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ゾンビズ57
犬と人間とでは確か日本刀を持って互角とか聞いた事あるな。マスターキートンも苦戦してたし、ホントかよ。噛みつかれる未来しか見えねぇぞ。モミヤマはピッケルを右肩に構えて向かってくる犬を見た。あれ柴犬かな、動き速いし、人型のゾンビよか質悪いな。犬は好きなんだけどな。人型の方に対する慣れもあった。もうこの人頼るしかねぇよ。迫る犬の手前のトヨカワを見つめた。トヨカワは右手でピストルを構えて、左手はもう脇腹にあてがっていた。トヨカワは雨樋から身を晒していた。クラウンの前に出て迎撃している。クラウンの後部座席の窓からはマルオがそちらに視線を向けていた。
「撃ち落とせよ」
マルオはトヨカワに言いながら扉をしっかり閉めた。昔ガキの頃に犬に噛み付かれた記憶が蘇る。マルオは頬を噛み付かれ、その傷跡は今も尚残っていた。その傷痕を誤魔化す為にヒゲを生やしてる意味もあった。後部座席に小さく体を埋める。
「…ママ…」
若かりし日に両親が離婚して以来、マルオは母親とは会っていなかった。母親はさっさと再婚してしまい、そちらで別の子供達を育んでいた。見捨てられたと恨んでいたが、結局今でも与えられなかった母性に飢えていた。その飢えがこの際でマルオを包んだ。
「…オヤジィ…」
マルオには両親の寵愛が足りなかった。まぁそんな奴は他にもいるし、本当に愛がある親なら、こんな世界で子供なんか作るわけがなかった。こんなマルオですらある意味じゃ犠牲者だった。
「流石にもう厳しそうですね」
クラウンの陰に身を低くし、トヨカワの様子を見ながら新タナカがコタニに言った。いつもなら強がって傷口を押さえたりなんかする人じゃない。緊張で脳が加速してる中でも痛みが障ってるなら、もうそれは限界って事なんだろう。さっきまで全く感じられなかった悲壮感がトヨカワから滲み出ているのを新タナカは感じていた。
「ただ、犬には獣しか勝てねぇからな」
コタニはそう返した。てめぇで言っといて笑いそうになった。トヨカワをうまく揶揄したつもりだった。だがそのタイミングにトヨカワは真剣に自身の野性を頼りに命の淵に瀕している。不謹慎だとすぐに理解した。でもその不謹慎さこそが笑いに繋がる。不謹慎に笑いがたったが、人間なんてそんなもんだろ。人生なんか出鱈目なサイコロの目が出たところから始まるシュールなクソゲーなんだから、つまりは笑うしかないのよ。
「トヨカワ君、頼むぞ」
コタニはあえて重体のトヨカワにそう言葉を投げた。トヨカワはそれを背に受け、一瞬左手を脇腹から離して中空に力なく掲げた。任せとけと言わんばかりに。トヨカワにまた自惚れという酔が回ってきた。きめてやる。少しだけ痛みが退いてった。柴ゾンビがトヨカワと十メートルの距離にいた。トヨカワは片膝を地面に着け、高さを合わせて何とかピストルを両手持ちに構えて引き金を引く。パンと乾いた音が二回、雨音の中ですぐかき消される。うちの一発が柴ゾンビの肩の辺りに命中したが、柴ゾンビは勢いをままにトヨカワを目掛けて駆ける。その後を追走するゾンビにもトヨカワは一発撃ち、それでそのゾンビは頭から出血して卒倒する。弾切れか、トヨカワは素早く弾倉を入れ替える。それを見たモミヤマは素直にかっこ良く見えた。多分俺達が見てない陰でちょっと練習したんだろうなぁと変な感傷が一瞬掠める。トヨカワはすぐにピストルを構えるが、柴ゾンビはもう残り三メートルの距離にまで迫っていた。トヨカワは一度引き金を引く。ダメだ、当たらねぇ。トヨカワは思わず左手を脇腹の方に持っていった。いよいよか。
「あっ」
モミヤマがそう吐くと同時に、柴ゾンビはトヨカワの無防備になった左肩の辺りに飛び込んだ。トヨカワはそれを受け仰向けに寝転がる。その場面を目の当たりにしたマルオ以外の三人に重い静寂が訪れる。柴ゾンビはトヨカワの左の肩口から首の辺りに頭を押し付けて噛み引き摺るような動きをする。トヨカワは無言で力なくそれで揺さぶられていた。
「おおっ!」
新タナカが無理矢理吐き出すように叫んでクラウンの陰から身を乗り出した。不意をつかれた動作に誰もそれを制止出来なかった。助けなきゃ。助からねぇけど。矛盾が頭を巡りながら、トヨカワに喰らいついた柴ゾンビを止めんと新タナカは動いていた。が、トヨカワは柴ゾンビに付いたままになっていた首輪を左手で掴むと、何とか膝を立てて柴ゾンビを飼い主がペットを愛でるように懐で抱えた。柴ゾンビはトヨカワの肩口に歯を立てて勢いは衰えなかった。トヨカワは柴ゾンビの頭部を左腕で抱えて固定した。新タナカもそれを間近で見守るしかなかった。トヨカワは右手に持ったピストルを柴ゾンビの頭部に押し当てると、引き金を引いた。もう銃声は激しくなる雨音のせいで響かなかった。柴ゾンビの体から力が抜け、トヨカワは柴ゾンビを飼い犬のように抱き締めるようにして動かなくなった。それからまた雨が少しだけ強くなった。