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スパイシーモーニング
今日もいつもの三人掛けの優先席がすぐにある位置の乗口で電車を待った。扉が開くとその一端が開いていたので、俺はそそくさとそこに掛けた。と、コツっと腰骨のところに固いものが触れたのが分かった。なんだよ、誰かの飲みかけの缶コーヒーが座席の端に置かれたまんまになっていた。チッと舌打ちした。誰だ置いたバカは、だから空いてたのかよ。まあいいや、俺はコーヒーに当たらないように衝立に体を預けた。体柔らかくて良かったわ。傍から見たらグネっとなってんだろうけど。俺の対角には俺より年増の中年女性が憮然としていて、俺の座る側には一人分空けて顔の濃い女が座っていた。同列に座ってる奴の顔なんかそんなジロジロ見ないからよく分からんけど、まぁコーヒーが置いてある角の方を選ばなかったってのはそれなりの奴なんだろうと勝手に嫌な解釈をして、瞬時にそう思える自分の毒味に乾杯した。だから少しマスク越しに口元を歪ませた。我ながら危ねえ奴だなおい。
三駅進んだところで茶色い小太りの男が乗り込んできた。海外勢だな。定かじゃないがインドっぽい。するとその濃い顔の女が意味不明な言葉を発しながらその小太りの男を隣の空いてるスペースに招いた。そこで初めてちゃんと目視したら、その濃い女も日本人ではなかった。つうか俺の隣誰も座らないで欲しいんですけど。あと偏見になっちまうが、その小太りはどう見ても汗ばんでるし、本当に申し訳ないけど臭いがきつそうだった。俺は自分の出すニオイには寛容だが、他人のにはうるさかった。苦手な類のを嗅ぐとすぐ萎える。この時期は内面の厭な性格が出すニオイより肉体から滲むニオイの方がよっぽどキツい。小太りが隣に掛けると、俺の予感が外れてなかったのがすぐに分かった。俺は思わず席を立ちそうになったが、それも差別者みたいに見られそうだし止めた。が、マスクは付けさせてもらった。なんで今更とまわりは思うだろうし、かえってそっちの方が小太りの臭いがバレるかも知れない。臭いのレベルは5ぐらいだった。俺は衝立に接した右肩をより寄せて、小太りの側にある左肩も左腕を右肩の方に攀じるようにして体を小さくした。絶対にそのニオイに直接触れるのはゴメンだった。ニオイが俺のYシャツにも移っちまう。でもこんな格好して、むしろ俺の異常性でまわりがざわつかねぇかこれ。にしてもくせぇな朝から。ほんとクセのある香辛料みたいな臭いが立ち込めてる。やっぱりなんとなくカレーっぽい。辛そうだ。これ目にもくんな。心から迸る俺の声で俺が笑いそうになる。ちょっと自分の才能が恐いぐらいだ。
ようやく目的の駅に着いた。長かった。ちょっと体が凝ったよ。コーヒーとカレーのせいで朝からてんやわんやだ。あれ?あ〜あ。やっぱり後でファブリーズしないとダメだ。ニオイがついてきていた。どうなってんだよ。俺のヨガみたいなポーズも無駄だったじゃねぇか。今朝はそんなインドに触れた朝だった。