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【連載小説】Ep16:この街一番のツリーの下で

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/        Ep15


(読了目安3分/約2,000字)

Mon, December 23, 11:00 p.m.  
Side Shunsuke Teshima


 荒い息づかいがひどく大きく響く。息を整えたくても上手くいかない。だが立ち止まるわけにもいかない。

 この時間だ。住宅街は家から漏れる光も少なくなり、周囲は街灯だけ。暗い道の向こうから誰かに見られている気がして、すぐに角を曲がると一度立ち止まった。

 黒いボストンバッグを変形するほど抱きしめて何とか深呼吸をする。人通りの多い街中を歩くのも怖く、家に帰るのも誰かにつけられていたらと思うと怖くて帰れない。あと三日だ。あと三日で自宅謹慎が終わるっていうのに、なんてことをしてしまったのだろう。

 よく犯罪者がいう「出来心」というやつがこれだ。体調も回復し、散歩がてらあのインスタグラマーの祖父母の家の近くを通ってみたのだ。あらためて見ても、やはり描かれていた通りの家だ。

 ぼんやりと眺めていたら、突然玄関が開いた。俺は慌てて塀に身を隠したが、お祖母さんは気付いた様子は無い。二度、玄関を出たり入ったりと繰り返すとそのまま鞄を片手に出て行った。早足で振り返ることもなく進む背を見送り、俺はそっと玄関に近づく。鍵はかかっていなかった。

 玄関扉に手をかけ、逡巡する。あの小説の中では、お祖父さんは月曜と木曜にデイサービスに出かけ夕方まで帰ってこない。その通りなら現在留守だ。

 お祖母さんは恐らく買い物か何かだ。一度目はサンダルを履いており、二度目は靴に履き直して出てきて、三度目には傘を持ってそのまま外出した。すぐに帰って来る様子ではない。

 そっと玄関の引き戸を開けると、先ほどのサンダルが見えた。傘立てにはもういくつか刺さっている。靴収納の上には旅先の土産か、鮭を加えた木彫りの熊と陶器の人形、大きな石と花瓶、何が書いてあるかわからない色紙がある。

 純然たる好奇心だ。描かれていた小説の中の描写との答え合わせ。そしてあの噂との答え合わせ。少しだけ覗いて分かっても分からなくても、すぐに帰る。

 心の中で宣言をすると、隅に靴を脱いで上がった。

 部屋はこぎれいにされていた。中央に置かれたこたつの上にはテレビやエアコンのリモコンが整頓されている。俺は部屋の中をゆっくりと見回す。壁際に配置された収納には、文具や新聞、眼鏡、固定電話に電話帳、メモ帳、どこかの郷土品。随分と褪せているがトロフィーがいくつか並んでいる。

 どこにも触れないように隣の部屋を見ると、介護用のベッドがある。お祖父さん用だろう。台所、水回り、トイレ。描かれていた通りの配置だ。そして確かここが娘の部屋。動きにくくなった襖を慎重に開ける。両壁に箪笥が置かれていて、こじんまりとした部屋が一層狭く感じる。

 部屋の片隅に、明らかに異質な空間があった。間違いない。インスタグラマー星野真凛のグッズだ。年季の入ったちゃぶ台の上に、所狭しとピンク色のグッズが置かれている。下には黒いボストンバッグがあった。

 思わず呼吸が浅くなる。冬なのに妙に汗が噴き出している。それでも好奇心は止められなかった。部屋に入り、ちゃぶ台の下から引き出すと、そっとファスナーを開ける。

 中には、厚みのある茶封筒がいくつも入っていた。封をしていない封筒を持ち上げ、中を覗く。薄暗い中でもわかった。一万円札だ。封筒によって厚みは違う。一センチは無いだろう。だが二十袋以上ある。三十か、四十か。

「さあ、ウワサじゃ月百万とか二百万とか」

 居酒屋で聴いた声が脳裏に生々しく蘇る。金額には尾ひれがついている。だが、毎月渡しているのは事実、かもしれない。だがひと月にこの金額を渡しているなら明らかに税がかかるはずだ。いや、祖父母に預かってもらっているだけなのか。グレーか、ブラックか。いずれにせよシロならこんな管理方法は取らないのではないだろうか。もしもこのお金が無くなったとして、老人や真凛が訴え出るのだろうか。

 遠くで鳴るサイレンの音に、我に返る。俺は反射的に手に持っていた封筒をバッグへ入れファスナーを閉めると、ボストンバッグを抱えて家を出た。

 外へ出て街中を歩くと、通りの人々がみな俺を見ていた。不審そうな顔。非難するような顔。距離を置いて観察する人々。その視線から逃げるように小走りになる。だが目立ってはいけない。息を整え、何事も無かったかのように自然体を振舞う。そこからどこをどう歩いたかはよくわからない。

 どうしたらいいのかがわからないのだ。口座に入れるわけにもいかないし、持ち運ぶにはリスクが高すぎる。かといって家に持ち帰るのも誰かにつけられていたらと思うとできない。いっそ戻そうかと思ったが、あっという間に日が暮れ、人々は次第に寝静まる。

 考えがまとまらないまま、俺は夜の街を走り続ける。


Ep17        \






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