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朝っぱらからまた出会した

いつ〜も〜の駅〜の乗口で、待〜って〜た電車がや〜って来た。ドア〜が〜開き、中〜に〜入る。座席は埋ま〜ってた〜。なにぃ〜か〜がいる、なにぃ〜か〜がいる、なにぃ〜か〜がい〜る〜さ〜。うまく出来た。明日があるさって流行った歌のリズムに乗せてみた。また朝からやべぇのがいる。こないだはババァだったが、今度はクマみたいな中年男が三人掛けを占拠していた。体重三桁余裕であるだろうな。右手に携帯、左手にポケモンの玉の玩具を握ったまんまだらんとして、まぁ所謂オタクなのかな、三人掛けの真ん中に陣を取り体は完全に鏡餅のフォルムで居眠りしてる。よく落とさずに握ってるよ。こいつはその玉で何を捕まえようとしてるのか、どう見たってそれを投げつけられる側だろ。おいおい、よく見たら結婚指輪してるんだけど。こんな奴でも結婚してる。でも朝からドナドナが聞こえたような気がした。
バスを待ちながらボケっとその辺を見ていたら、なんか観光でもしてるのかってような着飾った二人組がいた。年齢は三十代だろうか、マスクしてるけど多分綺麗な顔してる。そんなのがこんな時間にこんな田舎で何してんだろ。と、やがて二人はそのローカルな駅のロータリーに看板掲げて布教活動している連中に混ざった。やっぱりかよ。残念だな。色々な新興宗教があるが、その中でも見てくれを小綺麗にしてるタイプので、たまに同じ様をほかでも見かける。朝の七時にもうそんな事をしちゃってるバイタリティにはちょっと感心しちまうよ。なんか本気で何かを変えようとしてるんだもんな。信じ込んでるんだろうな、妙に元気は良さそうだ。宗教てのはあの信者同士の一体感が良いのだろうか。それとも特有の戒律に縛られてるのに囲われていると安心を得られるのか。何かに属するってのは窮屈なものだが、その窮屈さに寂しさを紛らわせてるんだろうか。なんなら俺も試しに入信してみるかおい。すげえ満たされたりしてな。後が怖すぎるか。まぁいいや、今朝は誰かの寂しくしてるところが見られたから。電車でもバスでも、人と行き交う中で俺は俺だけが独りじゃない事をいちいち目と耳と鼻に擦りつけて生きている。もうそこまでして、誤魔化してまで生きなくてもいいんだけどな。バカバカしい。俺はバスのいつも座る二人掛けにだらしなく足を垂れると、音量をマックスにしてイヤホンから音漏れをさせながら、ゆらゆら帝国で考え中を流した。

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