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 ハル夫婦1回目の調停、霞ヶ関の家庭裁判所に呼び出されて、ハルは凄く緊張していた、私を抱きしめ「どうしよう、どうしよう」と呟く。

 背中を撫でて、髪を撫でて落ち着かせた。子供のような顔をして見つめてくる、キスをしてやった。

 仕事の段取りを終え、調停用に予め作った陳述書をショルダーにいれている、それをたすきにかけて事務所をでた。 私を抱きしめてくる。

「美言、怖いよ」
「大丈夫だから、弁護士先生がついているよ」

「うん、貴女もついているな」
「そうだよ」
またキスをした。手を握られてジーンズのジッパーの上に乗せられる。

「もう、しかたないなぁ」
苦笑しながらしゃがみ、ジッパーをあけてだらりとしたものを外へ出す。

 仮性包茎のそれをそっと剥いて口に含んでやった。上目遣いに見ると目を閉じている。大きく息を吐いた。ハルはおちんちんを触ってやると安心すると言う、口に含んだり迎え入れてやると本当に安心した表情をするからついしてあげたくなる、私のハルだ。
「ほの字だぜ、行ってくらぁ」

元気に出かけた。


田舎は嫁不足だ、今日も近所のおばさんがお見合いの写真を持ってきた。
「ねぇこの人なんだけど、どう」
 
写真館で撮ったものだが、緊張している中年。髪が薄いので随分歳に見える、聞くとハルより3つ若いという、どう見てもハルのほうが若い。
「素敵な方ですが、今は子育てがありますので」

「子育てには父親が必要よ、特に男の子は、この方、この歳まで一人身だけど、良いところに勤めているし」
田舎で良いところというのは役所だ。 農家兼業、米の心配は無いのをなぜか誇る。

冗談じゃない、亭主というのは子供以上に手が掛かるのだ、何故好きでもない男の面倒を見るのに結婚しなくてはいけないの?

更に田舎の結婚は舅、姑がもれなくついてきて、どうかすると小姑、小舅の面倒までのしかかる。
「私にはもったいない話ですから、どうぞ、よそへお持ち下さい」

 この辺りの農家は嫁日照りで、どうかすると嫁を輸入している、子持ちバツイチなら何とか成ると思うその根性が嫌だ。

ここに戻ってきてからおせっかいな人が見合いの話を持ってくる。女が一人で子育てをするのは確かに大変だから子どもが小さいうちに再婚をしたほうがいいと言う。

 ハル流に言うと唐変木、お金に困らない実家と父母のバックアップがあれば男は要らない。それなりの話がくるのはまだいい線いっているってことかもしれないが、自分の地元でもこの田舎感覚が嫌だ。

 母は黙って見ているが、周りが何度も会うだけでもと、しつこく迫る。ハルが離婚をすれば一緒になれると信じていたからそんな話は上の空だった。


 その、ハルを捨てた。 離婚調停が不調に終わり、ハルの妻が別居調停を言い出した。

 離婚が出来ず、私と一緒になれない。 ハルは、離婚裁判を起こしたが、ハルの妻は、自分が有責にならずに離婚しようと、ハルのDVをでっちあげ、裁判は思いも拠らぬ長期戦になった。

 結局、東京高等裁判所で結審、ハルの勝利に終わるのだが、そのころハルは、不倫で自分が妻を騙していたという、罪の意識に、ぼろぼろになり、仕事もうまく行かなくなっていた。

 意外に弱い奴だったようで、お金に困るようになると、酒を飲んで、私に八つ当たりの電話してくるようになった、そして最後は泣き言。

 更に、ハルの取引先、英国の仕入先が中国に工場を移転の末、潰れ、私の給料も遅配するようになった。

 デパートで高級品として扱っていた商品が100円ショップに流れ出す最悪

 力があって、うつくしき言を尽くしてくれたから、いっしょになりたかったし、愛していたが、もう価値は無くなった。

 知り合った頃の颯爽としたハルでなければ必要は無い、私が捨てた後、私のホームページをしつこく覗いているようだったが、実害は無かった。

 私は、自分で稼いで子育てをすることに決めた、もう男に頼るのは辞めようと思った。

 カウンセラーとして看板を上げた。カウンセリングに取り入れようとライヤーヒーリングと言うスピリチュアル系の癒し講習を受けに三鷹へ行った、6名ほどの受講生の中に、馬行市の先、I市に住んでいる50代の男性が居て、帰りに自分と同じ特急に乗るように言われた。

 石岡という、その男性は羽振がよさそうだったが、男に頼るのをやめようと思っていたところなので、やんわりと断った。

 ヒーリングのホームページに、私はハルが撮ってくれた写真、住所と電話番号も載せている。自分にやましい事が無いし、今はスピリチュアルな生活を送っているから誰からも悪さなどされると思わなかった。神聖域では誰も私を傷つけられない、我ながら綺麗に撮れていると思う、きっとハルの気持ちがこもっている、私に惚れていたのだろう。


 私は逃げも隠れもしないで仕事をこなしている、ハルのように会社が倒産して潰れてしまった奴とは違う。

 カウンセリングはホームページの効果もあり、クライアントが次第に増えていった。

 話を頷いて聞いているだけなのにクライアントは悩みが減ったと喜んで帰っていく。

 世の中には自分の話を聞いてもらいたい人が沢山いる、私のような職業はある意味救世主だ。

 一番のお得意様は石岡、彼は別になんの悩みも無いのに月に4回は必ず予約を入れてくる。

ルームの経営には無くてはならない存在。

石岡さまさまだが、オヤジそのもの、これが難点。

 石岡の話をうんうんって聞くときは出来るだけ眼を見ないようにする。 したり顔に人生観などを語っているときは、目の少し下辺りを見ているけれど、鼻毛が出ていたり、口角に泡をつけたり、無神経で半分キモイ。

 我慢、我慢、これも仕事と心の中で呟き、にこやかに頷く。


 石岡がことあるごとに食事に誘ってくれるのは良いけれど、帰り際に手を握ろうとするし、国道沿いのホテルで中を覗き込むような素振りを見せるようになってきた。

 うっとうしい。車でホテルの前に差し掛かかり、車のスピードを落としそうになると、牽制が必要になる。

「今日は楽しかったです、石岡さんには本当にいつもお世話になって、母も宜しくお伝えくださいって、さあ、家に帰ったら聡に夕飯を作らなくちゃ」
「ああ、いやどうも、先生が喜んでくれればいいんですよ、あはははは、お母さんと聡君に宜しく」

「はい よーく伝えておきます。早く聡を抱っこしたーい」
「いいお母さんだね、聡君は幸せだ」

 石岡がアクセルを踏み込むのを感じるとほっとした。


 水曜日、今日も石岡がカウンセリングに来ている。

 去年の11月からだ、2月にはいっしょにマスターをこの部屋で取った。ライヤーの集会の中で私に好意をよせ、何かとプレゼントをしてくれていたが、それだけで飽き足らず、私と居たいからと水曜日2コマ、月に8万円のクライアントになった。

 私に一目惚れしたらしく、ずっと秋波を送られていたが、その気にならない。

 私が他の男性からも好意を寄せられているのを見て、クライアントに成ることを申し出てきた。

 カウンセリングルームの経営も楽ではないので固定の収入になる石岡はありがたかったが、性欲を絶やさず垣間見せるのには閉口する。

 まだ子宮内膜症も完治していないから、男を受け入れたくないし、私には男女の交接無しに慰謝を与えてくれる、ライヤーヒーリングと言うスピリチュアルな存在が有る、そういう意味で、もう男は要らない。

 それでも石岡は水曜の10時半になると熱心に通ってきて、2コマ目の1時半までいる、昼食は一緒にとるのが習慣になり、カウンセリングルームの向かいにあるレストランや、近辺のレストランがおきまりだった。

 石岡はなんとか私を口説こうと、2人きりになるとそわそわし、手を握り、ハグをしてくるが、それ以上は許さなかった。

 やんわりと拒否し、時に睨み付けると、大抵おどおどと手を引いた。

 一度だけ催眠療法用のベッドを貰ったときに押し倒され、唇を奪われた。  

 ベッドを持ってきてくれたので応えてやったがそこまでだ。

 更に、仕事の都合がつき、石岡の次にクライアントのアポイントがないと、3コマ、受けていくこともある。

 1度、あまりしつこく言うので隣街のデパートで安価なアクセサリーをプレゼントさせた。

 高価なものは気が引けるし、好意を無碍にするのも悪いと思った。

 今日も、2コマ目が終わり、その後のアポイントが無かったので、いつものように石岡と食事に行こうと思った。

 スーパーの屋上の駐車場に並んで置いてある石岡の車に2人で向かう、今日は飲茶に行こうと楽しみにしていた。

「このまま二人でゆっくりできる所へ行こうよ」
 石岡が手を握ってくる

「だめでしょ、そんなことするなら来週からキャンセルよ」
「えぇ、それはいやだなぁ」

 自分の青いフィットを見て、ベージュの日産を見る、その向こうに銀の背が高い車、スバルフォレスター、ハルと品川まで買いに行ったのと同じ車だなとぼんやり思った。

 フォレスター、運転席だけ赤いレカロ、ナンバーは練馬ナンバー、ハルの車だ、何故?

 石岡はリモコンキーでロックを開け、助手席のドアを開けて私を招くように手をひろげる。

 映画で覚えたしぐさだと言っていたが様にならない、その向こうにハルを見て私は凍りついた。 ハルが車の中からこちらを見ている。

 右の頬で笑った、私に気づいている。ゆっくりと降りてきた。猫みたいな歩き方で石岡の後ろに立つ。
「みぃつけたぁ」

 かくれんぼうの鬼が、標的を見つけたときのような嬉しそうな声、石岡の肩に手を置く。
「ちょっとあんた、なに」

 石岡は驚きに声が震える。
「ちょっとあんた、なにってか」

 ハルが志村けんの口調で笑う。止めようとしたが遅かった。

 ハルは石岡の首に腕を巻いて腰に乗せていた、石岡の脚が跳ね上がり、背中からコンクリートに叩きつけられる。
「コキュのハルです」

 石岡の尻を蹴り上げた、私は声も出なかった。
「コキュになるよりマーダーになれって家訓さ」

 踵を振り上げ、仰向けに倒れている石岡の顔に振り下ろす。 スニーカーの踵が口に減り込み歯が飛ぶ。石岡は口を押さえ転げまわっている。

「鷹取さん、警察を呼んだら」
 ハルは石岡の背中を、サッカーボールみたいに蹴り続けて息を切らせながら言う。

「ちょっと、やめて、やめてよ」
 ハルにしがみついて止めさせた。

「なぁんで、もう少し蹴りたいのに」
 今日のハルは会った頃のように溌剌としている。

 以前、道化師のストーカーを止めたのがハル。それがハルとの関係の始まりだった。ハルの仕事がおじゃんになってから、ハルは私にあの時の道化師のように頻繁にメールをよこした。

 それも同じような内容のメール、私の事を愛しているから、こんなに精神的に成長したよ、逢いたいなどと私には関係の無い言葉の羅列ばかりで、うんざりだった。

 返事をしないでいたら、ハルも沈黙していた。まさかこんな形で復讐するなんて。

「ほれ、美言、傷害事件だよ、110番しないと」
「何でこんなことするの」

「え?寝取られたって思ったから」
「そうじゃないでしょう、私はこの人となんでもない」

「あら、そうなの、いいムードだったけど、これからかぃ?」
「大事なクライアントなんだから」

「デパートで沢山プレゼントしてくれる?」
「なんで?」

iPhoneのディスプレイを順送りに見せられる、寄り添って買い物をしている私と石岡、絶対に誤解される。

「いつ撮ったの?」
「俺はデパートに友達が居るのさ、メール添付で送ってくれた」
笑っている。

 確かに、輸入品の仕事をしていたときは、頻繁にデパートに出入りしていたから人脈は有るだろう。 だけど、こんな田舎のデパートのことまで?絶句した、私の知らないハルが居る。

「いいから、行って、あとは私が話をするからハルは行って」
「えー、殴り逃げはいやだなぁ、殴ってないか、蹴っただけ」

「お願いだから行って」
「じゃあ行くね、石岡さん、写真はプリントに起こして奥さんに送っておくね、美言、元気でな」

 ハルはばいばいして、車に乗り込み走り去った。


 石岡は前歯を3本折られていて、次の水曜日、午後、歯医者の帰りにカウンセリングルームにやってきた。

「再来週、差し歯にするんだよ、酷い目にあった」
「写真は?」

「まだ送ってこないね、あいつは一体なんなの?」
 私はハルが婚約者だったことを話さなければ成らなかった、馴れ初めや都合の悪いことは端折って、経済的に逼迫して東京で燻っていることなどを話した。

「あいつの性格なら写真を送るなんてしないと思います。一応電話して釘を刺しておきます、まだ連絡がつかないのだけれど、早急にします」
「診断書も取って有るし、警察へ行こうと思うのだけど」

「やめて、お願いだから」
「どうして」

聡も一度はお父さんと呼んでいるし、父母に心配を掛けると説明した。

「もう、来ないと思うし」
「どうして、そう思うの」

「5年も一緒に居ましたから」
「仲がよかったんだね、じゃあさぞかし」
石岡がいやらしい顔をした。

「僕とも仲良くなって欲しいな、魚心水心でしょう」
笑い顔がどうにも下品だ。

「嫌っ」
悪寒が走った。

「え?」
驚いた顔が間抜けで嫌だ。

「嫌です、どうぞお引取り下さい」
 私の男遍歴の結果がこれだと思うと、情けない、もう男は嫌だ、本当に嫌に成った。

「これだけ貢いだり、痛い思いをしたのに、それはないでしょ」
 右上がりのアクセント、ハルなら笑いそうだ、私も時折出ると言われたアクセント、それに身体を舐められているようで嫌悪感が背中を走った。

「嫌なの、私は清い存在で居たい、だからレイキを習って霊的な存在になった、身体目当てならどこかで娼婦を買って」
「かっこうつけんなよ、このあま、男の気持ちを察してて取るものだけ取って気取るな」
 地金の出た石岡が怒鳴った。

「私が頼んだわけじゃないでしょう、ちゃんと時間を割いてカウンセリングをしたじゃない」
「時間を割くんじゃなくて脚を開け、能書きと雑談でだれがこんなに銭をはらうとおもってんだ、この辺は県南じゃ女買いの名所だったんだよ、そこに事務所を開いてお綺麗でいたいもないだろう」

 手を伸ばしてきた。私は携帯を出しプッシュした、110番。

「警察を呼びます」
「俺が警察を呼びたいのに」

 ちょっと気弱な顔になった。携帯のコール音が響く。

「呼べば良いでしょう、女を口説こうとしたけど、なびかないから強姦しようとしているって」
必死だった。

「強姦だなんて、そんな、わかった、帰りますよ帰ります」
石岡は背中を向けてすごすごと部屋を出て行った、一瞬携帯が繋がったが直前で切り、ドアにロックをかけた。

石岡とは何度かライヤーヒーリングの教室で顔を合わせた。 私は普通にしていたが、彼は顔を逸らし、それでいて私を伺っているのが判った。

「あの、先生」
8月末の教室で石岡が声を掛けてきた。

「先日はすみませんでした」
差し歯も入って滑舌が治っている。

「なんのことでしょう」
私はごく自然に振舞った。

「仲直りしていただけませんか」
「石岡さんとはライヤー仲間でカウンセリングのクライアントさんという関係しかございませんが」

「そうおっしゃらずに、またカウンセリングも受けさせていただきたいし」

実際石岡がカウンセリングに来なくなって8万円の減収だった2ヶ月は苦しかった。夏休みで聡を遊びに連れて行くのにお金もかかったので、ちょっと心が動いた。

警戒を要する相手だけど、男あしらいは慣れているし、先日、できなかったように、レイプなんてそうそうできるもんじゃない、月8万の収入は魅力だった。

「トヨタの新車を買ったんですよ、ハイブリッドです」
「よかったですね」

まだ、無関心を装う。

「慣らしがてら、ドライブしませんか」
「奥様とどうぞ」

「いえ、聡ちゃんといっしょにですよ、M村から湖をぐるっと帰りに軽飛行機でも乗せてあげたら喜ぶでしょう」
ハルの仕事がおかしくなって、給料をもらえなくてなけなしのお金を握って、聡を小さな飛行場で軽飛行機に乗せたのは3年前だった。

「カウンセリングの件はのちほどメールします」
周りの目もあるので、私はそう答えた、石岡はえらくうれしそうに、米搗きバッタのように頭を下げた、男って・・・。

メールのやりとりで、聡をつれてドライブに行くことになった、私はアルファードの内装の色を調べた。

別れる頃ハルが、嫌がらせのつもりか内装色がワインのワンボックスに乗ると強姦されると言っていたのだ。

そんな馬鹿なことは無いと思うけどそれでも気になった。

トヨタのホームページで見るとハイブリッドはベージュの内装のみで、オプションでもワインは無い、私は安心した、全くこんなところまで気を使わせて、馬鹿ハルめ、なんとか石岡の機嫌を取り結んで、カウンセリングも戻ってくるように仕向けなくては。

 

母に聡を連れてドライブに行くことを告げると、気をつけてお行きと随分心配された。聡は朝から飛行機に乗れると喜んでいた。

その日はお天気も良くてドライブ日和。午前中の遅い時間、いつもの駐車場の2階で待っていると、私のフィットのすぐ脇へ白のアルファードが滑り込むように入ってきた。

運転席を見ると石岡が助手席から笑いながら手を振った。

若い男が運転している。
「うちの従業員です、山岡です」

20代後半くらいで背は高くないががっしりした男だった。 石岡よりよほどハンサムだ。聡と私がお辞儀をすると山岡もお辞儀をした。

視線がなんとなくねっとりとしている、まただ、男はみんなこういう目で私を見る、頭の中で私を脱がせているのだろう、いちいち気にしていても始まらない。

後ろのスライドドアが電動でゆっくりと開くと石岡は大きな声で

「さあ 乗って」
私たちを急かした。

私は中の様子を確かめる間も無く聡を先に乗った、シートは調べた通りベージュだ、新車の匂いがする。

1ボックスの3列シートの中央、右側のシート幅が広い、ヘッドレストが外れていたのに気がつかなかった、そこを勧められて座る。 新しい車は快適だった、フィットみたいな小さな車と違いゆったりと走る。国道を抜け、M村にはいり、競馬の練習場、入り口をかすめて湖の周りに出る。

広々とした景色、何箇所か降りて写真をとって遊んだ。 途中、人の居ない公園などで山岡が鬼ごっこをして聡と遊んでくれる。

「ねぇ、飛行機は?」
聡がせがむ。

「もうちょっとね、この次の次くらいに行こうね」

名物のうなぎ屋で、おいしいうなぎを食べているときに、石岡が機嫌よく言った。
「鴨を見に行こうか」

石岡がそういった。
「鴨?撃ちに言ったことあるよね」

聡はハルたちと行った猟を覚えていた。
「そうかぁ、食べた?」

「うん、僕、鴨好きだよ」
カルガモの営巣地、みんなで降りて湖面を見た、鵜もかなりの数生息しているようだ。

黒い鵜のなかにカルガモの群れもちらほらいる、夏だからちいさな雛が親鳥の後をついて連なって泳いでいる。

「赤ちゃんが居るね」
聡が無邪気に言った。

「居るねぇ、聡くんは、赤ちゃんがどうしたら出来るか知っている?」
石岡が言った。

「知らない」
「おじさんが教えてあげるよ、さぁ車に乗って」

順番で私が中央シートの奥にはいる、聡が乗る、ドアが閉まる。
「先生、こうやって」

石岡が両手の親指と親指を背中合わせにして手を花のように開いて見せた。
「なんですか?」

湖面の風に吹かれて、聡と可愛いカルガモを見た後で、私は何の疑いもなく手を開いてみせる。

「そうそう」

きゅっと音がした。 ハルがパソコンを作るときに良く使っていたコードをまとめるタップ。親指同士を縛られた、石岡が乗り出してきたと思ったら、がたんと音がしてシートが倒れた、驚いている間に腕を最後部の座席のヘッドレストに絡まされ拘束される、首を少し浮かした状態で完全に仰向けになった。

聡は石岡が助手席にひっぱりあげる。

「なになに?」
ただ驚いた、山岡が運転席から後ろの席に移ってきた。

聡も助手席のヘッドレストにタップで縛り付けられている。石岡が後ろにうつってきた胸を乱暴につかまれる。

「先生、触りたかったんだよ、ここずっとさぁ」
石岡は下卑た顔で笑っている。

「やめて、今なら誰にも言わないから」
「なにを言ってるの、良い事しようってんじゃない、坊やにも見てもらわないといけないっでしょ、赤ちゃんがどうしたら出来るのか」

「やめて、子供に見せないで」
気が遠くなった、頬を張られた、耳がきぃんと鳴る。 何故、こんな事が現実に起こるの?

「お綺麗な先生でございって気取って、話を聞いてるだけで、あれだけ金をもらえっとおもってんのか、月に8万だぞ、合計いくらになると思う」
右上がりのアクセント。

「お金は返します、やめて」
「ごじゃっぺ言うんじゃないぞ、こら、払った分つっこましてもらうからな、釣りはいらないから、若いのにもやらしてやれ、たまってっから擦り切れるくらいやりてぇってよ」

Tシャツを頭の上までまくられた、そのまま腕を通してヘッドレストのところまで持ち上げられている。 ブラジャーを乱暴にひっぱられた、ホックが弾け飛ぶ。

「これがよぉ、シャツに透けていやらしくてよ、中身をいじりたかったんだ」馬乗りになられて胸をもみしだかれている、乳首を乱暴につままれて痛い。

興奮した臭い息が顔にかかる、聡はぼんやりしているのか声も出さない。 石岡の後ろで山岡がジーパンのベルトを弄っている、男の力で腰を持ち上げられて、ジーパンを脚から抜かれた。歓声があがる

「水色だぜ、土手がたかくていい女だ、毛深いから下着から、はみでてら」「やめて、やめてください、お金は全部返します」

「だっから、ここまで来てそういうこっちゃないんだ。騒いだら、ぼうやがブラックバスの餌になっからな」
胸を揉み、乳首をころがしながら石岡が嬉しそうだ。

女は非力だ、暴力で人を蹂躙しないと言うルールに守られて初めて安心していられる、今ここは無法地帯だ。

石岡が唇を合わせてきた、ミントの香りに口臭がプラスされ臭い、嫌だ歯を食いしばった、また頬を張られた。

「口あけろ、あま、ガキをばらすぞ」
舌が侵入してきて口の中を探り出す。

山岡に下着を脱がされ、お尻が丸出しになる、後ろから乱暴に指を入れられる。 痛みを覚悟したがぬるっとはいった。

何かを入れられた、おかしい、かゆい、熱い、自然に愛液が溢れ出す。

中を掻いて欲しい、男が欲しい、そうおもったら、脚を広げられた、亀頭を押し当てられた感触に、腰を煽った。 ペニスが入って来た瞬間、快感に狂った。

「あっあああああああっ」

自分の絶叫を遠い所で聞いた、知らずに腰をふっていた。 口に当てられた勃起を自らしゃぶっていた。 カリを嘗め回し、奉仕する事を喜びに感じた。

山岡に突き上げられ、石岡のファロスを咥えている。口の中に張り切った亀頭のすべすべ感を楽しんでいる。

愛情も感じていない男に突かれてよがっている。大嫌いな醜い男のものを口にして、背徳に打ち震える。

交わること以外何も考えられず、暗い快感に蹂躙され悦んだ。他に何もわからない、交接だけしかない、聡のことも忘れていた。

山岡が離れ、仰向けにされて、石岡がのしかかってきた、脚をM字にされて貫かれる。
「あっんっ」

石岡の恥骨を恥骨に感じると、うれしくて声が出た。
「ほぉら、綺麗な顔して、すきものじゃないか」

山岡が息を弾ませながら、突き上げてくる。
「あっああああ」

感じて開けた口へ山岡が亀頭を入れてきた、根元を手で扱きながら、亀頭を嘗め回す。 よがり声は私の喉の奥でくぐもっている。

背筋から冷たい汗が出て、心臓がばくばくした、このまま死んでも構わないと思うほどの快感。
「っつ、逝くぞ」

石岡が腰を打ち付けてきた、腰の前後が早くなり、ファロスがびくりと律動する。

中へ放たれた、同時に山岡のファロスが口から抜けた、迸るものがぴっぴっと顔に飛んでくる。 生暖かく、生臭い男のもの。

「バイアグラは、利くなぁ」
石岡がうれしそうに言う、精を放っても、萎えないファロス。
私は四つんばいにされ、後ろから貫かれた。

「あっんっんっんっ」
山岡の足の間に屹立しているファロスを、咥える。 先ほどの精が口にジンジンと苦い、それを舐め上げ、嘗め回す。

突き上げられながら、乳首を捏ねられ、大きな快感のうねりの中に放り出される。

どのくらい、責められていたのか判らない、数え切れないほど逝かされ、息をするのが苦しくなり、私は気を失った。


膣と口で交互になんども射精させ、ぐったりしていたら、尻にワセリンを塗られて徐々に広げられていた。

後ろは誰にも許していないのに、抵抗する気力も無い。尻にもなにか入れられ、指が直腸を這い回る。

すうっとするものを塗られた、熱くなる。

横向きにされて後ろの山岡が肛門にいれ、石岡が膣にいれて律動する。二人の男に挟まれ、また責められる。

後ろから乳房を揉みしだかれ、乳首を転がされ、前から首筋を嘗め回される。

薄い壁を隔て、後ろと前で交互に勃起が律動する。

膣から、肛門からなにかがあがってくる、大量に汗がでる。

色がおかしい。世界の色彩が変わった、身体がぐるぐるとまわっている、天井が迫ってきたり遠ざかったり、物凄い勢いで放りあげられ、すっと落とされる、落とされて首がのけぞる。がくがくと震えながら何度も逝かされ気を失った。私は死んだと思った。


「ほらぁ、でろ」
暫くして放りだされた、たたずんでいる聡の足元に私の服とバッグがちらかっている。

閉じていくアルファードの自動ドアの隙間からベージュの内装が夕日でワインレッドに染まるのが見えた。 湖面を渡る風が優しくて、車から漏れる生臭い匂いを際立たせた。

なんとか服をつけて、聡の手を引いて数キロをとぼとぼ歩く。 中に出されたものが出てきて下着とジーパンを濡らす、おぞましい。

民家でタクシーを呼んでもらった、そのまま家にたどり着くと気を失った。

Hチャットに居る頃、ハルがレイプは殺人と同じだとよく言っていた、実際自分の身に起きてみてよく判った。

かかりつけの婦人科に見てもらい、アフターピルを処方してもらった。

妊娠の心配は無く、怪我もしなかったけれど、不整出血が止まらない、それに薬で暗い快楽に溺れさせられたことで精神を蹂躙されたことがショックだった。

精神は嫌がっているのに、身体が求めてしまう、やがて精神も汚い男を求めるようになるのが怖い。 私は寝込んだ、ほぼ1ヶ月何もする気にならず、生活は親に全て依存した。

なんでスピリチュアルに清新に生きようとしているのに、こんなに穢されなくてはならないのか、その思いが浮かぶたびに枕が涙で濡れる。

いっそ肉体を抜けてしまえば、こんな煩わしいことは無いのか、でもあの暗い快感が私をつかんで離さない、また目の前に置かれたら飛びついてしまう、精神が肉体に負けてしまう、悪魔の快感が怖い。

痩せられて綺麗になって男に身体を与えるとき、賞賛がうれしかった、粘膜同士の刺激でそれなりの快感があった、でも本当に良かったのは、心から好きだった中井の彼とハル。

ふたりとも私のほうから愛した男で、同じように優しかった。

うつくしきことを尽くされるより、尽くす方が歓びなのか?


酸いも甘いもかみ分けたハルはM気の有る私の性癖さえ理解し、SMは嫌いだと言いながら、それでも優しく私を第一に可愛がってくれていた。

別れ話のときもレイプが出来なくて、情けない顔をしていた。

なんでハルはもう少し頑張っていっしょに暮らせるようにしてくれなかったのだろう、愛しくて憎らしかった。


中井の彼とハルのことを考えて泣き暮らしていた、ハルは良い奴だったと思いこんでいたら、とんでもない事が起きた。

「美言」という小説が懸賞を取り、更にドラマ化されるという、作者は、ハルだ、私への復讐に暴露小説を書いて発表した。

全くなんて奴なんだ。頭に来た、腹の底が煮えくり返った。

携帯電話をかけた、まだハルの番号は消していなかった。出ない。留守番電話サービスに繋がった、切った。5分後に携帯が鳴った。

「おーい、もしもーし」
ハルだ。

「もしもし、ハル、あんたねぇ」
「おっと、おまえがあんたって言うときは怒ってるな」

「怒ってるわよ」
「そっかそっか」

「そっかじゃないでしょう」
「文句、聞いてやるから来るか?」

「何処へよ」
「おれんち、あぁ、実家だよ、家の前に車置けるからフィットで来ても良いぞ」

両親が止めるのも聞かず、フィットに飛び乗った、高速を飛ばして、首都高C2へ出て扇大橋から王子へ出る、5号の合流で3車線またいで高松を降りる。

首都高の地下を通るラインは出口が遠回りになるから、あとは環状6号山手通をまっすぐ、途中、放射13号を越すと懐かしい中井を右に見て2回アップダウンを繰り返して中野坂上。

カーナビとハルの教え方でなんなく都内を走れた。どんなもんだいと思った。

細いけれど、奥行きのあるハルの実家のアプローチ、建物は変わったけれど、ここはあの時のままだ、白の古いベンツもあの日のまま、ハルの父の車。

メルセデスと鼻を突き合わせるようにフィットを停めた。
「来たな」

建物の3階の窓が開いてハルが顔を出した。
「玄関のロックは開いてるから、入って来いよ、左手のドアをあけると階段になっている」

私が通った会社だったへーベルの建物。 それを潰してハルの父がアパートにした。建物の3階全体に落ち着いたワイン色、ハルの父の家になっているはずだ、3階のフロアは50坪ほどか。

狭い階段を3回折り返したら3階に着いた。

明るいダイニング、左側に小アガリになっている和室らしきもの、今はふすまが閉められている。

ハルはにこにこ笑っている、服装は、あの頃お気に入りだった、フォレストグリーンのネルシャツ、左の鎖骨下あたりに飛び立つ鴨の刺繍がはいっている、それにホワイトジーンズ。

「あいかわらず、ごじゃっぺだなぁ」
「なにがよ」

「車の停め方さ」
「何処が」

「ミラーを畳んでいない、こっちじゃみんな畳むさ」
皮肉に笑っている。

「それに、2.5mしかないのに、1.69mを真ん中とめるしさぁ」
「狭いのが悪い」

悔しかった。
「そりゃ悪かったな、親の代にやっと買ったもんでさ」

どこまで皮肉なんだ。
「なんてさ」

ハルが優しく笑う
「最初はそんな細かいことを言って、自分じゃ意識していないけれど人を傷つけていた」
「え?」

ハルの波動が変わった。
「それぞれがやり方が有る、おまえはあそこで生まれ育って運転を覚えたから、そういう止めかたをする、たしかに狭いここいらじゃおまえの停め方は迷惑だ。だけどさ」
また、にこりと笑う。

「それはそれで認めたら良いんだよな、あの停め方で、歩くほうは邪魔になるけれど、ちょいとそこだけ身体を横にして避ければ通れるのだし、偉そうに言うことでもない、どうしてもなら、悪いけれどまっすぐ止めてくれないかと要請したらよい」
こいつ、やけに神妙だ。

「どうしたの」
「自分の心を覗くようになったのさ」

「どういうこと」
「弱虫だったんだ、いや、今でも弱い、だから自分を示そうと人を足蹴にする、ふんづける、無意識に嫌がることを言い、優位に立とうとする」

「わかっているじゃない」
「前から判って居たんだよ」

「じゃあどうして直さなかったの」
そうしたら別れずに済んだのに。

「直したいと思っていた、でも心が弱いのさ、自分じゃすっぱだかの心だと思っていても、重いよろいを着た心なのさ、今もそうかもしれない」
 明るいダイニング、午前中の光が暖かくフローリングに反射している、コーヒーメーカーがごぼごぼと音を立てる度に香りがたつ。

「自分でどうしたら良いと思っているの?」
ちょっと優位に立った気分だ。

「わからない」
ハルは立ち上がり、白いマグにコーヒーを分けた

「お湯割りか?」
私を見る。

「うん」
頷いた、サーバーからマグにお湯を入れる。目の前にマグが置かれた、湯気がゆらゆら揺れる。

「ずっと答えを考えている、まだわからない、そして一生判らないで考え続けるのかもしれない」

私はだまってコーヒーを口にした、マグに着いたルージュを指先で拭う。
「何故、暴露小説を書いたの?」

目を上げるとハルは微笑んでいた。
「最初は復讐のつもりだった」
「やっぱり」

「うん、悔しくて悔しくて、なんでおまえといっしょに居られないのかってさ」
「自分がそういう風にしたんじゃない」

「今はそう思うよ、でもあの頃はそう思わなかった、書いているうちに、いろんな事が見えてきた、おまえの気持ちも手に取るように判った気がして、全てを自分の目の前に置いて見つめようと思った」
「すっごく迷惑なんだから」

「そうか、悪いな」
「悪いじゃ済まないでしょう、テレビなんかになったら、街を歩けないわよ」

これは本当に深刻だった、馬行市みたいな田舎で私の実家のような旧家には 打撃だ、母は寝込むかもしれない。

「それはおまえにも原因があるから仕方ないよな」
平手打ちしてやった、ハルは微笑んだままずれたメガネを直した。

「私はともかく、私の家族だって」
「子供たちの親になるって俺にも離婚を勧めて、仕入先が潰れて喘いでいる所を捨ててさぁ、自分たちだけのうのうと暮らせると思うのが間違いさ、頑張って生きていってくれ」

勝手なことを言うな、私を追い詰めて追い詰めて、どんなに苦しかったか、今度のびんたはブロックされた。

「どうして殴らせないのよ」
「さっきので付き合って10発目だ、キリがよいだろう」

「ハルはかかわり合う人をみんな不愉快にして不幸にするのよ」
美しきことをつくしたのに、幸せを壊された。

「そうかもしれないね」
寂しげに笑っている。

「出会った頃は、なんてピュアな奴なんだと思った、気高い所があって、それについて行こうと必死だった」
過大評価していた。

「そうなの?」
ふぅわり微笑む。

「ハルにふさわしくなろうと頑張った」
本当に頑張った。

「うん、頑張っていたな、動機は知らなかったけどさ」
「ハルはお酒を飲むと自堕落で、馬鹿でだらしなくて」

本当に酒癖が悪い。
「全部俺だ」

「人を見下して、馬鹿にして」
「その辺は自分じゃ意識していないんだよな」

「意識していない分悪い」
私は叫んで糾弾していた。

「今は意識しようと努めている、一生掛かるかもしれない、死ぬまで治らないかもしれない」
「死んじゃいなさい、そうしたら誰も傷つけずに済むから」

本当は自分にもそう言っている、ハルにだけじゃない、自分も死んでしまえば良いと。

「それも検討したんだけどなぁ」
カップに口をつけて遠くを見ている。

「どうして死ななかったの」
「まずは、子供が居たからさ」

「子供をだしにするんだ」
「そうかもね、そして、死にたくなかった」

「人を傷つけてでも生きて居たい?」
「人を傷つけるのは死ぬより辛いけれど、傷つけたと思い当たるたびに、心が血を流すけれど」
コーヒーを乾した。

「それも俺なんだよ、死にたくはない、魂である俺が生きたいと言っている」
「魂を感じるような心を持っていたの」

「あほだな、魂が俺自身さ、お金払ってまでスピリチュアルしたのに、何を習ったの?」
「また、人を馬鹿にして」

「そう、それ、みんな俺と付き合うとそういうんだよね、人を馬鹿にして」「馬鹿にするからよ」

「してないよ、あんまり当たり前のことを言うからだ、なんでこんなことが判らないのといつも思う」
「ハルの当たり前が、みんなの当たり前じゃないの、判らないことはそれぞれ違う、だから小説家という職業も成り立つのでしょう」

「そっか」
立ち上がり、コーヒーを汲んでくる、そっと腰を下ろす、挙動がおだやかになっている。

「止めてよ、テレビ放送」
「無理だ、止められない」

「どうしたらよいの、私」
「静観するしかないだろう、一応特定しにくいように内容も文章とは変えることになっているし」

「小説と読み比べたら一目瞭然じゃない」
「だから小説にはフィクションですってはっきり書いてある」

「それだって詮索されるよ」
「詮索されたって知らぬ存ぜぬで通せよ、得意だろう」
11発目をお見舞いしてやった。

「嫌な奴なんだろうな俺」
頬を腫らして笑っている。

「嫌な奴だよ、それでいて、どうしても気になる」
「あらま」

「気高くなろうと努力して、酷い目に会ったんだから」
「そうだろうな」

「見えてるの」
「レイプだろう」

「やっぱり見ていた?」
「ぼんやりだけどね」

「どうして助けに来ないの、ハルが石岡を蹴り回したりするからじゃない」
「おまえが下心を弄んで挑発するから悪い、それに、神様じゃないのだから、出来事を変えられないよ、出来事は本人が選ぶんだ」

「ばかっ」
「理不尽だなぁ、それにそれだって、おまえが原因で出来た結果だろう」

「私が悪いの?」
「第一はレイプした奴が悪いさ、だけど原因を思い当たらない?また貢がせたんだろう」

「だって、好意を寄せてくれたもの」
「男が好意を寄せてプレゼントする意味は知ってるくせに」

「たしかに、わかっていたよ、だけどあしらえると思ったし、あしらって来た」
「だから、相手のエナジーがどんどん増大して、とんでもない姦計を編み出したのさ、おそらく、それ用に車まで買ったんじゃないの、よほどご執心だったのね、それから、山岡とかいう奴が来たぜ」

「え?」
「石岡が歯を折られた分、仕返しに来たみたい」

「どうしたの?」
「撫でてあげた、動かなく為っちゃったから、お友達に頼んで処理してもらった」

「処理?」
「うん、本職の人に頼んだから、お金掛かったぜ」

「まさか?」
「あぁ、マーダーには為っていないよ、大丈夫、運搬をやってもらったの、だから、彼、石岡さんの会社は辞めたんじゃないのかなぁ、睾丸も潰しておいてあげた」

「頼んでいないじゃない」
「頼まれて無いよ、俺の気持ちさ、おまえが相変わらず馬鹿だから」

「どうせ馬鹿ですよ」
「うん、馬鹿で愛しい」
「私はどうしたらよかったの」

「俺はおまえじゃないからわからない」
「そんなの無責任だよ」

「そうだな、でも私に責任が有ると言わなければ何も始まらない」
「おなかがずっと痛いの、しくしくするの、お医者さんが取りましょうって」

「子宮か」
私は頷いた。

「俺には何も言えない、それが女にとってどんな意味なのかも想像しか出来ない、きんたま潰されて女を抱けなくなる気持ちはわかるけどな」
「そうだろうね」

「ひとつ言えるのは、また石岡から関係を迫られるだろうね、そのときどうするかさ」
そこまで思い至っていなかった。怖かった、あの暗い快感につかまれて、光に戻れなくなるのは真っ平だ、ここまで来られたのも、ハルが私を怒らせて引き寄せたからで、やっと立ち直る、とばくちに過ぎない。

「どうしたらよいの?」
ハルは私から状況を細かに聞き、分析した、そして、対策を授けてくれた。


話が終わって、暫く見詰め合った。
「ばか、私を抱け」

まっすぐ見つめた、私が立ち上がるとハルも立ち上がった。

フロアの向こうにある襖をあける、小アガリが六畳ほどの和室になっていた、畳のところに布団が敷いて有る、枕元に仏壇、位牌が2つ。

「おやじが車にやられてさ、みんなで分けるまで住んで良いって妹たちが言うから、仕事場に使っていたんだ、この家」
私は仏壇に手を合わせた、ハルは羽毛布団をまくっていた。仰向けに寝かされてキスをした、枕からハルのにおいがした。

優しく脱がされて、それだけで濡れた。

いつもの手順の愛撫、キスの間に身体をまさぐられる、左の乳房を右手でやさしく包まれ、たなごころで乳首を撫でられる。

さらに、じゅんっと潤った、乳房が重くなる。ハルの顔が胸に来た、右の乳首を唇に挟まれて先を舐められる。
「あっはぁっ」

「すべすべの肌で、色が白くて、乳首の色も綺麗で」
久しぶりに聞く、美しき言、更に濡れた脚をひらかされてハルが優しく入ってきた、大きかった。

これだと思った、かすかに痛いかったけれど、とても感じる。

ハルの腕が脇から入り、肩を抑えている。唇を合わせ、舌を絡めながら抱かれている。 あの頃みたいに、心が震える。

ハルが動く、突き上げられている。ハルが腰を使うたびに、くちゅりくちゅりと音がする。私の柔襞が蜜にまみれて、ハルに絡む音。よがり声は、キスに塞がれている。

腰骨辺りが痺れる、快感がマグマみたいに這い登ってくる。やがて頭の真ん中を突きぬけ、真っ白になった。

こじんまりとしているけれど綺麗なバスルームでシャワーを使い服をつけた。

「私の最後の男にしてあげる」
ハルの首に手を回しキスをした。私から最後の美しき言。

「持って行け」

ハルが分厚い封筒を手渡してきた、あの時と同じオレンジ色、中身は帯封が3つ。

「なに、これ」

「やられたことは10倍返しがモットーさ、こっちへ戻る前に1万5千円は振り込んだろう、残り30万の10倍、そこにバラで入っている30万は、君のおやっさんに借りっぱなしの、米代」
「んっ、わかった」

取材費という名目で、330万円の領収証が用意してあった、私が会社へおきっぱなしにしていた印をつき、サインをして渡した。

馬行市へ戻り、いきつけの病院で、大学病院の婦人科を紹介してもらった。

手術を受けることにして、支度をして入院し、私は女である臓器を身体からはずした、人として生きていく、そう思った。

退院して、カウンセリングを再開した。

中断していた分クライアントは減ったが、徐々に回復してきた、ハルの小説の影響でおかしな問い合わせもあったが、無視する強さも出来てきた。

ある日石岡から電話があった。
「先生、ごぶさたしております」
「おひさしぶりですね」
私は平静を装った。

「あれから、先生の素晴らしさが忘れられずにいます」
「それはどうも」

「どうですか、またドライブでも、なんなら今度は3人ほど男を呼びますが」「お断りします」

「訴えなかった所を見ると先生もまんざらでもなかったのでしょう」
「嫌悪感でいっぱいです」

「あんなに腰をつかったくせして」
「身体は自動的に反応します、私は、もうそんなことになりたくありません」

「忘れられなかったくせに、かっこうつけるなよ、くそあま」
「気持ち悪くて忘れられませんでした、忘れたいと思っています」

「思い出させてやるよ、あぁ良いってな」
「お断りします」

「これから行くからな」
「訴えます」

「よくって腰を使ったって訴えるのか」
「必要と有れば」

「世間に知られるぞ」
「仕方ないですね、あなたに触られるよりはましです」

「強姦は親告罪だ6ヶ月で訴えられなくなるさ」
「怪我をしました、診断書も取ってあります、輪姦は親告罪ではありません。意味はお判りですね」

「なっなんだよ」
「あのとき、すぐに医者へ行きましたから、私の身体からあなたたちの体液といっしょに麻薬の反応も出ました、カルテに書いてもらって有ります」

石岡は沈黙している、息遣いだけが荒く聞こえる。

「さらに傷害と麻薬取締法違反がつけば、かなりの量刑が見込まれます」
「わかったよ」

「もう2度と近寄らないで下さい」
「ふんっ」

電話が切れた、心臓がばくばくしていた。ハルが教えてくれた通りにできた。トラブルを自分で片付けた。毅然としていたと思う。ひとつ片付いた。


ずっと、褒め称えられたくて、美しき言が欲しくて、人にも美しき言を言ってきた。

たしかに、言葉は美しかったかもしれないけれど、美言必ずしも、真ならずだ。

裏打ちの無い美しき言は、愛の無いまぐわいと同じで、刹那の快感以外、なんの意味も無い。

せめて、カウンセリングのクライアントには、心が安らかになるような、心を込めた、美しき言をあげよう。

私は、子宮の無くなった、自分のお腹に手を当てて、そう思った。


うつくしきこと

終了

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