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【雑記/紹介/応援】繊細に描かれる現代女性の生き方。大阪城は五センチ #創作大賞感想

 こちらの件、ひっそりと呟いたところ

あやしもさんが隙間を開けてくれました。

そんな無理やり開けると、危ないんじゃないかとソワソワしてたら

コッシ―さんが何処かの言語で(多分)背中を押してくださったので

うっすら開いた五センチの隙間でちょびっと語ります。
ガンガンネタバレするので、未見の方は先に読んできてください。
あとガンガン引用します。ヱリさん、すみません。


 私がヱリさんをキチンと認識したのは例の河童ぶち込み事件でした。

 この後すぐに文フリ会場でお会いして、「ああ、この方があの河童の飼い主……」と強く認識し、その後投稿された三行の小話を拝読。

 なるほど、マジックリアリズムをお書きになる方なんだな、という認識でした。

 マジックリアリズムは、非日常な出来事がさも日常的なことのように描かれる不思議な世界。ヱリさんので言えば、鼻がスポッと抜けたり、サドルの上をチョロQが芝刈りしてくれるのが当然として受け入れられるような世界。

 一番有名なのはガルシア=マルケス『百年の孤独』ですが、あんなん読めないのでオススメはこちら。短編集でして、個人的には「この世でいちばん美しい水死人」が好きです。ヱリさんの作品が好きな方はおそらくみんな好きです。


 という頭で本作を読んだら、全然違った。というか半分くらい違った。

女性向け風俗を月に一度利用している由鶴は、いつも指名する男性キャスト・宇治に淡く恋心を抱いていた。四十歳を目前にして、恋人もおらず仕事も今ひとつ冴えない自分を支えているのは一千万円の貯金だけだと考えている中、両親と兄家族が住むための二世帯住宅へと生家がリフォームされ、心の拠り所にしていた貯金で自身の家を購入するよう家族から促されてしまう。形だけは物件を探し始めた由鶴だったが現実感は伴わず、仕事先で偶然宇治に会ってしまったことをきっかけに、彼がセラピストを春で辞める予定でいることも告げられてしまった。恋。お金。家。その全てから人生の選択を迫られた由鶴が「再生」のために選んだ道とは。

あらすじ

 やはり注目いただきたいのは、現代を生きる女性の葛藤しながらも生きる姿である。

 主人公の由鶴は、あらすじの通りで四十歳で独身・恋人無し・仕事イマイチ・貯金だけが支えの女性。だが家族からはその貯金を使って家を購入するようすすめられる。

この貯金が形あるものに変換されてしまったら、例えそれが資産であったとしても、いしずえを失くした気持ちになりかねない。貯め込んだものは貯め込んだまま、頼もしい七桁の数字の姿として、側にありつづけて欲しいのだ。

大阪城は五センチ《2》

 実家は二世帯リフォームをされ、自分が住んでいた頃の家とは様相が異なり自分の生家という感覚はない。結婚もしていないので子どもも夫も(彼氏も)いない。かといってキャリアウーマンというわけでもない。ただ少しずつ切り詰めて貯めた七桁の数字だけが、自らをまっとうな人間として支えてくれているのだ。(なんて身につまされる話 笑)
 この由鶴が親の言うなりに家を購入していたら、心の支えを失い身を持ち崩していたことは明白である。


 一方同僚の多部ちゃんは、二十九歳でマンションを購入する。彼女は経済的に不安定な環境で育ち、十六歳で家を買う計画を立てた。家賃補助を重視して就職すると倹約して頭金をため、住宅ローンの勉強をして、その時を待っていた。
 多部ちゃんにとって、家を買うことは人生の中心でありスタート地点なのだ。たとえ十年付き合っている彼氏がいようと、自らの名義で持つことにこだわり、そのために多くの時間と労力を割いてきた。
 この後、彼氏と別れることになるのだが、それを受け入れられるのは彼女がこの人生の基盤を手に入れたからだ。

「紙以外のものに描ける人はいてると思います。でもそれは特別な人やと思います。わたしみたいな普通の人間が、紙も渡されんとただ『自由に描け』言われても、鉛筆の使い道が無いんです。それに、そういうこと平気で言ってくる人ってだいたい、生まれたときから紙を持ってるんですよ。わたしの『描かけへん』と、紙を持ってる人の『描かけへん』は、言葉は同じでも意味が違うんです」
 <中略>
「書くもんは持ってんねんから、わたしやって描えがきたいんです。子どもの頃から紙がほしくて、ほしくて、ずっと走ってきて、ようやっと立ち止まれました。鉛筆の先が紙の上にさわってるのが分かるんです。家買うのこわかったけど、生まれて初めて、いまホッとしてます。自分が何を描きたいんか、ようやっと、考え始められるんです」

大阪城は五センチ《3》

 家を購入することで人生をスタートさせようとしている同僚に影響され、由鶴は物件検索し、賃貸の内見をする。購入ではなく、賃貸である。内見に同行した不動産屋の女は賃貸のメリットを伝え、物件の魅力を語る。

「指輪きれいですね」
何でもいいので話題を変えようと話しかけると「……ありがとうございます。子どもはいないんですけどね」取り繕うような物言いで返され、会話が良くない方向にむかいそうな気配がしたので大人しく黙りこんだけれど遅かった。
「うちは子どもはつくらへんって決めてて。こうやって仕事も続けてますし、夫婦で完全に財布別ですし。だから子どもさんがいらっしゃる既婚の方より、八木さんみたいな方のほうが、わたしは感覚近くて話しやすいです」
口を閉じたあとも、余韻よいんで首が揺れていた。野生動物をしずめているような女の顔つきに、自分が受けていたのは営業トークなどではなく、もしかしたら配慮であったのかもしれないと、突然気付いた。

大阪城は五センチ《7》

 何気なく振った話題の返答で、配慮に気づいてしまう。由鶴が独身の四十歳で賃貸物件を探していることを知っているのだ。子どもの声を嫌がり、既婚者に対する妬みを鎮めようとする気配に、物件探しを止めてしまう。
 しかし、不動産屋の女の言葉は配慮であると同時に自らへ言い聞かせているようにも見える。体育会系の営業トークは彼女の武器だ。この仕事で培った武器を手に、この戦場で戦うことが彼女の人生の基盤なのだろう。子どもを作らず夫婦で財布を別にすることで、彼女はここで戦い続けることが出来る。
 男性比率の高い職場で戦線離脱することなく戦い続けること。持ち家派が多数の中で賃貸を探す由鶴の選択に「感覚が近くて話しやすい」といった言葉は嘘ではないだろう。

 ともあれ購入も賃貸も嫌になった由鶴は多拠点住居という考え方に興味を引かれる。ネイバーベースを通じて彼女は家主マカロニと出会う。六十歳過ぎの個性豊かな家主は、コーヒー占いをする際に以下のように語る。

「落ち着くよ。最高よ。この家に住むことも、ネイバーの家主になることも、そのためにどこをリフォームするのかも、ぜんぶわたしが決めてん。わたしが作り上げた家なのよ。泊まりに来てもらえるのも楽しいね。由鶴くらいの子が来たら二十歳で子どもを産んだ気持ちになるし、トーマやスズくらいの子が来たら四十過ぎてから産んだ気持ちになる。わたしな、『お母さん』になりたくて、ネイバーの家主になってん」
 <中略>
「わたし自身は、子どもおらんで。そういう体やったみたい。由鶴くらいの歳のときにそのことが分かって、呆然としたねぇ。子ども産みたいって考えてきたのに、そういう『いつか』は最初から自分の人生になかったんやん、って。それからは、子どもがいる人より、必要ないって心から思ってる人のほうが羨ましい。わたしはそんなふうには成れへんから。冗談やと思われるかも知れんけど、わたし今でも産みたいねん。産めなかった子どもに、ずっと、片思いしてんねん。でも最近思うねんけどな。その屈強な片思いが、自分のいちばん大事なとこを支えてるような気ぃするわ」

大阪城は五センチ《9》

 ここにまた、新たな女性の生き方が描かれている。産めない子どもへの強い思いが彼女を支えているのだ。自らの意志でこの家に住み、家主として子どもたちを迎えることが彼女の今の人生なのだ。

 様々な女性の生き方に触れ、マカロニのコーヒー占いに背中を押され、多部ちゃんから宇治に対する言及を受ける。由鶴は宇治と最後の別れを決意する。
 もしもこの話がただの恋愛小説であればこの場面がクライマックスだ。だが、本作では宇治との淡い恋模様は主軸ではない。
 最終話で、由鶴は500万円の中古戸建てを購入する。家族や友人を招いて七輪でタケノコを焼くことを想像し、購入を決意するのだ。だが、500万円の物件を購入することは、500万円の預金を失うことでもある。
 銀行の窓口で観た五センチメートルの紙幣は拍子抜けするほどこじんまりとしている。その人生の片割れに触れ、半生を思い返すと、由鶴は前へと進みだすのだ。

 今日現在、女性が社会進出し、生き方は多様化している。結婚をして家庭に入り、子を産み育てる以外の選択肢が用意されたものの、まだすべての女性がその選択肢を自由に選べるわけではない。ただ曖昧な選択肢を与えられた中、女性たちが自らの心の支えを見つけ出し歩み進んでいく模様を、鮮やかな色彩と爽やかな軽口、様々なモチーフをこの小説の中に宝石箱のように詰め込む。
 作者のヱリさんは、確かな構成力と豊かな発想・表現力で、偉才を放つ作家であると自信を持って宣言する。
 彼女に続くことを夢見るnoterへ、作者に代わってこの言葉を送りたい。

年相応に失くしものしたけど、創ったものは無くならへんからね。形があってもなくても、じぶんで創りあげたものは消えへんの。そういう訳で、どうぞ元気よく橋を渡って行ってください。占いは以上

大阪城は五センチ《9》


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