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好きだった人を遠目で見かけた。私はそっと目を逸らして席を立った。あの人でなくてはならない理由を論理的に説明せよ。そう思ったら全身の細胞が黙った。でも私は、あの人で自分の気持ちを消費することをもうやめたんだよ。
八百屋で野菜を買ってくるね。彼の額と髪に触れて私は言う。眠りの中で朧げに彼は返事をする。サンダルをはいて外に出ると日差しが眩しい。小松菜、キャベツ、ミニトマト…サクランボは好きかなと思って、彼のことを何も知らないと気づく。袋を下げてぶらぶらと歩く。戻ったら林檎を剥こうと思う。
彼のシンと静まり返った気配が好きだった。そこには誰も届かなかった。一つも面白いことをいわず、いつも自然のままで、楽しい?と聞くと普通、と答えた。そして普通が一番だといった。私と全く同じ体温を持ち、全く違う心の形をした人。もう二度と会うことのない人。
もうそんなことはいい、終わったことはいい、私は楽しかった。夢のようだった。夏の明け方、あなたは私の魂をさらりと掬い上げた。あなたは私と同じ色を持ち、でも同じ形ではなかった。私が紀元後ならばあなたは紀元前だ。その違いが私たちを遠く隔てても、あなたは確かに私の片割れだと、そう思う。
もう貴方は見つけて下さったのでしょう?夜に紛れた私を紛うことなく摘み取れるほどに
永遠の夕闇を風が撫でていく、リプレイ
どこからも足跡を辿れぬよう姿を消した。私は初めからあなたの前にはいなかった。突風が吹くと十マス戻る。記憶は終わりかけの薔薇の残像とすり替わる。
我々は終われたのだろうか。木蓮の樹に尋ねても答えはない。西の風が吹き、花びらが微かに揺れる。