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第三話 ガールズバンドのギターボーカルが転生してメタバース空間の女子高生になった件(Victoria編①)

風が吹くたびにくすんだミルクティー色の髪が舞い上がり、ビルの合間から差し込む夕焼けと重なりキラキラと光を飛び散らせている。綺麗だ。

「……ん?」

ちょっと待って。私は黒髪のショートヘアーのはずだよね。
そんな疑問が起爆剤となり目が覚めた。

ここは……渋谷?それともまだ夢の中かもしれない。

「あ、違う。多分死後の世界だ」

流行り病にかかってしまい絶望が一気に押し寄せて……大量の薬とお酒を飲んだことを今思い出した。
最後に見た景色は自分の部屋の天井と狐のお面を被った女子高生。きっと彼女はお迎えの死神だったのだろう。
これは完全にいっちゃってるな、自分。

「ふぅ……」

ため息をついて顔を見上げると渋谷といえば有名な犬の銅像が目についた。でもこんな見た目だったっけ?変な赤縁メガネをかけてる。

どうせ夢か死後の世界だからな。銅像についていたヘンテコメガネを持ち上げ、そのまま自分に付けてみた。シンデレラフィット。気に入ったので頭の上にかけておくか。

なんだか不思議と清々しい気分になり思わずスキップで歩き出す。風が気持ちいい。鼻歌を歌う。


街のウィンドウに映る自分は女子高生で、ロングヘアーで、異国めいた顔立ちで目があおくて、おまけに10歳ぐらい年齢が若返っていた。夢ならこのまま醒めなくていいな。

そこそこ有名なガールズバンドでギターボーカルをしていた私は感染症の影響でずーっとスタジオ練習もライブも出来ずに生きた心地がしない生活をかれこれ1年近くやり過ごしていた。

オセロで白い部分を一気に真っ黒にされてしまったみたいに日常が突然変わってしまった。そんな感覚でしばらく息だけ吸って生きてきた。けれど、人間息を吸うだけでは生きていけないらしい。いつしか自分は息を吐くことができないような感覚に陥っていた。

タバコ臭いライブハウスの薄暗さが懐かしい。
アンプの上に置いてあるペットボトルをちまちま飲み干す時間は贅沢だった。
今は肩に沈み込むギターストラップの重みさえ思い出せない。

鬱々とした感情をスキップで蹴り飛ばし、ゆるい坂を軽快に登る。
途中で陽気なパンダとハイタッチした。その他人間じゃない奴らもちらほらいるけどなんでもアリだ。

「ここで、演奏してみたかったなあ……」

大きなホールが坂の上に見えてきて、なんとなく胸に苦しさを覚え、細い脇道に逸れた。

グゥゥゥゥ

盛大にお腹の音が鳴った。

「夢でもお腹減るんだ……」

何か食べたいな。あたりを見回しながら歩く。あまり食に執着がないので普段から外食はほとんどしない。コンビニで買ったさきいかとビールだけで1日を終えることもあるぐらいだ。
おっさんくさいなーと昔のバンドメンバーに笑われることが度々あった。そういえば彼女もこんな色のロングヘアーだったな。

歩いていると突然食欲を刺激する匂いを感じた。上を見上げると黄色い看板が目に入る。

"pajiro"

これは……アレ系のお店だ。なんだっけ。もやしとニンニクが大量に乗ってるやつ。アレ系のラーメン屋。

とりあえず空気を読んで食券を買い、行列にならんでみた。

私の記憶が正しければ一般的には女子高生が行くような店ではなかったはずだが、列の最後尾に女子高生が2人並んでいたので、流れ的に並びやすかった。

「食券見せて下さい」
「……」
「麺の量どうされますか?」
「えっと、小の半分でお願いします」
「かしこまりましたー」

クールな風貌の店員だがわずかにホッとしたような笑顔をみせた。前にいる2名が慣れた素振りでラーメン大を注文していたから私のことが初々しく見えたのかもしれない。

ラーメン屋に来るのはライブの打ち上げ以来だ。この系統のラーメン屋にもネタで入ってみた事が数回あったが、自分は小サイズの半分が適量だったことを頼りに注文をした。

水の入ったコップが置かれた席に通される。ガタガタと音を立ててイスに座る。長時間座り続けたらお尻が痛くなりそうなイスだ。
ところで、この系統のお店はなぜテーブルが真っ赤なんだろう。食欲増強効果?

「お客さん」

女性店員の声が降ってくる。
同時に細長いトレイのようなものも差し出してくれた。

「メガネ置き場にどうぞ」
「あぁ、ありがとうございます」

頭の上にかけていたメガネの存在をすっかり忘れていた。
っていうか、こんなサービスあったっけ?
ラーメン屋でメガネ用のトレイを渡されること自体初めてのことだ。つーか、トレイよりかはヘアゴムが欲しいわ。このお店特有のサービスなのか。

「ニンニク入れますか?」
「じゃあ、ニンニクカラメで」

私はスターバックスにいくとキャラメルフラペチーノのトールサイズしか頼まない。食においてはとことん冒険はしないタチなのだ。なのでこの手の店舗での注文方法も同様で、自分の中では「とりあえず生」みたいな感じで定番化している。

すごい勢いで目の前の女性店員は作業をこなし、あっという間にラーメンが運ばれてきた。

「うわあ……おいしそ。いただきます」

これは絶対美味しいと雰囲気で分かる。
一口目のなんともいえない背徳感、最高!

初めてこの系統のラーメンを食べた時、もやしから食べ始めて痛くひどい目にあった。
ツウな友人曰く、ガツンと血糖値が上がるリスクが有りつつも麺を引き上げて先に食べ始めるのがペース配分的にベターらしい。満腹中枢が満たされる前に一気に食べきるのが肝なんだとか。

ズゾゾゾゾ

店内のあちらこちらでラーメンをすする音がする。それ以外の会話はない。
とにかくラーメンをすする音のみで満ちている。

それにしても隣の女子高生たち、食べるペースが早すぎるな。ラーメン大をすごい勢いでかき込んでいる。おそらく、小半分の自分を追い越し完食してしまうだろう。必死に無言で麺に食らいつく。

「ここで働かせて下さい!!」

一つ隣の席にいた女子高生がそう言い放ち突然イスから立ち上がる。
えっ、なになに?
残っている麺を必死にすすりながら髪を耳にかけるふりをして横目でチラリと立ち上がる女子高生を見上げた。


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