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バーテンダーが味覚を失って得たお話。

BenFiddich店主の鹿山です。


実はちょうど1年前。
2023年。
実は僕しばらく味覚を失ってました。


味覚を失うってバーテンダーにとって恐怖であって、記憶を辿ると2022年の12月頃かな?


カクテルを作ってて、最後に味見(確認)をするんだけど感じずらくて何度も再確認するようになってた。

この時はまだ一応味覚はあったし、
そもそも味覚を失う経験がなかったので気づかずそのままにしてた。

そこから数ヶ月後。

どんどん味がわからなくなってきて終いには完全に味覚が消失。

もう恐怖。

あっ、もしかしてバーテンダーとして自分は終わったのかな?って。

藁にもすがる気持ちで東京医大に行って検査をしてもらった。


血液検査などをして分かった結果は亜鉛不足。
57の数値だった。
正常値は80〜130の間なので極端に少ない。

CRP の数値が6.91
普通は0.3以下
つまり何かしら炎症を起こしてるよう。

東京医大の先生からは
原因としてまず分かる事は亜鉛不足。
だから継続的に亜鉛の薬を飲み続けるようにと。そうすれば人によっては3カ月後に効果が出てくる人もいるし、はたまた6カ月後なのか人によっては1年後。

先生にはそう言われて率直に想った事。 


元には戻るんだ。
安堵と希望の光と共に
嗚呼、そっかぁ‥。
でも数ヶ月は最低かかるんだなって。
希望と絶望が入り混じる感じ。


そう、御免なさい。
実は2023年初頭〜夏頃まで
味覚がほぼ無い状態でバーテンダーしてました。
実は勘でずっと作ってました。

当時は味覚を失った事を周りに言える訳がない。昔からの常連様ならいざ知らず初めてのお客様にとっては【味覚がないバーテンダー】のBARに行きたいとは思わないだろう。
治るまで実はけっこう絶望してました。


でもね、
人間何かを失うと
何かが進化するようで。

目が見えない人が聴覚、嗅覚の類の感覚が研ぎ澄まされるのと同じように
味覚がなくなると想像力が研ぎ澄まされた。

どういう事かというと

味覚がないと味見ができない。
味見ができないと確認ができない。
ならばもう想像の世界で味を作る。
過去の経験と記憶を手繰り寄せながら記憶と味覚の擦り合わせ。

作り方が変わったのだ。
一杯入魂ではなくなり
一投入魂。

つまりは例えると
ショートカクテルのホワイトレディ
ロングカクテルのジントニック
で説明したい。

まずはホワイトレディ。

ジン、コアントロー、レモンのカクテルだ


まず前提に一杯入魂ではなくなり
一投入魂になったのは味覚を消失したから。

一投入魂とは一つずつ毎度素材を入れながら想像をしてカクテルを作ると言う事。

ホワイトレディというカクテルは
ジン、コアントロー、レモンジュースの三つの材料で構成されている。味覚を失った僕でもそれぞれの味わいの記憶は保持している。

なのでシェーカーの中に各素材を注ぎ入れる時に想像しながら作る。

①まずレモンジュースから注ぐ。
(味覚を失ってるのでレモンの良し悪しは判断が残念ながら難しい。嗅覚、視覚、触覚は生きてるので香りと状態と記憶で判断をする)
この時に僕の過去体験のレモンジュースの味わいや香りを想像しながらシェーカーに注ぎ入れる。

②次にコアントローを注ぐ。
ホワイトレディにおいてコアントローはとても大事な役割を果たす。甘味の膨らみとオレンジの華やかさだ。
これをシェーカーに注いだ時にレモンジュースとコアントローが交わる味わいを想像する。
大人の『蜂蜜オレンジレモン』なんかを想像する。もう美味しそうじゃないか。

③最後にジンを注ぎ入れる。
この蜂蜜オレンジレモンにジンがゆっくり注がれる。
10ml......20ml........30ml....33, 34,35ml...
ゆっくりとジンが注がれる。
コアントローとレモンが交わった『蜂蜜オレンジレモン』にジュニパーベリーがゆっくり入り込んでいくのを想像する。

ジン10mlの段階..... ジュニパーエッセンスを垂らした蜂蜜オレンジレモンのシロップ漬けを想像

ジン20mlの段階......蜂蜜オレンジレモンとジュニパーが同等に対峙した瞬間。甘いもの好きには堪らない。シェイクしないでビルドでオンザロック。

ジン30mlの段階...... ようやく僕が20代の頃に同世代のバーテンダー達と練習したホワイトレディが記憶と結着する。ノスタルジーを想像。

ジン33,34,35...... の段階
[1]使うブランドのジンで変わる
[2]氷の表面温度帯で変わる(シェイクにおける加水量)
[3]常温、冷蔵、冷凍のジンによって変わる。
(これもシェイク時における加水量でどれくらい水と融合させるか)

そう、
これを脳内で想像しながら注ぎ入れる。


味覚があった時は忙しい時なんかは最終チェックで味見をすれば後で継ぎ足して調整ができた。

でも味覚を失うと味見ができない。

つまりは一杯入魂は大前提なんだけど
【一投入魂】全ての一投一投を想像しながら過去の経験を擦り合わせながら作ってゆく。
大神経を注ぐのだ。

味覚を失った2023年。
味覚が戻った2024年。

この経験が僕を大きく変えた。
最終チェックの味見の後の継ぎ足しで注ぐ事象が少なくなった。(味修正)

Barに良く行く方なら見たことある風景だと思うのですがバーテンダーがカクテルを作る際に味見をしてる風景があると思います。
それは最終確認だからとても大事な行為。
味見をした上でちょっと納得がいかなくて1回継ぎ足すのは良くあることだけど
稀に一つのカクテルで2度、3度何度も調整する風景がある。
あの行為が鹿山はなくなった。

つまりは一投一投、想像イメージしながら責任を持って注げれるようになった。
だから味見して調整する回数が減った。


次に味覚がない時のジントニックの作り方というか心持ちの解説。

今回はジン、ライム、トニック、ソーダ

ホワイトレディと同様で想像をしながら作る。

まずジンを注ぐ。

①ジンの状態(常温or冷蔵or 冷凍)
氷の表面温度帯(−20° 〜−10° or〜 o°)

それによってジンが氷に注がれた時の反応を想像。

ライムを絞る。


ライムの味覚はなくとも過去の経験則でライムの果実の膨らみ、外皮の状態で想像。
絞った時にジンと交わる感覚を想像。

ステア。

ステアしてジンとライムと果肉が混じり合った味わいを想像。

トニックウォーターを注ぐ。

20ml注いだ段階..... いまこの味になってる
40ml注いだ段階..... いまこの味になってる
50ml注いだ段階..... いまこの味になってる
60ml注いだ段階...... いまこの味になってる

と想像しながら注ぐ。
【20ml注いだ段階】のジントニックはさながら
ジン.オールド.ファッションカクテルのような膨らみだ。これはこれで良き。

最後にソーダを少しだけ。

トニックウォーターより糖分が無い分炭酸の分子がより強固なので炭酸の皮膜を作る。



2023年に味覚を消失した時は絶望してた。
バーテンダーを今後続けれるのかと。

でも結果として味覚を失って得られた事がたくさんできた。

経験という記憶を手繰り寄せる毎日の営業。

以前より想像するようになった。
目が見えない人が聴覚、嗅覚の類の感覚が研ぎ澄まされるのと同じように
味覚がなくなると想像力が研ぎ澄まされた。

以前は忙しいと最終調整で味見をしてれば良かったから着地点までは脳みそをoffにして消費カロリーを抑えていた。それも無意識に。

一杯入魂ではない一投入魂
一日の営業の中で全てこなすのは最初はなかなかの消費カロリーであったが慣れてくると身体が馴染んでくる。
スーパーサイヤ人がサイヤ人に戻らずスーパーサイヤ人のまま普段の生活で維持ができてくるように。

今回は味覚を失ったけど
失ったら失ったで別のものが研ぎ澄まされた貴重な体験のお話しでした。

東京医科大学の皆様ありがとうございました。
味覚が消失した時に味覚認知療法など様々なアドバイスをくれ励ましてもらえました。



BenFiddich店主 鹿山博康

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