「ビリーブ・ハウス」 クラウドファンディングをします。
僕の幼少期
ビリーブ・ハウスを運営する株式会社アヴァンギャルドの代表のとらです🐯
僕は、株式会社アヴァンギャルドという会社をたて、沖縄県那覇市松山にある夜間保育園を事業譲渡にて買収しました。
そして認可外保育施設「ビリーブ・ハウス」を開園します。
僕は、1998年に福岡県に生まれました。
小中高大と野球少年だったので一生懸命甲子園を目指しました。甲子園には残念ながら行けず、大学受験をして福岡の私立大学に入学しました。
大学の受験方法が推薦入試だったので、高校3年生の時に本や新聞を沢山読むようになりました。とある経営者の方の本に出会い「甲子園という夢から、経営者になるという夢に変えよう。」と決断しました。
そこから、大学に入ってからインターンシップに行ったり、イベントを企画したり、自分で個人事業主として活動したり学外で色々活動しました。
そして、大学3年生の時に大学を中退することにしました。
大学の授業を自分の夢へ繋げることができなくなり「単位を取るためだけ」に大学に行く状態になっていました。休学を試みたり、学生課に相談したりしましたが、やはり折り合いをつけられず。ある教科のテスト勉強をしているときに「自分の人生を歩めていない」という気持ちになり中退を決意しました。
その時の収入はおそらく月5万円程度。それでも「なんとかなるっしょ!」と根拠のない自信だけで食い繋いだのを覚えています。
そんな、決断をした自分がなぜ「中退したのか?マイノリティである行動をしたのか?なぜ、それを決断する自信があるのか?」ずっと考えていました。
すると「モンテッソーリこどもの家」という映画が公開されているのを知ります。
僕は、福岡市早良区のエミール保育園というモンテッソーリ教育を行う保育園で幼少期を過ごしました。その映画では、モンテッソーリ教育の環境について、それがどう影響するのかについてをドキュメンタリー形式で撮影されていました。
それを見た時に「この教育のおかげで、根拠のない自信があるのだ」と気づきました。
そして、今になって知ったことがあります。
僕の母親は、エミール保育園の教育が良さそうだという情報を元に保育園の前に住むことを決意したそうです。
先日、エミール保育園に足を運びました。
理事長先生にこの挑戦を話しました。とても親身に話を聞いてくださりアドバイスをいただきました。卒園して20年以上経った僕を覚えててくださり、対等なコミュニケーションで優しくお話をしてくださいました。
また、当時の保育士の先生たちにも20年ぶりに会ったのですが「まー君は、言いたいこと言えなくてお母さんが連絡帳に書いてきてたもんね。」と当時の行動や性格も覚えていました。
僕の今を作ってくれているのは、愛情だと確信しました。
血のつながっている、両親や祖父母、血のつながっていない保育園の先生たちこんな素敵な人たちに愛情を注いでもらっていたのだと本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。
保育園をやる理由
保育園は、厚生労働省の管轄です。母親をはじめとして両親が働けるように子どもを預かる場所です。
なので、教育を取り入れる具合も保育施設によりけりです。
しかし、子どもはどこの保育園に行くか、幼稚園に行くかを選べません。
僕は、自分の原体験から幼少期には発達段階に応じて教育が必要だと思っています。
なので、僕は教育と携わる人たちからの愛情を受け取れる保育園を作りたいという夢を約3年前から持っていました。
買収した保育園との出会い
保育園を1から立ち上げるとお金がかなり必要です。待機児童がいるとはいえ市町村ごとの保育園の充足率も上がっているので、認可や企業主導型の保育園をゼロから作るのもかなり厳しいです。
そのため、M&Aで買収できる保育園を探していました。M&Aのサイトに登録して2年間くらいゆるく新着の案件を見てました。
すると、2023年の11月に「沖縄 保育園 50万円」という案件がメールに届きました。
すぐに連絡をしました。「一度見にきてもらうのがいいでしょう」とのことだったので飛行機を取り見に行きました。初めて行ったときの感想は「僕しか買わなそう。だから買うことにしよう。」です。
とりあえず、細かいことはわからないので買うことだけ決めて、その意思だけ伝えて帰ってきました。
那覇市松山
昼間の保育園を全国で探してたのですが、幸か不幸か「松山の夜間保育園」を買収することになりました。当初は多くの人が思い描くであろう沖縄のイメージで「綺麗な海と陽気な人たちが暮らす沖縄で保育園ができる!」とふわふわした気持ちでいました。
それから、沖縄で保育園を開園するために出会う人たちに話しました。すると、多くの人は「松山!?すごい場所で保育園するんだね!」という反応でした。福岡出身の僕からすると中洲で保育園をする。くらいのイメージでした。
それから松山に関わる人の話を聞いたり、「遠いところ」という映画を見たり、「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」という樋口耕太郎さんの著書を読んだりする中で、だんだんと沖縄そして松山の抱える問題がわかってきました。
僕の得た情報から、要約して述べるので語弊がある捉え方になるかもしれませんが
沖縄は、平均所得が全国ワースト1位、母子世帯の割合が全国1位です。そんな沖縄で、まさにシングルマザーの方々が稼げる夜のお仕事を求めて松山に出てくるわけです。
だんだんと、使命感が芽生えてきました。
「この貧困のサイクルを止める大きな鍵は教育だ」と。しかも「根拠のない自信を育む、愛の教育だ」と。
保育園の理念や保育方針については、こちらのnoteをご覧ください
仲間について
何か、物事を進めると不思議なもので仲間がどんどん集まりました。
まず、丸腰の僕が事業譲渡を行うにあたって必要な情報提供と分析をしてくれたのは、矢野裕樹さんでした。株式会社アヴァンギャルドの出資者でもあります。認可外保育園という儲かりにくい事業をフラットに分析してくれて、僕のビジョンを汲み取って「やる価値がある。」と判断してサポートを続けてくださいました。
そして、福岡のスーパー保育士の吉武由依さん、荒木かおりさん、モンテッソーリ教育という共通点と、一つの教育カリキュラムにとどまらずビジョンを理解してくれて保育内容に落とし込んでくれると感じて声をかけた由依さんが「かおりんも協力してくれるかも!」と声をかけてくれました。保育現場で実践のない僕にとって、理想を実践に落とし込んでくれるプロフェッショナルです。ビリーブ・ハウスの肝です。
園長の比嘉まりもさんは、飲みの席で出会いました。グローバル・シェイパーズ・コミュニティ(通称GSC)といいうコミュニティに参加僕もまりもさんも参加しています。それぞれ、福岡ハブ、沖縄ハブで活動しており「沖縄ハブからまりもさんという方が来るので飲み会に行きませんか?」とお誘いがありました。そこでまりもさんと話すと「私の旦那さんは松山出身で、2年前の保育園での死亡事故があったので松山で保育園がしたかったんです。子ども2人いてそれがきっかけでモンテッソーリを勉強してるのでそのエッセンスを入れて保育園がしたかったんです。」と。お互いにビックリしました。沖縄の松山で保育園を買った人と、園長をしたかった人が出会った瞬間です。
仲間に加わってくれる男性保育士の今野亮さんは、児童養護施設や放課後デイで長年勤められています。沖縄の家庭の課題を間近で見てきて、さまざまな障がいやバックグラウンドを持った子どもたちと接してきたプロフェッショナルです。
他にも、沢山の方々にサポートいただいています。
園長メッセージ
代表メッセージ
教育は、人々が幸せになるために多くのリソースをさくべきものだと思っています。しかし、ビジネス的な観点から見ると急成長するビジネスを描くのは難しいため出資などでリソースが投入されてもすぐにリターンがわかりやすく返ってくるものは少ないように思います。
それでも、教育の重要性はみなさんが理解していると思います。両親の愛、いい先生、恩師との出会い、がみなさんの人生をより良い方向に導いてきたのではないでしょうか。
僕は、教育で松山から世界中の幼少教育を変えていきます。幼少教育は、本来お金をかけなくてもどんな国と地域でも実現できると思っています。より人間の原点からスタートするような場所と時間が、子どもたちにとっては必要だと思います。
しかし、日本の資本主義の中で成り立たせてこそ再現性が上がり、世の中を変える布石になります。
ビリーブ・ハウスのミッション「根拠ない自信」を育むということは、自尊心を育むということです。自分を愛すること、信頼すること。これは、愛を受けた人でないと感じることができません。
私たちは、どこまでも子どもたちとその家族、そして自分に対して、愛に溢れた保育園であり続けます。
合理的な世界で、非合理的で人間味に溢れた愛の教育を成り立たせます。どうか、我らのアヴァンギャルドな小舟に前進力を与えてください。
資金の使い道について
・事業譲渡にあたり約140万円(支払い済み)
・賃貸契約で約40万円(想定)
・クリエイティブ周りのデザイン費用で約30万円
・内装費用で約800万円
・知育玩具などの教育に必要な備品で約30万円
すでに支払っているものも、これから見積もりのものもありますがざっと1000万円前後の資金をクラウドファンディングや融資、場合によっては出資によって調達予定です。
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