僕はこの店に通ってしまうかもしれない

音のない部屋で誰か/何かを待ったことはあるだろうか。病院はだいたいオルゴールのBGMがかかっている。役所や銀行、郵便局はブザーとアナウンスが絶え間なく流れている。何の音もしない公共施設があるのだ。しかも、図書館みたいに静かにすることを求められているわけでもない。さあ、どこでしょう?なんだか問題設定が悪い気もするが、読者諸氏はガンバッテクダサイ。

正解は〜

「交番」でしたー。完全に悪問、失礼しました。

バイト中に忘れ物を届けに交番まで行った。お巡りさんがパトロール中(お巡り中)だったので、備え付けの電話で呼び出した。おそらく暖房器具がエアコンではなくてストーブ(電気ストーブ?)の類で、室内の暖かさが柔らかくて心地よかった。あまり乾燥を感じない。小学校の教室を思い出す温もりだ。そしてモーターの音も聞こえず、しーんとしている。こんなに穏やかで心地よいのに、内装は無機質だ。壁も床も、部屋を真ん中で分けているカウンターも、すべて灰色だ。異様な空間である。

10分ほど待つとお巡りさんがやってきて、僕のために椅子を用意してくれる。椅子くらい最初から用意しておけばいいのに、とパイプ椅子を奥の部屋から持ってきてくれるお巡りさんを見ながら心の中で文句を言う。だが、考えてみれば、椅子なんか置いておいて武器にされたら危ない。盗まれても困る。そういう「やばい」奴への警戒から、部屋を空っぽにしているのだろうか。そんなことを考えている間に、お巡りさんは黙々と書類を書き込んでいった。沈黙。退屈。スマホをいじるのも失礼だと思い(人が作業している前でスマホをいじるのが失礼だ、というのは今や古の感性なのだろうか)、壁のポスターを眺めて時間を潰す。そこには町の地図と、警察官の求人広告が貼ってある。町の地図には僕のバイト先は描かれていない。どうやら商店街の協会に加盟している店舗が記されているようだ。

「落とし物を拾った時間帯って分かりますか?」
「いえ、分からないです。ちょっと確認してみます。」

LINEで別のスタッフに聞く。

「15:55だそうです。」
「ありがとうございます。」

再び沈黙。再び退屈。まわりを見渡してみると、奥の部屋と今いる部屋とを分ける壁以外の3つの壁面にはすべて、大きな窓が張られている。僕は大きな窓が好きだ。開放感があって、部屋が明るくなる。

暖かくて、静かで、窓が大きい。これだけの条件ならば最高なのに、内装が冷たすぎる。壁にキース・ヘリングの絵でも貼って、隅に大きな観葉植物を置いておけばいい。ごく小さな音で古いソウル・ミュージックが流れていて、ちょっと美味いコーヒーが出てくれば、僕はこの店に通ってしまうかもしれない。

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