ばれ☆おど!⑰
第17話 奴隷の使命
アイリはニヤリと笑うと、中身が空になったポップコーンの袋をグシャリと丸めた。
それを無言でカン太に渡す。
すると、彼女はパンパンと手をはたきながら、ニッコリと微笑んだ。
「それでは、動物愛護部の諸君、よろしく。私たちは準備に入らせて貰います。サポート期待してますよ」
アイリがそう言うと、副部長の藤原が部室の扉を開ける。彼女が部室から出ると、彼は一礼してから退室した。
そこに残されたのは――
グシャグシャのポップコーンの空袋を握りしめたカン太。
不機嫌な表情で腕組みをする緑子。
不敵な微笑みを浮かべる源二。
いつもと変わらない可愛いシータ。
そして、何かの決意をしたかのような表情をするうるみ。
しばらくの間、誰も口を開こうとしない。
――ふだん意識しない小さな音がよく聞こえる。校庭の運動部の掛け声。合唱部の発声練習の声や管弦楽部のラッパの音。遠くで響く車のクラクション、電車が通過する音……。
その静寂を破ったのはうるみだった。
その声はまるで妖精が語りかけているのではないかと思えてしまう。
「私にとっては願ってもないことよ」
彼女の切れ長の青みがかった眼差しが幾分細められている。
それを聞いて、緑子が不審そうな顔をして、口を挟む。彼女の銀色のツインテールがきらめいている。
「どうして、わざわざ危険な目に遭わなくちゃいけないのよ? それなら、あなただけでやってくれない?」
源二が話し始める。
「緑子君。ユーの気持ちもわかるが、これは部として受けた依頼だ。だが、確かに今回は非常に危険な依頼だ。もし、嫌なら、抜けてもかまわない」
「カン太はどうなるの?」
「アカンは私が行くと言えば必ずついてくる。そうだよな?」
「ハハハ、そうですね」(まあ、脅されていますからね)
「ズルい! じゃあ、私もいっしょに行く」
「おお、そうか! 緑子君が来てくれれば助かる。どこかの誰かとちがってな。フフフ」
「部長! その『誰か』ってオレのことですよね」
「アカンよ。相変わらず被害妄想がひどいな」
「じゃあ、誰なんですか? 言ってみてくださいよ」
「ほほう。私に口答えするのかな? じゃあ、仕方ない。漆原君、緑子君、これを見たまえ」
そう言うと源二はスマホの画面に手を触れた。
「あ、あ、すべてオレが悪かったです! どうかお許し下さいっ!」
「ふむ。いいだろう。ではこれから作戦会議だ」
そう言うと、源二は新聞部から渡された地図を広げた。
「新聞部の情報だと、サテンドールの基地は房総半島沖の無人島にある。正確な位置情報はシータに記憶してもらった」
源二は説明を続ける。
「諸君。この島へのアプローチは困難だと思われるが、何か、案はないかな」
うるみが、それに答える。
「周りに何もない離島だと、近づけば簡単に敵に見つかります。アプローチは必ず夜間にするべきです」
「さすがは漆原君だ。その通りだ。問題は船のエンジン音だ」
うるみに対抗心を燃やしている緑子が即答する。
「簡単よ。遠くでエンジンを切って、そこからゴムボートに乗り換えて上陸するのよ」
「ふむ。そうだな。……それなら漕ぎ手が必要だが、誰が適当かな?」
源二はそう言うと、カン太に視線を移したまま黙った。
「……………………」
「……は、はい! もちろんオレですよね! (奴隷だから)頑張りますよ」
「そうか! やってくれるか! おそらく5キロは漕ぐことになる。頑張り給え」
「え?! ご、5キロも」
「何か問題でもあるのかな?」
「い、いいえ!」
カン太は思う。
(まあ、仕方ないか。オレは奴隷だしね。あちこちの)
そして源二はシータの方をみた。
「シータよ。他に何か気づいた点があれば、言ってみてくれ」
「はい、源二お兄さま。敵の情報が少なすぎます。情報収集をもっとすべきです」
「なるほど。そのとおりだな。"敵を知り己を知れば百戦危うからず"だ。確かに情報が少なすぎる」
「源二お兄さま。でも、現在我々の〝ランドサット(源二が発明した偵察用ドローン)〟では、敵の島までの距離だと、いったん船で近くまで寄ってから飛ばさないとバッテリーがもちません。費用面を考えると、二度手間は避けたいところです」
「確かにな。部費は少ない。その分、動物の保護に回したいところだ。新聞部の部長様はドケチでな。費用はすべてこちら持ちだ。うむ。困ったぞ」
「部長。それなら、私の私兵の下忍に頼んでみます」
そう言うと、うるみは宙に向かって、まるで独り言のように囁いた。
「コトリ。ちょっと、相談したいことがあるの」
すると、音もなく人影が部室を横断した。気づいた時には、うるみの後ろで片膝をついて、うるみの言葉を待つ、女の子の姿があった。
「コトリ。来てくれてありがとう」
「お嬢さまのお頼み。このコトリが聞かないわけがありません」
コトリ――漆原家の下忍。年齢は12才といったところだが、不明である。常にうるみの身辺を警護するところを見ると、かなり有能なクノイチと思われる。赤髪のショート。勾玉のようなデザインのイヤリングをしている。
「お前にお願いしたいことがあります」
「はい、何なりと」
うるみは地図のある一点を指し示す。
「この島に、サテンドールの基地と思われる施設があるはずです。お前には事前調査をおねがいしたいの」
「わかりました。すぐに参ります。私がいない間は妹のイロハがお嬢様をお守りします」
「ありがとう。頼んだわ」
コトリは音もなくその場から消えるように立ち去った。
◇ ◇ ◇
翌日の放課後、動物愛護部にはコトリが調査したデータが送られていた。
カン太以外の全員がPCの画面をのぞき込んでいる。
そこにカン太が駆け込んできた。
「ハア、ハア、ハア、ただいま到着しましたぁ」
「アカン! 重要な会議があると伝えていたはずだが」
「でも、これ以上は……」
「ほう、そうくるのか」
「あ、でも、オレが悪いですよね。えへへ」
カン太は思う。
(オレは奴隷。オレは奴隷。オレは部長の奴隷。あと、新聞部の奴隷)
「仕方ない奴だ。これが、調査データだ!」
そう言うと、源二はPCの画面を指さして、カン太に説明を始めた。
「すでに他のメンバーには必要はないが、改めて説明しよう。シータ頼む」
「はい、源二お兄様。この島の外周は5キロ。無人島です。10キロ圏内には海しかありません。この島の施設は大きな建物が一つとその近くにヨットハーバーとヘリポートがあります。他には何かの建設中と思われる工事中の敷地があります」
「さて、おさらいはここまでだ。シータよ、続けてくれ」
「はい。施設内には、動物実験用として転売される予定のペットだった動物達や、ワシントン条約で定められている保護動物が多数います。この施設は密売のための秘密基地であると推測されます」
カシャ……
すると、ノックもなく突然、部室の入り口の扉が開いた。
(つづく)