お節介で心配症〜それだけの話

僕には長い事面倒を見ている人がいる。

きっかけはすごく些細な事たったと思う。

あんまり覚えていない様な事でも今の僕に繋がっているのは確かな事実だ。

多分最初は気まぐれで「ちょっと世話してみるか」くらいなものがいつしか「あれもしてあげないと」なんて事を思うようになった。

恐らく元々持ってた僕自身の面倒見の良さと彼女の懐っこい感じか絶妙に歯車を噛み合せたのだろうと今の僕は思う。

先述、長い事面倒を見てきたとあるが、1年目ほど連絡すら取らなかった事もある。

理由を話すと長くなるが、端的に言うならば
努力をする事で成長や成功に繋がる経験をして欲しいと望む僕と、成功はしたいが努力する事は苦手な彼女との間で「成功」という目的のもと二人三脚をする事が出来なくなり、僕の方から匙を投げたという感じのお話。

まぁそんな事もありつつも彼女自身は就職して厳しい職場ながらも彼女なりに頑張ってるのを知り「わだかまりは無くそう」という気持ちになったのはつい最近の話です。

前置きは長くなりましたがここからが本題です。 

この通り約1年振りに連絡を取り、以前の形では無いものの少しずつ彼女に再び関わるようになった僕ですが、来年の春には神戸で仕事に就く事が決まり、もう半年したら新生活という所に差し掛かり、「関東には思い残す事なく神戸に行きたい」という思いの元、彼女にも僕自身が心配している事の根を取り除きたいと思うようになりました。

今僕が彼女の事を心配している事柄は

・努力をして成功した経験の少なさ故に失敗する事が癖になっている。

・学歴も高卒な上に稼ぎの少ない世界での仕事なので金銭面の管理に対する心配  

・上記2つを当たり前に捉えて「しょうがない」と諦めてしまう事

・友達を大事にするという性格上、同様な友達と過ごすことが多く自己投資にかけるお金も時間も少ない。  

今はパッと出したので4つだが恐らく起きたら増えてるであろう様な有様である。

僕個人の意見として、決して友達をないがしろにしろとか無理に努力しろとか言うスタンスではなく  
あくまで努力したい事に対してはある程度の犠牲を伴いながらそれに向かって必死になってほしい  
という程度の気持ちである。

何でも良くて、例えば仕事に関連する資格取得なんてものならば、資格さえ取れれば給与も上がる可能性もあり、貯金など今後の有事に使える余裕が作れるのだから是非とも挑戦してもらいたいなんて思う。

しかし現状は悲しいことに、彼女自身の友達を大事にする性格や、成功経験の欠如からの投げ出し癖のような物が連発されテーブルにペンすら置けない様な事になるのが関の山なのだ。

最悪、逃げ出し癖が身につき、仕事も定着出来ずに低賃金の仕事を転々とし、貯金も出来ずに歳を重ね、家族を持っても上手く行かない
そんな事にはなって欲しくないが彼女自身が自分に甘い性格過ぎるので可能性としてはそれなりに考えられるのが現実だと思う。

もう一点僕のスタンスを話しておくならば
彼女に対して恋愛感情はほぼない。
どちらかといえば家族のような感情を持ち合わせている。
だからこそ、幸せな人生を歩んでほしいと思う。
友人に恵まれ、家族に恵まれ、そんな人生になってほしいと思う、無論僕はそこにいなくても差し支えない。

この微妙なスタンスがもしかしたらダメなのかもしれない。

とにかく残り半年なので彼女に与えられる物は可能な限り与えていきたい。
もちろん余計なお節介であり、時間もお金も消耗するので何のメリットも存在しないが、それが僕の「そうでありたい姿」なのでお節介上等で頑張りたい。

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9/22現在の心境をまとめました。
また加筆修正することもあると思うし追記する事もあると思います。

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