希望。これ以上自分の人生を無駄遣いしたくない1人の人間の単なるわがまま。
「ねえねえ」
「はい?」
「ラーメンのDAOがあるってことは……きっと音楽とかお笑い系のDAOもあるよね」
Victoriaはにやりと笑みを浮かべる。
「この世界のルール、まだよく分かんないけど……あたしはあの店で働きながら情報収集していくことにするわ」
ほら、これが成功者の思考だ。
俺も近くにいたら成功できるかな。いつまでも金魚のフンかもしれないけど。
「パワフルだねぇー」
羨ましいよ。
「こんな俺でも……DAOれるかなぁ」
そうボソッと呟いた後、スナック菓子の脇に鎮座したスフィンクスが一瞬光った気がして目をこする。
次の瞬間、勢いよく入り口のドアが開きDaisyが入ってきた。
「見つけた!!二人とも、ちょっと聞いてくれ……!!」
Daisyが息を切らしながら話をする。あまりに早口で話すのでスフィンクスへの違和感は勢いよく頭の外に飛んでいった。
ーー
「ふあぁぁぁ」
Pajiroの地下室にて眠りから覚めたパジは大きく伸びをした。片耳につけていたワイヤレスイヤホンをゆっくりと外し、傍らのトレイに置く。トレイはエジプト調の派手な装飾で自身によく似たスフィンクスが付属していた。
「うん。今のところ計画通りかなー」