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ゾンビズ㊶

施設から一キロ圏内のところで、原チャリが一台蛇行していた。なんでか対向車も後続車もなかったから、それで気分を良くしてフンフンと鼻歌をずさみながら、自分にも酔いながらネオンの掛かるゴルフ場の方角を目指す。なんか灯りついてねぇけど。少し不思議がりながら、そこでようやく数百メートル先の工場の火事に気付いた。
「すっげぇな」
その火の揺らめきを見て陶酔感がまた強まった。キレイだね、と火事の火にもかかわらず思い、蛇行が更に酷くなる。警察がいたら止められてんな。調子に乗っていたらタイヤもツルッツルに摩耗していたので、通りがかりのマンホールの上でズッテ、そのまんま車体ごと横倒しになった。原チャリは倒れたまま惰性でその辺の壁に激突し、当人はゴロゴロゴロっと体をす巻きにされたように回転した。それで肋にヒビが入った。ヘルメットは付けず、ヤンキースの古いキャップを被っていた。親父から貰った大切な帽子だった。だがその帽子は薄手で地べたに頭を打ち付けた時にはクッションにもならなかった。それで頭のてっぺんにはタンコブが出来た。そこは最近髪の毛も薄くなってきていたところだったので尚更だった。
「ってえ!」
マルオは誰も通りががりもしない道路上で独り叫んだ。ちっ、ちょっと今のはダメージデカかったわ。倒れた原チャリの所まで歩くと、何とか車体を立たせるが、肋が疼いた。スターターを右手で押すが、プスンプスンとしかいわない。足元のフットスターターに短い足でカクカクと素早く足踏みするが、全く手応えがなかった。
「ゥワッタァアファアック!」
懲りずに叫んだ。目的の施設まではもう数百メートルのところまで来ていた。マルオは原チャリを捨て、そちらの方へ歩きだした。
施設に立ち入ると、人気があまりにもない。週末なのにな。少し冷静になる。で、マルオはボーリング場の自動ドアの方に迷わず進んだ。と、駐輪場の辺りに中年の男が立っているのが分かった。遠目でも目が合った。んだよあいつ、ぜってぇ目は反らさねぇぞ。マルオは十代の負けん気で対峙した。暗がりでその中年の顔はハッキリ見えなかったが、何故か目だけはギラギラと光っていた。へぇ~このままいくとやり合う事になるな。どっちも正気じゃなかった。お互いの距離がもう十メートルぐらいに縮まったところで、場内の明かりも手伝い、中年男の顔が血塗れな事に気付く。えっ!?マルオはその迫力に動揺する。これは流石にヤバい奴だ。マルオはそのまんまボーリング場の自動ドアへと迷わず走り出した。中年男はそれを追いかける。ドアが開き、誰か他の人間がいるところに紛れようと、後ろを見向きもせずに加速すると、ボーリング場のレーンのところまですぐに辿り着く。誰か止めてくれ!そう願いながら中で目を泳がせるが、マルオは更に目が泳いだ。全員イかれてるじゃねぇか。フロアには沢山人影はあった。でも一人も人間がいなかった。体躯もマルオが最も小さかった。マルオを見た奴から物凄い勢いでマルオに飛び掛からんと迫っていく。正しく八方塞がりの格好になる。酔いが一気に冷めた。マルオには野生が人より備わっていた。多分若い頃にシンナーをやり過ぎて、脳の回線が一部溶けてしまったせいで、人間であれば本来持ち合わせてる力の入れ過ぎを躊躇するストッパーが壊れていた。瞬時にこの状況を乗り越える手立てを検索し、見定めて実行するまでが異様に速い。喧嘩もいつも先手必勝だった。それしか体躯の小さな人間の勝ち目がないのもあった。マルオはボーリングのレーンに猛ダッシュで向かった。ちょうど二階のバリケードを破壊せんとする連中がいたおかげで、一階の人数が少なくなっていたのも手伝い、マルオは上手い事レーンの奥のピンホールまでスライディングで滑り込めた。ピンを横倒しにし、ただ頭を少し高くしていた為、バキッといい音をたて角に額を打ち付けた。それは結構なスピードだった。何せ角が見えていなかったのもあり、マルオはそのまんま失神してピンホールを抜けたところで倒れ込んだ。
「ウワッ」
そこに居合わせたノムラが言った。なんだこいつわ。突如現れた生存者だったが、ノムラにはこいつもイかれてるように映った。ゾンビは暗がりを避けるのか、ピンホールの奥までは来なかった。
「君、大丈夫か」
ノムラはマルオの傍で声を掛ける。マルオは動かなかった。
「おい」
と言ってマルオの肩を少し揺すってみる。ダメだな。
「おい、大丈夫か」
ノムラはもう一度トライしてみる。肩の筋肉の隆起が分かった。異常な肉厚だった。こんな筋肉があるから成長期に身長が伸びなかった。と、マルオはバッとそのノムラの手を掴み、腕を絡めて関節を極めた。
「おめぇ誰だよ」
マルオが下になって苦しがるノムラに尋ねた。
「俺はここの社員だ」
と必死にノムラは答えた。だがマルオも大分頭が温まっていたので力を緩めずそのまんまノムラの左腕を極めてしまい、バキッとイヤな音がした。
「グゥッアーッ!」
とノムラの悲鳴が響いた。
「コタニはどこにいる」
マルオはノムラに尋ねる。ノムラは冷汗と涙を流した。
「二階にいます!」
とノムラは精一杯の声でマルオに答えた。
「そうかよ」
そう言うとマルオはレーンの中の暗がりを横に歩き始めた。
「ンンン〜」
ノムラはうずくまり、その場から動けなくなった。

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