第六話 pajiroにて①

「ここで働かせてください!!」

青い髪色の女子高生が勢いよく椅子から立ち上がる。立ち上がった反動でポニーテールの艶やかな髪がふわっと揺れた。真っ直ぐな瞳の先にはpajiroの店主・パジがいた。

元々静かだった店内により鋭い静寂が訪れる。

動じた様子なく最後の一杯を啜る者もいれば、チラリと横目を女子高生に向ける者、突然の大声に体をビクつかせ驚いた者、目の前の麺を消化するのに必死な者。その他客の反応は様々だった。

自分に向けられたまっすぐな瞳をしばらく無言で見つめていたパジは一度目線を天井方向にそらし、頬をポリポリと掻きながら考え事をしたのちに正面を向きなおす。

「えっと……とりあえずここの列、同じロットの5名」

指差したのは女子高生たちが5名、一列に並んでいる卓だった。
大声をあげ注目を浴びた女子高生以外の4名がそれぞれ「私たちもですか」と言わんばかりにパジを見る。

「キミたち今日の営業終わりに店の裏手に来てくれない?話したいことがあるんだ」

パジの左耳についたピアスがきらりと光った。

ーー

あれから数時間後、店の裏手にすでに5名は集結していた。

「さあ、入って」

暗がりに突然、ピンク色をした分厚い縁の眼鏡がぼんやりと現れる。
皆が一瞬ギョッとした顔をするが、よく見れば先ほどここに集まるよう話を持ちかけた店主のパジだった。

「ビックリしたー」
「その眼鏡とこの眼鏡なんだか似てるな」
「たしかに」

女子高生の一人が頭の上にかけていた眼鏡と同じようなデザインのものだった。

「これはNoggleっていうんだよ。待たせてすまなかったね、さあ入った入った」

5人の女子高生姿はぞろぞろと裏口のドアから店内に入る。
ドアの足元は油や泥で少しばかり薄汚れていたが手が触れるような部分は概ね綺麗に掃除が行き渡っている。

裏口から事務所のような場所と厨房を抜け、客席に出る。
営業終わりの店内はすでに綺麗に片付けられた後で水が入ったコップのみがカウンター席に5つ置かれている。
厨房越しにパジは5人に声をかけた。

「まあまあ座りなよ」

そうして、みんなが席に座ったあと少し間をおいて話し始めた。

「来てもらって早々単刀直入に話すけど……キミたちはこの世界の人間じゃないね?ついでに言うと中身はオッサンだね?」

「えっ」
「なんで」
「どうしてそうだと思ったわけ?」
「いや私はオッサンじゃねーし」

女子高生たちは口々に疑問や驚きの声をあげつつ互いに視線を交わす。
そんな中、パジは表情を変えずに彼女たちの背後にある券売機を指差した。

「キミたち、食券はどうやって買ったかな?」

「現金」

5人の声が重なる。

「そう。現金で買ってたよね」

「それが一体なんなんだ?」

「ビアンカ」

先ほど店先で客の応対をしていた銀髪の女性店員が現れる。
券売機の前でQRコードのようなものをスマートフォンでスキャンする。
スマートフォンの画面にはアルファベットと数字の羅列が現れる。

「これは……?」

「ウォレットアドレスと言ってね、個々人の財布に紐付けられた固有の番号みたいなものなんだ。この世界ではウォレットアドレスさえ分かれば相手にお金が送れる。この券売機にはその仕組みが使われているんだ」

「銀行口座の番号みたいなもんか」

「そっか、うちらはこの仕組みを使わずに現金を使ってたから別世界の人間なのがバレたってことか」

「そんな感じー」

のんびりとした口調でパジは答える。

「中身オッサンなのはなんでわかったの?」
「勘。ラーメン食べてる様子でなんとなく」
「いやだから私はオッサンじゃないし」

一番長髪のミルクティーのような髪色の女子高生が不貞腐れる。

「とにかくさ、他に行くところがないんだ。ここで働かせてくれよ」

先ほど店内で大声をあげていた青髪の女子高生が懇願する。

「なあ、元の世界に戻れる方法はあるんだろ?」

この中では一番最後に列に並んでいた女子高生がパジを問い詰める。

「元いた世界に戻る方法はまだ分からない。私もゲームの世界大会でニューヨーク行きの飛行機に乗ってからの記憶が曖昧なんだよね。気づいたらここにいた」

「俺の質問にも答えてくれよ!働かせてー!!」

「まあまあ焦らず」

「そうだ、キミたちのスマホにもウォレットが入ってるはずだよ。ちょっと見てみなよ」

パジの手ほどきを受けて5人はスマートフォン内のウォレットアプリを開いてみる。
アプリは狐のイラストがアイコンになっており、各々がこの世界に来る前に見かけた狐のお面の女子高生をふと思い出した。

「おや、すでにウォレットの中に色々入ってるね」

パジはそれぞれのウォレットを覗く。

「Sekka」
「Azusa」
「Victoria」
「Erica」
「Daisy」

先ほどから身につけていた眼鏡……Noggleを外し、パジはそれぞれのウォレットに紐付けられた名前を読み上げた。

「これがキミたちのこの世界での名前なんだね」

パジの目がきらりと光った。好奇心でワクワクしている少年のような目をしている。

「おっと、申し遅れました。私はパジ。この世界で本物のDAOを作ろうとしているラーメンpajiroの店主です」

つづく


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