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[ep.5]孤独による空谷の刻

【今回のあらすじ】
現場で起こる難題に対して力になれない自分を呪います。その呪いこそが本部待機スタッフの宿命でもあり、楽しみでもあります。

【前回までのあらすじ】
[ep.4]憧れの地・和琴半島
弟子屈町に初めて訪れてから約20年、初めて和琴半島に足を踏み入れました。そして徒歩参加者の先頭が1CP「和琴半島」に到着・出発しました。

【メインテーマ】
100km歩こうよ大会 in 摩周・屈斜路の実行委員である私・便艦(べんかん)が「運営・サポートスタッフ」として、何をして何を感じたかを主観的に書き記すことを試してみるものです。


●移動本部の検討(今回は見送り)

大会運営本部・川湯ふるさと館の館内を見回してみましたが、やはりどうにも人の気配がありません。毎回のことではありますが、スタートからしばらくしてからの間、本部に残るスタッフ(だいたいは私・便艦がその役を担う)は孤独な時間を過ごすことになります。先程まではその役割を事務局の炭田さんが担ってくれていました。開催前の打ち合わせでは「移動本部」として各CP(チェックポイント)など別の場所に移動しながら運営を行うというアイデアも挙げられていましたが、本部に参加者が預けた荷物を保管しており、誰かしら荷物の守り人を担う必要があるために見送られました。

昨年行われた「100km歩こうよ大会愛好会ウォーキングイベント in 川湯・美留和」という代替イベントでは、スタート場所とゴール場所が異なる場所に設定し、日中で完結するイベントだったために荷物保管が発生せず「移動本部」を実践することが出来ました。本部付けの私も各CPを訪問し、準備や運営の様子を確認することができたのです。

どちらの方が最善なのかという答えは無いように思います。大事なことは、既存の運営方法がベストであると思い込まないように意識するという戒めを忘れないことかもしれません。今回に関しては、従来通り本部にスタッフを待機させることを選択しただけのことです。

さて、コントロールセンターに着座した私はしばらくPCとにらめっこします。サポートスタッフLINEの流れと、1CP(和琴半島)の徒歩参加者到着時刻をPCで確認します。

今回は各CPにて徒歩参加者の到着を専用のLINEグループに写真撮影して投稿するスタイルを導入しましたが、リモート実行委員のドロンジョ様がLINEに投稿された写真とタイムスタンプを確認してGoogleスプレッドに記入する流れとしました。ドロンジョ様が対応できない時のフォローは私が行います。この方法により、ほぼタイムラグなく徒歩参加者のCP到着時刻が確認できるのは実に革命的でした。

そんな中、2CP(屈斜路プリンスホテル)に先頭が到着したとの情報が入りました。

先頭の到着時刻は実際にはAM9:37でした。2CPの受け入れ開始時刻はAM9:30ですので想定内のペースです。想定内の事象が起きると、距離と時間の計算が正解だったことに少し嬉しくなります。

●俺は分身も瞬間移動もできない凡人

この大会において、想定内のことが起こることは多くありません。CP到着時間設定が計算内であったことなどすぐに忘れてしまうような、現場の切実な声が届いてきます。

●汁処理問題

2CPでは豚汁(弟子屈風の読み方は「ブタジル」)を提供しているのですが、おそらく完食することができないケースが発生しているのでしょう。31.1kmを歩ききった体にはヘビーなこともあるかもしれません。

私は本部を離れることができないため、巡回スタッフに依頼するに留まりました。このような時、何も行動出来ない自分を心底愚かしく感じてしまうのです。荒唐無稽な考えが何度も頭を過ります、「分身を作れたらいいのに!」あるいは「瞬間移動が出来たらいいのに!」

結果的には、現場で対処できたとの報告を受けました。この取り組みは次回以降の課題となりました。

段ボール箱にビニール袋をセットした簡易の汁処分キット

●バナナクライシス

立て続けに、1CPで「バナナが足りない」と読み取れる報告がありました。望まずとも重ねてお困りごとが起きるのは、表現が正しくないかもしれませんが、大会で毎回経験する運営・サポートの恒例イベントのようなものでもあります。

本部の資材・食料置き場を見てみたところ、「第3CP」と書かれたバナナが1箱ありました。

サポート振り分けの資料を確認したところ、この写真のバナナは実際には「第3CP」のものではなく、5CP(レラ摩周)のものであることがわかりました。5CP用のものは後ほど調達して写真の在庫分を前倒しで1CPに投入すればいいのですが、困ったことに1CPへ運搬できるスタッフがいません。ああ本当ほんとホントに、分身を作るか瞬間移動できたらいいのに!無意識に奥歯を噛みしめ、顳顬に力が入ります。そして何もできないまま現場の悲痛な声が届いてきます。

ドロンジョ様と巡回スタッフとの連携の結果、巡回スタッフが本部の川湯ふるさと館に帰還してバナナをピックアップし、1CPに運んでもらえることになりました。

AM10:45ごろに、巡回スタッフの地元若夫婦が本部に戻って来てくれました。待ちかねた!

そんな折、突然観光客が入口に訪れて「神の子池はどこですか?」と聞いてきました。神の子池は摩周湖の北に位置し、青く輝く湖面が特徴の池です。

個人的にはおすすめの観光名所ではあるのですが、本大会とは全くの接点のない場所ですので詳しい説明は端折ります。観光客には地元若夫婦と共にルートを簡単に案内しました。川湯ふるさと館では、100km大会とは無関係の観光客の方とエンカウントすることがあることを思い出した出来事でした。

観光客をやり過ごした後、地元若夫婦にバナナの箱を託しました。私に出来ることは、渡したバナナが無事に1CPに届けられることを祈るばかりです。

大会における食糧問題には毎回頭を悩ませます。開催当日の気候や徒歩参加者のコンディションによってニーズが大きく左右されるからです。今回は1CPの食糧の配分が想定外であったことと、コースとCP配置が大幅に変更になったこと、そして4年ぶりの大会開催における直感の鈍りなどが影響していたのかもしれません。

●大会で唯一の孤独な時間の始まり

和琴半島から川湯ふるさと館に戻ってきた直後は「今年も孤独の有閑を持て余すのだろうか」と思っていましたが、現実は現場のお困りごとが重ねて発生しているのをLINEを通して可視化されることを目の当たりにしたものでした。通信インフラとSNSツールの発展により現場の状況が把握しやすくなったことは、運営面で大きなアドバンテージです。大会の全貌がイメージしやすくなりました。かつ、やりとりがログとして残せることも次回の大会フィードバック資料として有効活用できます。

それでも、川湯ふるさと館を離れられない私に出来ることは、状況の理解・分析・提言するくらいでした。「汁処理問題」も一意見を投稿しただけですし、「バナナクライシス」もバナナの箱の写真に撮影して地元若夫婦にバナナを渡したくらいです。現場の現実を把握していなかった過去も、以前よりも把握できるようになった今年も、残酷なレゾンデートルを突き付けられます。

孤独を紛らわせるように、当日にコースが変更になったことに伴う距離を再計算して、サポートLINEに投稿してみました。急を要さない情報ですので、誰からもリアクションはありませんでした。あくまでFYIだけの意味合いしかありませんので、むしろスルーされた方がよかったかもしれません。

サポートLINEには絶え間なく天候やリタイア者の報告や最後尾の連絡が届きます。想像力を駆使して本大会に蠢く鼓動を脳内で加工し、俯瞰して理解を試みます。流れる1行だけの情報は、各々の参加者にとっては大きなドラマです。決して蔑ろにしないように、丁寧に扱っていきたいと改めて決意しました。

●ひとり上手(ささやかな設営準備)

コントロールセンターに座りっきりになっていると疲れてしまうので、少し体を動かすことにしました。この後14:00に3CP「川湯ふるさと館」をオープンさせるまでにはもうしばらく時間があります。

私が過去に徒歩参加した時の感想としては、徒歩参加者は距離を歩くにつれて靴を脱いだりしゃがむことが苦痛になってきます。そこで徒歩参加者がすぐに座れるように壁沿いに椅子を並べてみました。始めのうちはそこまで人数も多く来ないので、最低限の並べ具合にしています。

開会式の時におにぎりと飲料を並べていた机です。これは特に手を付けていません。撮影後に段ボールを片付けたくらいです。

入口から受付やコントロールセンターを撮影しました。見事に誰もいません。この役目を担うことが多い私は、「またこの時を楽しむ時間が訪れた」と感慨深い気持ちになります。

少しだけ外の空気を吸いに、川湯ふるさと館の外に出ました。本大会の集合場所であり、開会式の場所であり、3CPであり、グランドフィナーレの地である、本大会におけるアルケーのシンボルたる風景です。

どうやらこの辺りも風が強く吹いてきました。気温は16.1℃です。川湯ふるさと館の館内はかなり暖気を帯びていて身体も少し暑く感じていたため、外気はエアコンの冷風を浴びているような涼しい感覚です。

●合法ドーピング・エナジードリンク過剰摂取

長く川湯ふるさと館を空けているわけにもいかず、温度計を撮影してすぐに館内のコントロールセンターに戻りました。このくらいの時に一昨日・昨日の睡眠不足の影響で、眠気を感じるようになってきました。ただし眠気は感じても実際に眠りにつけるイメージは沸かない不思議な感覚でした。

前の日に北見と美幌のセブンイレブンで個人的に大会用に買った10缶くらいのモンスターエナジードリンクは、既に残り5缶くらいになっていました。飲み過ぎると体に悪いといわれるエナジードリンクですが、この大会中くらいはOverdoseも止む無しと自分を甘やかします。

1つ心残りだったのは、例年近場のセイコーマート(コンビニ)で「ユンケルローヤルC2」を購入していたことを今年は失念し、モンエナ一筋にしてしまったことです。来年は忘れずにユンケルローヤルC2を買わなければいけない。

●孤独の終わり、サポートスタッフの帰還

11:30を過ぎた頃から、3CP担当者や巡回スタッフが1人、また1人と川湯ふるさと館に戻ってきました。孤独な時間も嫌いではないですが、やはり他に人がいるのは安心しますし楽しいです。

1CPに最後の徒歩参加者が到着したことや、強風で誘導看板が倒れていることなどがサポートLINEに投稿されていることを確認しながら、粛々と3CP受け入れの準備を進めます。

●各地の様子はいかがでしょうか?

OTS(オフィシャルトイレスポット)コタン温泉で誘導をしていた巡回担当の藤田氏から先頭の情報が入ってきました。この情報をもとに、先頭の徒歩速度を計算して3CP到着時刻の予想を立てます。

3CPのオープン時刻は14:00ですので、想定よりも早く到着するであろうことがわかりました。昔はSNSもなく情報伝達の手段が限られていたので先頭の位置を把握する手段が乏しく、CP準備に勤しんでいる最中に先頭の徒歩参加者が到着してしまうこともありました。まだまだ至らぬ大会運営であることは十分に理解しているものの、僅かばかりでも全ての参加者のみなさまが満足できるような運営のバックボーンを整えられつつあることは、望ましい大会の在り方の実現に近づいているのではないかと期待を寄せています。

続いて、2CP(屈斜路プリンスホテル)から強風の情報が入ってきました。

2CPの設置場所は「屈斜路プリンスホテル」とは銘打っているものの、厳密には「屈斜路プリンスホテル敷地内のテニスコート跡地」というのが正しい説明です。

ホテルの建物は写真右側だが、CP設置場所は黄枠のテニスコート跡地となる
撮影日:2023年7月3日

この場所は一辺には木々が聳え立つものの他の面には遮蔽物が無く、風向きによっては直接的に風を受けてしまうようなレイアウトです。強風はテント設営の天敵です。運搬上の都合で軽量テントを設置しているCPもあるのですが、強風時のことを考えると堅牢性の高いテントの設営も重要です。過去の大会ではテントが飛ばされてしまったこともあったのですが、その時に現地に居合わせた方の苦労を想像することしかできないことに、もどかしさを感じます。

●運営・サポートスタッフのサポーターによるマッサージ

大会から約7時間が経ちましたが、私は本部に引きこもっているにもかかわらず、漠然とした疲労感を感じていました。今までの孤独と睡眠不足に因るものであることは自明の理でした。コントロールセンターで虚ろな目をしていた私に、道外サポートスタッフのねぎぽぽ氏が声をかけてきます。「だいぶ疲れがたまってますね、少し施術をしましょうか?」

説明が正しいかどうか不安が残りますが、ねぎぽぽ氏は施術師です。大会参加歴は長く、過去にはサポートスタッフ向けにマッサージの仕方をレクチャーしていたこともあります。4年前に私が徒歩参加した時には、途中のCPでマッサージやアドバイスをしてくださいました。

川湯ふるさと館の空きスペースに誘われて仰向けに寝ます。「じっくりと時間をかけた施術コース」か「短い時間で終わる施術コース」かを問われ、いつ先頭の徒歩参加者が来てもいいように「短い時間で終わる施術コース」を選択しました。オイルを纏わせた手で額と首筋を伸ばし、右腕から左腕、背中から右足も左足と丹念に伸ばしていきます。

10分ほどで施術は終わりました。
「途中、痛いところがあったでしょう。よく我慢してくれました。そのおかげでスムーズに進められました」
「脳が『これ以上は動かない』と誤認しているせいで動かない箇所があった。これをリセットすることができた。」
このようなコメントをいただきました。実際、体が軽くなって眠気もなくなりました。

私はねぎぽぽ氏に「サポートスタッフのサポーターのような存在ですね」とお礼を伝えたところ、「ああ、そのような考え方もあるのか」と、何かが腑に落ちたような表情をされていたように感じました。

●間もなく先頭が3CPに到着する

13:00を迎える頃、3CP担当のサポートスタッフや巡回スタッフが川湯ふるさと館に集結して若干賑わいを取り戻してきました。食事の陳列などを行います。

どのようなやり取りかは失念してしまいましたが、当初は予定していなかった食糧として、急遽カップ麺が導入されました。おそらく強風と低温により徒歩参加者の冷えた体を温めることが狙いだったように思います。幸いにも川湯ふるさと館には電気ポットと魔法瓶が備えられていたので、電気ポットで湯沸かしして魔法瓶に詰め替え、さらに電気ポットでお湯を沸かすといった流れで熱湯の調達に成功しました。

予定していた弁当(写真右)に加えて、急遽導入されたカップ麺(写真左)

準備を進めているうちに、最後尾グループが2CPへ12:52に到着したという情報が入ってきました。2CPの最終締切時刻は13:30でしたので、予想よりも40分弱早い時間でチェックインできたことになります。時間設定に大きな狂いが無かったことを喜びました。その後、最後尾グループは13:16に2CPを後にしたという報告を受けました。

その後、今度は先頭の方が川湯ふるさと館に近づいている情報が入りました。

湯の閣ホテルから川湯ふるさと館までは約550m程度です。時速7km/hで歩いていれば、あと5分ほどで川湯ふるさと館に到着するでしょう。川湯温泉足湯前交差点まで様子を見に行きました。コースを覗いたところ、まだ姿は見えてきません。ついでに温度計を撮影しておきました。

14.9℃(13:31時点)

AM11:00頃に撮影した時よりも気温が下がっていました。振り返ってみると、天気予報では朝をピークに気温は下がり続けていく予報であったことを思い出しました。天気予報の気温は、ほぼ予報通りでしたね。

AM7:24に確認した時点での弟子屈町の天気予報。弟子屈町の予報といっても、弟子屈エリアと川湯エリアでは天候や気温が同じではない点に留意する必要がある

程なくして、2名の徒歩参加者がこちらに歩いてくるのを確認できました。ゼッケンの写真撮影を控えた私は交差点から川湯ふるさと館に戻り、お出迎えの準備をします。

そして13:35、先頭の2名が到着しました。玄関前で大きく手を振って到着を喜びます。

3CP「川湯ふるさと館」のオープン時刻は14:00です。それまでの間は、ここで待機していただきます。

[ep.6]3CP pt.1 "Incident" につづく