第十話 ガールズバンドのギターボーカルが転生してメタバース空間の女子高生になった件(Victoria編②)
「オッサンじゃねーし」
そうは思いつつもそこまで悪い気はしていなかった。
もともと女扱いをされるのは苦手な性分だからかも知れない。
先ほどまで頭の上にかけていたNoggleという名称のメガネを今は外して手持ち無沙汰を解消するためにツルの部分をパタパタ開いたり閉じたりする。
「まだ気にしてんの?仲良くしようぜ、オッサン同士!」
「うるさいなぁ……」
私はEricaと共にpajiroから少し歩いたところにあるこぢんまりとしたスナックのようなバーのようなそんなお店に行き着いた。
本当は一人で自由気ままに行動したかったのだが一人にはなりたくない様子のEricaが勝手についてきた。金魚のフンみたいなヤツだな。
「マスター、ウーロンハイもう一杯!」
「じゃあ俺もカシスオレンジもう一杯!」
「はいよー」
この店ーーBARファラオと看板にはあったーーのマスターは六角形に縁取られた眼鏡をかけ、ツタンカーメンのような出立ちをしている。
入店して早々その姿に驚かなかったのは昼間のpajiroにも同じような姿の者たちが多数並んでいたからだろう。慣れって怖い。
「どうぞー」
マスターはウーロン茶とノンアルコールのカシスオレンジを飄々と2人に提供する。
アルコールが入るとこの客たちはめんどくさそうだなと察知したためアルコールはこっそり抜いてある。2人とも会話に夢中のようでノンアルコールであることには全く気づいていない。
「あとこれ、サービスねー」
「わー、ありがとうマスター!」
「やったー!」
エンドウ豆のようなスナック菓子がエジプト調の豪華なトレイに乗って出てくる。
トレイの脇にはスフィンクスのフィギュアのような飾りが付いておりNoggleをかけている。
あれ、なんかこの人物に見覚えがあるようなとVictoriaは一瞬スフィンクスと見つめ合うがすぐに目線をそらしEricaと会話を続ける。
「でさ、Victoriaはさっきのあれどう思う?」
「怪しさ120%でしょ」
フライドチキンを頬張りながら応える。
「でも、利用する価値はあると思う」
「利用?どんな」
「まだはっきりは分からないけど……あの店で働きつつとりあえず食い繋ぐ。んで好きなことをやる。私の場合は音楽。アンタの場合はお笑いなのかな」
「んー」
「元いた世界では出来なかったことがこの世界では出来そうな気がするんだよね。まだよく分かんないけど」
「そうな〜」
「さっきからハッキリしないね」
「いやさ、俺が本当にやりたかったことってやっぱりお笑いなのかなって。なんか分からなくなっちゃって」
「ほーん」
しばし無言の時が流れる。
フライドチキンの咀嚼音と薄暗い店内には似つかわしくない明るくポップな音楽が絡まり合いながら耳をすり抜けていく。
店内の隅っこにはモニターが1台あり、アイドルのPVが流れていた。深海このかという売り出し中のアイドルのようだった。
「可愛いな」、「可愛いね」と言葉を交わした後で再び2人で無言になる。
"組織や社会に不満を持った出来事"
そんなの私にあったかなーとVictoriaは考えていた。これは先ほど受けた講義の中でパジから出てきた言葉だ。
バンドの中ではリーダー的なポジションについていてどちらかと言えば不満を抱くよりも不満を抱かれる側にあった。音楽活動についても事務所に所属はしつつも基本的には自由に自分の裁量で動いていた……少し前までは。
なんて平和で退屈でなだらかな時代に生きていたのだろうと社会に出てからの数年を振り返ってみて気づいた。
とある感染症の影響で突然天地がひっくり返ってしまったのだけど。
社会への不満といえば、やはり、この感染症の流行による環境の変化かな。
目に見えないぐらい小さな、音も発さないウイルスが身の回りの当たり前をあれよあれよと崩していった。
不要不急という言葉がどんどん膨れ上がってわたしたちの食いぶちも生き甲斐も容赦なく削りとっていったから。
「ラーメンのDAOがあるってことは……きっと音楽とかお笑い系のDAOもあるよね」
Victoriaはにやりと笑みを浮かべる。
「この世界のルール、まだよく分かんないけど……あたしはあの店で働きながら情報収集していくことにするわ」
「パワフルだねぇー」
一度は死を覚悟した身だ。どん底を知っている自分は何も怖くないと思ったら力が沸いてきた。無気力に息を吸う日々はもう飽きた。
私は私のアドレナリンでDAOってやる。