発信者情報開示制度の改正に関するパブコメ下書き


1 総務省案の問題点
⑴ 開示情報の種類を限定することの合理性の欠如
 総務省案は、結局のところ、開示請求者の権利を侵害する情報の発信をした者を特定するのに寄与する情報のうち一部のみを開示請求の対象とし、それ以外の情報は開示請求の対象から除外するというこれまでの政策を維持するものである。そして、それは、開示請求の対象外とされた情報なしには発信者を特定することができない場合、開示請求者から、日本の裁判制度を利用した紛争の司法的解決の機会を奪うものである。
 しかし、そのようにして、「開示請求の対象外とされている情報なしには自己の氏名・住所が特定されないような方法で公衆に向けた情報発信をしておけば、実体法上不法行為となる情報発信をしても、その被害者から自己が特定されず、手続法上損害賠償義務を負わされない」という地位を法的に保障することに、どのような正当性があるのか理解しがたい。米国法では召喚状制度を用いて発信者の特定の寄与する情報の提出をその保有者に対し求めるという作業を順次繰り返していくことで発信者を特定していくという仕組みが採用されている。そこでは、発信者の特定に直接的にまたは間接的に寄与する種々の情報が開示の対象となっているが、そのことにより特段の問題を生じていないのである。
 日本法においても、開示請求の対象をどうするのかという点については、米国法における召喚状制度を大いに参考とするべきである。開示請求者側で、その情報がどのようにして発信者の特定に寄与するのかを主張し、これを証明(仮処分事件では疎明)した場合には、当該情報を開示請求の対象としうるようにするべきである。
⑵ 開示義務者を権利侵害情報自体を媒介した電気通信役務提供者に限定することの不合理性
 現行法に関する裁判例に中には、発信者情報の開示義務者を、開示請求者の権利を侵害する特定電気通信の送受信を媒介した者に限定するものがある。しかし、発信者の氏名・住所等の情報を保有している者が、開示請求者の権利を侵害する特定電気通信の送受信自体の媒介をしていない場合、またはそのような特定電気通信の媒介をしたかどうかを開示請求者が証明することが困難な例が増えてきている。例えば、例えば、開示請求者の権利を侵害する情報を掲載している匿名ウェブサイトについてwhois情報隠匿サービスを提供しているが、サーバレンタルはしていないドメイン名代行業者や、そのようなウェブサイトの開設者とバナー広告契約を締結している事業者等は、当該ウェブサイトの開設者=発信者の氏名・住所等の情報を保有している可能性が高いが、原則、開示請求者の権利を侵害する情報の送信自体を媒介していない。また、TwitterやFacebookなどコンテンツプロバイダがログイン時のIPアドレスとタイムスタンプしかアクセスログを残していない場合には、コンテンツプロバイダを債務者とする発信者情報開示仮処分が下されると一定の基準日以降当該アカウントからログインがなされた日時とその時に用いられたIPアドレスの開示をコンテンツプロバイダから受けることとなるが、当該アカウントからのログインが複数のアクセスプロバイダ経由でなされている場合には、開示請求者の権利を侵害する特定の投稿がどちらのサクセスプロバイダ経由でなされたのかを開示請求者の側で特定することは技術的に困難である。
 したがって、Twitterなどログイン方式が採用されているSNSでの誹謗中傷が問題となっている昨今、開示義務者の範囲を拡大することは、インターネット上での紛争を日本の裁判制度を利用して解決していく上では、喫緊の課題と言える。しかし、総務省は、この方向で制度を改正する気はさらさらないようである。
2 私案
 では、どうすればよいか。
 まず、発信者の特定に寄与する情報(以下、「発信者特定寄与情報」という。)については、すべて開示の対象とするべきである。
 匿名で開設されている電子掲示板等における投稿により権利侵害がなされた場合、被害者は当該投稿の日時およびIPアドレスの開示を電子掲示板提供者に請求したくともその氏名・情報がわからないために、発信者情報開示仮処分の申し立てすらできないというのが現状である(電子掲示板提供者自体は、プロバイダ責任制限法3条1項により違法性が阻却されるため、現行法上は、その発信者情報の開示をプロバイダ責任制限法4条1項に基づき受けることができない。)。
 また、開示義務者は、開示請求者の権利を侵害する情報の送受信自体を媒介した者に限定せず、発信者特定寄与情報を保有する者(以下、「発信者特定寄与情報保有者」という。)全てがその保有する発信者特定寄与情報について開示義務を負うものとするべきである。
 開示請求の方法については、開示されるべき情報の種類によって2種類の方法を用意するべきである。
 発信者特定寄与情報のうち、氏名・住所、電話番号については、それが開示請求者に知られると、開示請求者が発信者本人に直接アクセスすることができるようになってしまうため、慎重な手続きが必要である。他方、投稿日時や投稿時のIPアドレス、ログイン方式の場合におけるログイン日時やログイン時のIPアドレス等は、それを開示請求者が知ったからといって開示請求者は発信者本人に直接アクセスすることはできない。開示請求者が発信者を特定するためには、さらなる発信者情報開示請求を行わなければならない。ここでは、迅速さが求められる。
 したがって、開示義務者が訴訟外での開示請求に応じなくとも原則責任を負わせないこととしているプロバイダ責任制限法4条4項の適用範囲を、それが開示請求者に知られると、開示請求者が発信者本人に直接アクセスすることができる情報として総務省令で指定するもの(以下、「直接アクセス可能情報」という。)に限定するべきである。それ以外の発信者特定寄与情報については、開示請求者から所定の方式で開示請求を受けた場合には、一定期間内(1週間程度)にこれを開示する義務を負わせるべきである。そして、上記発信者特定寄与情報保有者が上記発信者特定寄与情報を上記期間内に開示せず、その結果開示請求者が発信者の氏名・住所を特定するに至らなかった場合、開示請求者が当該発信者に対しその賠償を請求することができた損害金の額を、上記開示義務の不履行により生ずる損害とみなす旨の規定を置くべきである。
 訴訟外での開示請求については、当該情報の送受信によって侵害されたとする権利を訴訟物として訴訟を提起した時に、勝訴の見込みがないとは言えないことを説明し、これを疎明する資料を添付すれば足りるものとするべきである。この段階で、慎重な審理をする合理的な理由がないからである。
 また、発信者特定寄与情報義務に関する規定については、日本において取引を継続してする外国会社についても適用されるものであることを明示するべきである。今日、コンテンツプロバイダの多くが外国法人によって担われており、かつ、それらの多くが日本における代表者を定めるべき義務を懈怠しており、そのことが、仮処分によるIPアドレスの開示等の費用と時間がかかる主たる要因の一つになっているところ、それらの外国法人たるプロバイダも訴訟外での開示義務に応じなければならないとなれば、そのような無駄が省けるからである。
 直接アクセス可能情報については、情報保有者がその判断を裁判所に委ねるのは止むを得ないであろう。ただし、直接アクセス可能情報保有者には、開示請求者から開示請求を受けた場合に、直接アクセス可能情報を保有している旨を速やかに通知する義務と、開示義務がないとする判決が確定するまで当該直接アクセス可能情報を保管する義務を負わせるべきである。
 

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