
【連載小説】Ep1:この街一番のツリーの下で
(読了目安5分/約3,600字+α)
Sun, December 8, 1:00 p.m.
Side Yuta Inui
暖冬と言われるだけはある。南向きの大きな窓から入る日の光が温かい。客商売ということもありエアコンはつけるが、冬の暖房費はこの日光で削減できている部分が大きい。もちろん雨の降る日は外と同じくらい寒くなるのだが。
お願いだから晴れが続いてくれ。温かな日射しを浴びて思わず目を閉じそうになる。
「ちょっとお聞きになっていますの?」
頭を金づちで殴られるような甲高く殺傷力のある声。俺はゆっくりと目を開き、安心させるようにクライアントへ笑顔を作る。正直、面倒だがひさしぶりの依頼なのだ。逃す手は無い。
「もちろんですよ、マダム」
六十代といったところか。いかにも金持ちそうなファーコートに、丸々と肥えた指に五つの指輪。化粧で顔と首元の色の違いが目立つ。目元にも相当色々と手が加えられているらしいが、さっきから涙で前衛的なデザインに仕上がっている。
「ああ、今もどこかでアマンディーヌちゃんが寒さに震えていると思うと、わぁたくしもう胸が潰されそうで、何も咽喉を通らなくて」
声を震わせながらレースのハンカチで目元を押さえる。思わず彼女のティーカップの下に挟まれたクッキーの包装に目をやり、誤魔化すようにピーグルの写真を手に取る。
アマンディーヌちゃん、メス、三歳、横腹のハートの模様が特徴、飼い主に似てよく太っている。
「だいたいこの一大事に警察が動いてくださらないなんて世の中間違っているわ。今動かないでいつ動くっていうのかしら」
「まあ、人間の行方不明者もすぐには取り合ってくれないようですからね。ですが花園様、私にお任せいただければ、必ず見つけ出してみせますよ。どうぞご安心ください」
そう言いながら机に広げられた写真をかき集め、話は終了という雰囲気を出す。
「可哀想なアマンディーヌちゃん。今どこでどうしているのかしら。ちゃんとご飯を食べているかしら。あの子ったらわぁたくしに似て美食家ですのよ。そのあたりで売っているドックフードは飽きてしまって、いつもヒューマングレィドのプrrrレミアムドッグフードを海外から取り寄せていますの。ああやせ細っていたらどうしましょう」
立ち上がる気配もなく顔面アートはさらなる進化をみせる。これは待っていても動かないだろう。席を立つ勢いでため息を誤魔化し、そっとクライアントのソファのそばに膝をつく。
無言で手を差し出すと、彼女は何度か小刻みに頷き手を重ねた。よし、その調子だ。
あくまでも紳士な態度は崩さない。安心させる微笑みを浮かべ、ゆっくりと玄関へ誘導する。泣きながらも案外素直に従う。こういう時は余計なことを言わない方が良いものだ。扉の前で再度振り返り、熱帯地域の部族のようなメイクの顔を向ける。
「では乾さん、頼みましたよ。必ずかならぁず、わぁたくしのアマンディーヌちゃんを」
俺は大きく頷きながら、感情が盛り上がりそうになる女性をそっと押し出し、扉を閉めた。扉の向こうからも「わぁたくしのアマンディーヌちゃん」を呼ぶ声が聞こえていたが、やがてヒールの音を響かせ帰っていく。詰めていた息を思いきり吐き出した。
この街で探偵の看板を掲げたのはそう最近のことではない。それでも物珍しさか風水でも悪いのか、訪ねてくるのは珍客、舞い込むのは一円にもならない面倒事ばかり。その中ではひさしぶりのまともな、きちんと報酬の支払いをしてくれそうなクライアントだ。だが報告をする度にああでは先が思いやられる。さっさとその犬を見つけて終わらせたいところである。
ティーカップを流し台へ置き、早速インバネスコートを羽織る。すると二階へと上がる階段の足音が響く。忘れ物をしたのかとソファを見やるが、何もない。……いや、違う。この足音は、大家さんだ。
反射的に玄関へ飛びつき鍵をかけるとエアコンと照明を消す。その直後にノックも無くドアノブが乱暴にひねられる。開かないことに気づくと、ドンドンと荒いノック。
「乾さーん、いるんでしょー。お、や、ち、ん、いつ払っていただけるんでしょうかねー。二か月分ですよー。来月までに払っていただけないと、今度こそ出てってもらいますからねー。先ほどの方、お客さんですよねー。お仕事あるんでしょー。ちゃんとお願いしますよー、乾さーん」
大家さんの声が響く中、鹿撃ち帽を手に取り音を立てないように窓を開ける。下の畑に狙いを定め、大きく息を吸うと目を瞑って飛び降りた。大丈夫。足も捻っていない。柔らかい土がクッションとなり今回も無事だ。まあ、カブの葉っぱは傷んでしまったが、実の方は食べられるだろう。
土を払い、気づかれる前に事務所を後にした。
何事も無かったように大通りへ出ると、帳面町はすっかりクリスマスだった。店先からはオシャレなクリスマスソングが流れ、商店街の両脇にもクリスマスフェアと書かれたのぼりが揺れる。ついこの間までハロウィン一色だったのにな、と思わず苦笑する。そして二十六日には大晦日モードになり一日には一気に新年になるのだろう。
この街に住んでかれこれ五十年以上になるが、近年は若者が移住し随分と賑わっている。新しいトレンドが飛び交い、頻繁に各地でイベントが繰り広げられている。帳面町に行けば今の流行がわかると言われ、小さな街ながら全国からも注目が集まっているらしい。
ただ新しい人が流入してきているといっても、元からある慣習には敬意が払われているようだ。これほどクリスマス一色の街に、ある一定の高さを超える大きなツリーは見当たらない。
商店街を抜けた先の公園から二ブロック隣にあるタバコ屋。このタバコ屋の広い庭に三メートルを超えるモミの木が植わっている。帳面町のクリスマスツリーと言えばこのタバコ屋のものであり、それを超える高さのツリーは飾らないのが暗黙の了解だった。
青々と茂るモミの木の頂点には今年も金色の星が飾られている。葉が多く様々なオーナメントが埋もれているが、電飾もついているのが見て取れる。ここ数年は夜にライトアップをしてくれている。
明るい日差しの中、昼間のツリーをしばし楽しむ。このツリーは俺が子どもの頃からあり、一緒に成長してきた身近な友人のようにも感じている。
店を振り返り、引き戸を開けた。一歩入ればそこには所狭しと駄菓子が並んでいる。クリスマスから縁日へ入り込んでしまったような感覚だ。懐かしい駄菓子に思わず目を奪われていると、店の奥から穏やかな笑顔を浮かべた店主が現れる。
「おや、ゆうたくん。いらっしゃい」
「オヤジさん、五十過ぎのおっさんを摑まえてゆうたくんはないでしょう」
「ああ悪い悪い。つい癖でねぇ」
店主は悪びれた様子も無く声を上げて笑った。いつもの煙草をカートンで注文すると、よっこらせ、と言いながら奥の座敷から持ってきてくれる。
俺は財布から現金を取り出し、店主の手に乗せる。昔は大きかった手のひらが今では皺が多く、縮んでしまったようにも感じる。
「そうそう、ゆうたくん。言っておかないといけないと思ってたのだけど」
「だからゆうたくんって」
「ああ悪い悪い。あのね、この店を今年一杯でたたむことにしたんだ」
絶句した。子どもの頃から通っている店なのだ。だが、だからこそ店主はもう九十近いのかもしれない。俺を見上げる店主は吹っ切れたような笑顔を浮かべている。申し訳程度の白髪をふわりと撫でつけ、顔にも多くのシミと皺が刻まれている。背中は曲がりセーターの上からでも背骨の形がわかる。
「悪いねぇ。でも最近じゃコンビニとかでも売っているから、今度からそっちで買ってもらうことになるからね」
「ああ、そうか。そうですね。オヤジさんも体を大事にしてもらわないとな」
店主の声で我に返ると、しどろもどろに返す。三回続けて瞬きをすると、改めて口を開いた。
「だけどほら、後を継いでくれる子はいないんですか」
「孫がそんなことを言ってくれているけどね。そうもいかないだろう。あの子にはあの子たち家族の暮らしもあるし、今どき駄菓子屋なんてねぇ」
「子どもたちが悲しみますよ」
「最近の子どもたちは、添加物の入ったものは食べたらいけないらしいんだよ。親御さんが駄菓子を禁止しているんだそうだ。最近のお客さんはゆうたくんみたいな年頃の、昔通ってくれたような大人が多いね」
寂しそうに笑う店主に返す言葉が無い。お小遣いでたくさんお菓子が買えるあのワクワク感がたまらないのだが、駄菓子が身体に良さそうだとは思えない。それに最近の子はお小遣いをたくさんもらっていて、コンビニのお菓子も買える時代なのだ。あえて駄菓子を買うことはないのだろう。俺たちと違って懐かしいわけでもないのだ。
「オヤジさん、これも」
俺はかば焼きさん太郎を無造作に五、六枚掴み差し出した。
【特別出演者のご紹介】
乾ゆうた は、いぬいゆうた様のところからお借りしたキャラクター(?)です。
いぬいさんと言えばYoutubeで朗読を公開している御方。
「いぬいのラジオ(仮)」ではゲストをお招きして創作のお話をディープに語っておられます。
直近の回がこちら↓↓
そのラジオのゲスト紹介前に行われる小芝居が「いぬい探偵事務所」です。
まったく打合せが無いそうで、終わりも見えないグダグダ感がまた良くて、ニヤニヤとしながら聴けるラジオです。
未聴の方がいらっしゃればぜひご賞味ください。
なお、本連載では主役のおひとり。従って、犬が見つかるまでずっと出てきます。よろしくです🐤
[追記]
なななななんと!
いぬい探偵ご本人に朗読をいただきました!
探偵はイメージ通り、他のキャラは想像を軽く超えてより濃く仕上がっております🐤
是非とも合わせてご堪能ください。
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