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第五話 地方在住神主が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Daisy編①)

それは突然のことだった。目が覚める前から自分が今までの自分ではないことが分かった。

「ううん……?」

神社の境内のような場所に自分は横たわっている。しかし、普段神主として管理している周辺のどの神社でもなかった。直感的ではあるが恐らくもっと、都会の真ん中のような場所。遠くで点滅する信号や大人数の足跡……自分の生まれ故郷には無い音。

森の木々がざわめく。不思議な既視感があるなと思ったら、学生の頃通っていた大学付近にあった神社だった。

「なんでここに……?」

確か昨日までの自分は3児の父で、神社の跡継ぎ神主で。お賽銭に仮想通貨を使いたいだとか、地域おこしにクラウドファンディングを企画しようだとか、そんな感じのことにワクワクしている人間だった。
背はひょろっと縦に細長く、眼鏡をかけていた。
しかし、手足や着ている服装を見る限り、本来の自分とはかけ離れた様子をしている。

手水舎ーー神社にある手洗い場ーーに行き、自分の姿を眺めてみると……あどけない小柄な10代の少女が映っていた。

「何が起こったんだ……?」

中身は確かに自分だった。約40年生きた既婚男性のはずだ。
ここに来る前に、何か変なことはなかったか。

ーー

夕暮れ時、鳥居の真下に見知らぬ制服姿の女子高生を見かけた。断片的だがそんな記憶が残っている。少女はこちらに背を向けていた。

「待ってる」

振り返った女子高生はまるで神楽で用いそうな和風の狐面を被っており、素顔は見えなかった。

ーー

「とりあえず、ここにいても仕方ない気がするな」

神社のある森の中を散策しつつ狐面の女子高生を探してみたが、それらしき人物は見当たらなかった。

「こんな時こそ神頼みというやつかな」

無人のおみくじがあったので木箱に小銭を入れて1枚引いてみた。

"中吉 ラッキースポット:ラーメン屋、ラッキーフード:にんにく"

「もっとこう…待ち人来る的なベタなやつが欲しかったなぁ」

見た目は古風なクセしてなかなかトリッキーなおみくじを引いてしまった。常日頃からキャッシュレス派なため、あまり現金が残っていないことに気づいた。

とりあえず夜になる前に最寄りの駅に行き、そのあたりでご飯を食べよう。ニンニクの乗ったラーメン屋だとなお良し。

ーー

「えっと……今はどこを歩いてるんだ?」

自分が方向音痴なのは自覚していたけど、まさかこれほどまでとは。
何らかの通信障害の影響でスマホのマップ機能が使えず、大学時代の勘を頼りに歩いてみたが見事に迷った。

「まいったなー暗くなってきた……」

方向感覚は最悪だが、歩いてみて色々分かったことがある。

まず、人間と人間以外の生き物が共生している。うさぎやへび、トリなどの十二支的な動物はもちろん、お化けのようなもの、鬼のようなものも皆が仲良く暮らしているようだった。

次に、西暦の概念がない世界みたいだ。"今はいつなのか"を意識して街のあちこちに目を向けてみたが、時計もカレンダーも見当たらない。日が沈み夜は来るのだけれど、日付という概念がそもそもないのかも知れない。

最後に、この世界にはたまに"ほころび"がある。ゲームで言うところの"バグ"みたいなものと言えばいいのか。
太陽をみながら瞼を閉じた際に特に違和感を感じた。その瞬間太陽はこの世界から消えるのだ。瞼越しに太陽の温かみや己の血潮を感じることはない。
うまく言えないけれど、これは幼少期から自然に囲まれ育った人間の野生の勘によるところが大きい。

グゥゥゥゥ

「お腹減ったなあ……」

少し遠くに黄色い看板が見えた。飲食店かな。この姿になる前の名残で眼鏡をあげる仕草をついついしてしまう。おっと、今は裸眼だった。

"pajiro"

「初めてみるお店だな」

子供が産まれて以来チェーンのお店やフードコートでしか外食をしなくなり久しい。
ラーメン屋は人気店なのか行列ができている。ラッキースポットはラーメン屋。せっかくだし夕飯はここで食べてみるか。女子高生がたくさん並んでいるし若い子に人気のラーメン屋なのかも知れない。

食券を買おうと券売機の前に立つ。昨今キャッシュレス化が進みつつあるがこういう個人のお店はまだ現金だよな。なんとかpayみたいなものも使えなさそう。
よくわからない英数字の羅列とQRコードのようなものがあったが持っている決済アプリはどれも反応しなかったので、とりあえずなけなしの現金で食券を買った。

ドキドキしながら行列に並ぶ。前にいる女子高生たちは各々が知り合いではないみたいだ。誰も会話をしておらず静かというか厳かというか……まるで戦いの前の猛者たちのようにも感じられた。

「食券見せてください」
「あっ、はい」

浅黒い肌に銀色の髪をしたクールな雰囲気の女性店員がテキパキと応対してくれる。

「麺の量どうされますか」
「えっと……普通?」
「うちは小か大しかないですね」
「じゃあ……大かな」
「量かなり多いけど大丈夫?」

えっ、何。怖い怖い。
謎の威圧感。まるで「めんどくさい」という文字が顔に分かりやすく書いてあるかのような対応だ。

「多分いけます!」
「多分?初心者なら小がいいよ」
「いえいえ、ここは大でお願いします!」

自分が女子高生の姿だから舐められているのかもしれない。女性店員はしきりに小サイズを勧めてきた。
しかし自分は何を隠そう中身40代のおじさんだ。うら若き女子高生と比べれば胃袋が大きいはずだ。

「ビアンカーちょっときてー」

お店の中から別の店員と思しき人物の声がする。

「はいただいま!お客さん、本当に大でいいのね!後悔しないでよー」

そう言いながらビアンカと呼ばれた女性店員は足早に去っていった。
後悔?そんなに量が多いのか……?

ーー

店先のやり取りが洗礼その1だとしたらテーブルについた後すぐのやりとりは洗礼その2だった。

「ニンニク入れますか?」
「は、はい……じゃなくてニンニクで」

はいと答えかけた瞬間、目の前の店員からの「わかってないな」と言わんばかりの圧を感じた。イエスノーの2択ではない……?これはと思いすぐ隣に腰掛けている客の受け答えを咄嗟に真似してみた。

店内に入って悟ったがここは確実に女子高生が1人でくる場所ではない。歴戦の荒くれ者たちが集う場所……そんな空気感が漂っている。ファンシーなクレープ屋なんかとは数次元別の世界だ。

私の前に並んでいた女子高生たちはもしかしたら皆中身はもれなくオッサンで、女子高生はかりそめの姿なのかも知れない。

「どうぞ」

ラーメンが来た。もやしが大量に乗っており脇には分厚いチャーシューとニンニクが添えられている。

「いただきます」

訳もわからずもやしから食べ始めたがすぐにそれは悪手だと気付く。もやしで中途半端に腹が膨れてしまったのだ。

後半明らかにペースダウンをしつつ必死に麺を口の中にかき込む。元々大柄で食べる速度も量も人並みだと思っていたが、なかなかこれは苦しい。

ひどい目にあった……いや、味はおいしいんだけどこんなすごい量なんて聞いてない……

「ここで働かせてください」

そんな声が数人隣の席から聞こえてきた気がするけど今は麺をかき込むのでいっぱいいっぱいだ。

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