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【短編小説】壺中の天#創作大賞2024#オールカテゴリ部門

(読了目安8分/約8,100字+α)


 ようこそお越しくださった。どうぞお時間の許す限りごゆるりとご覧ください。
 ……おやおや。それが気になりますか。いいえ、それはただの筒でございます。宝石の輝く時計も、とある宮殿を飾った燭台も、水の涸れない水差しも、禁書とされた歴史書も、かくも珍しい角のある頭骨も、どれでも手に取りご覧ください。
 ……それがよろしゅうございますか。いかにも、それは万華鏡。ああ、お待ちなさいまし。それはわたくしの大切な思い出の品。どうかわたくしの話をお聞きくださいませ。覗かれるのはその後でも遅くはありますまい。
 どうぞ、そちらにおかけになって。目を閉じてお聞きくださいませ。


 わたくしの生まれはここよりずっと北の、山のふもとの小さな集落でございます。その里に生まれた者はその里の者と夫婦になり、家に入り、畑を手伝い、子を育てて、その里を繋いで生きていくのでした。
 わたくしは当然のようにその里の年頃の男と夫婦となりました。夫は里で一番の商家の次男でわたくしは地主の次女。どちらも家督を継ぐような身分ではございません。
 義兄は結婚をするも、子宝を残した妻はすでに亡くなっておりました。
 そのようなこともあってでしょうか。わたくしどもの結婚を義母は大層喜んでおりました。


 嬉しいわ。ほらうちは男の子しか生まれなかったから、娘が欲しかったの。これからは私のことを本当の母親だと思って接してちょうだいね。


 義母からは、義父と長男とその息子とともに同居することを望まれましたが、夫は闊達で自由を愛する人でした。家の商いのためにと義母を説き伏せて、わたくしどもは里を離れ南へ下り、街の外れで暮らしはじめたのでございます。
 しかし、その穏やかな暮らしも半年と経たぬうちに崩れてゆくのを感じておりました。
 義母は里を離れたわたくしたちを商いのついでと視察に来ては、わたくしにくさびを打ち込むのです。血が出ない程度に、静かに、小さく、小さく。やがて大きな割れ目となり、瓦解するのを心待ちにしながら。


 あらあなた、お野菜を同じ大きさに切ることもできないのね。そんなに不器用だと色々と大変でしょう。この間のお裁縫も縫い目が不格好だったものね。

 こんなにお料理もお掃除もお粗末だなんて。あの子の可哀想なこと。

 せめて家に恥じぬようお返事ははっきりとなさいな。そんな蚊の鳴くような声では、他所様に笑われますよ。


 それは大切な息子を奪っていった、わたくしに対しての復讐なのでしょう。自らの乳房で育てた我が子を、他所の女に奪われた憎しみ。日を重ねるにつれ募ってゆく恨みを、家を訪ねては吐き出すのでした。
 その恨みが、わたくしの皮膚から吸収され、体中が痺れるように硬直し、顔が青ざめるのを見てとると、途端に聖母のような、いいえ、勝利に酔う鬼のような微笑みを浮かべるのでした。


 結婚前には口にしなかったけれど、あなたのことを想ってあえて伝えているのよ。


 義兄の嫁は家に入り、毎日のようにくさびを打たれておいでだったのでしょう。病に臥せ幼子を遺していったと聞いておりますが、何の病かは分かりません。義母の毒牙に身が耐えられなんだと思っております。
 結婚から幾年か経つと、我が子を奪われた恨みも多少和らいだのでしょうか。当初のような訪問を受けることは少なくなっておりました。
 ……いいえ、今から思えばあの頃より義母は目を悪くしていたのでしょう。ともかくも結婚当時以来の穏やかな日々が訪れ、わたくしも時には家を留守にして外の空気を吸うことができました。


 あれは夕餉の支度をしに家路を急いでいた時のこと、いつも通る商店と商店の間に、見知らぬ店が建っておりました。出かける際には無かったはずの店。通りよりも少し引いて、入口が陰り看板も良く見えぬ。あえて誰にも気づかれぬよう建っているかのようでございました。
 わたくしはどうしてかその店に強く興味を惹かれました。さも昔からあったかのような色褪せた木製の戸を開くと、中には骨董品が並んでおります。
 ……そう、ようお気づきで。今いらっしゃる、この店でございます。わたくしもかつてはこの店に惹かれ、入ってきた者にございます。今はこのおばばが店番を務めておりますが、わたくしが訪ねた時は、年若き男性でございました。


 いらっしゃいませ。お時間の許す限りごゆるりとご覧ください。


 陶器のように滑らかな肌。真っ黒な髪を後ろに撫でつけて、三つ揃いの細身の背広を着た、成人してまもない時分の男性。わたくしを見ると、ふと微笑みを浮かべました。その瞬間、わたくしは酩酊するように、体がふわふわと覚束なくなり、急いで家に帰らねばと心の中にあった焦りは、どこかに霧散していったようでございました。
 そちらの、この窓のない店を煌々と照らすシャンデリアは当時よりございます。光に揺れる無数のガラスが、この部屋のものをより美しく照らしてくれる。わたくしは夢中で店内の物を眺めました。
 そして、その光を受けてなお闇に沈む、黒い筒を手に取りました。縁と覗き穴の周囲は見事な金細工が施されておりますが、側面は深く黒い、万華鏡。


 それがお気に召しますか。まあ、一度だけなら許されましょう。ゆっくりと。時計回りにゆっくりと回してください。あの方々は気が荒い。あまり速いと怒りを買ってしまう。


 男性は紅を指したように赤い唇で、嬉しそうに語りました。わたくしはシャンデリアに向け、そっと万華鏡を掲げました。
 ……ところで万華鏡がどのような構造かご存知でございますか。筒の中は合わせ鏡でございます。色とりどりの石や紙など小さなものが動くことで、それが鏡に映されて得も言われぬ美しい柄が出来上がるのです。まさに光と鏡の作り出す芸術でございましょう。一度できた柄は二度とはできぬ、偶然による芸術。
 わたくしも様々な万華鏡を覗いてまいりましたが、中の鏡は三枚のものもあれば四枚、多い物では八枚入っているものもございました。枚数が同じでも鏡の幅が異なれば、また趣の異なるものでございます。中に入れる素材も変われば、また別物になりましょう。この世に一つとして同じ万華鏡はございません。
 その黒い万華鏡は、果たして何枚の鏡が使われていたのか、何が入っていたのか、わたくしにはわかりませなんだ。
 覗き込んだ穴の中は、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。あらゆる色がシャンデリアの光を取り込み、三角形の柄を映し出しておりました。
 わたくしはゆっくりと時計回りに筒を回しました。柄はゆっくりと回転し、やがて大きく絵を変えます。瞬間、涼やかな鈴の音が聞こえました。まるで中の素材が鳴るような、すぐ耳元で鳴ったような。不思議な音とともに、四角形の柄が無限に広がっておりました。
 この世のすべての美を詰め込んだような絵柄に夢中になって、またも時計回りに回しました。鈴の音と同時に柄は回転し、絵はさらに複雑な文様を描き出しました。さらに回し、さらに回し。
 わたくしは一面、青の世界に佇んでおりました。まるで水面が乱反射しているような、白に近い薄青から藍色のような、水か宝石か。たゆたうように様相を変える世界は、やがてテーブルのクロスを引くように目の前へ引っ張られ。
 気づくと大きなお屋敷の廊下におりました。すぐ目の前にはご婦人の背があり、先ほどの水面の柄の西洋ドレスを着ておられました。わたくしに気づくことなく、まっすぐに正面を見て歩いて去っていきます。やがてご婦人は廊下の先の扉を押し開け、明るい部屋の中へと入って行きました。
 わたくしは長い間、石造りの長い廊下に座り込んでいたようです。立ち上がると下半身がジンジンと冷えているのを感じました。廊下は薄暗く、ご婦人が入って行かれた部屋の明るさを求めて前へ進みました。
 劇場のような、大きくて彫刻の美しい、厚い扉でございます。片手ではびくともしない扉を、体重を乗せて少しだけ押し開きました。
 扉の隙間から覗いた先は、夢のような世界でございました。
 あふれだすように流れる舞踏曲に、燕尾服の紳士、鮮やかなドレスのご婦人たち。大きなシャンデリアに装飾が輝き、明るく豪奢な会場で、人々は楽しそうに笑いながら踊っておりました。
 髪の色や肌の色、背格好からすれば、年齢も人種も様々だったのでございましょう。というのもみな仮面をつけておられ、よう顔が見えなかったのでございます。
 扉の隙間から漏れる極楽のような世界を、わたくしは飽きることなく、息をするのも忘れて、ただ見つめ続けておりました。
 突然、影が落ちて視界が遮られました。扉の向こう側に、白い着物の女性が立っておられました。その女性はわたくしを見下ろしてこう問うのです。


 そなたは客人か、供物か。


 男性かとも思う程、低く通る声。その恐ろしさに体の芯から凍りつくようでした。
 答えられず、動けもせぬわたくしをじっくりと眺めると、興味を失ったよう軽く頭を横に振りました。


 入らぬのならば、どちらでもない。去ね。


 その女性は軽く右手を払うように動かしました。途端、わたくしの腹に大きな岩をぶつけられたような衝撃があり、体は強風にあおられ後ろへ吹き飛ばされました。長い廊下を後ろ向きに……その後の記憶はございません。
 気づけばわたくしは日常の暮らしをしておりました。いつものように夫を見送り、家を整え、旬の料理をこしらえておりました。
 あの日、どのようにして帰ったのかは全く思い出せないのでございます。あの店を立ち去った記憶も、家へ帰る記憶もございません。おそらく帰りは遅くなったことでしょう。であれば何か夫から問いただされていたはず。ですがそのような記憶も一切。夫にも問うてみましたが、そのようなことは無かったと不思議そうに答えておりました。まるであの日が丸ごと無かったかのようでございます。
 わたくしはもう一度あの店へ行こうと、暇を見つけては街へ行き、商店を歩き回りました。ですが、不思議なことにあの店も見つからないのでございます。
 万華鏡を覗いた先の、お屋敷の舞踏会の話など、誰が信じてくれましょう。誰にも話すことはできません。荒唐無稽と笑われましょう。ですが、今でもわたくしはあの時の世界をまざまざと思い出せるのです。
 あの最後に出会った白い着物の女性。あの時は恐ろしさが先立ち、はっきりとは気づいておりませなんだが、あのお方はこの世の者とは思えぬほどに美しいお顔立ちでございました。
 部屋からの明かりで顔は暗んでおりましたが、それでも輝くような白い肌に、三日月型の唇と目を縁取る紅が血のように鮮やかで、白無垢のような着物は金の糸で細やかな刺繍が施されておりました。
 すっと背を伸ばして立っておられたからというのもございますが、それよりも背を高く見せていたのが黒髪の間より天井へ伸ばした一対の角。牛の角のような、根本は白く、先は黒く。
 おっしゃるとおりでございます。鬼、でございましょう。ですがわたくしは、あの容貌を恐ろしいとはひとつも感じませなんだ。ほんに恐ろしかったのは、下等の者を見るような冷たい視線と、低い声と。何より、覗き見をしていた後ろめたさでございました。


 わたくしはその記憶を誰にも話すことなく胸に止め、ただ日々を過ごしておりました。
 そうそう。万華鏡の話をする前に、少しだけお話しましたな。年を経るにつれ、義母は目を悪くしておりました。目が悪くなると歩くのも億劫になるようで、脚も弱っていたようでございます。
 その頃には義父も病で亡くなっておりました。幼かった甥は成人と同時に家督を継ぎ、義母の面倒は義兄が一手に診ておりました。
 義母からは家へ帰ってきて一緒に暮らすよう、再三にわたって連絡が来ておりました。わたくしも夫も、気にならないと言っては嘘でございます。それでも義兄が診ておられ、若いとはいえ甥が家督を継ぎ家は安泰、商いもあればこそ。そう言って留めておりました。
 しかし間もなく、義兄が事故で脚を怪我したとの連絡が届きました。階段から転げ落ちたのでございます。そこで、わたくしどもは家に帰ることにいたしました。
 実家に居を移したわたくしどもを、車椅子に乗った義母は両手を広げて迎え入れました。しかし、すぐにわたくしは許されたわけではないことを痛感いたします。
 ようやく自らの手の中へ帰ってきた我が子を抱き寄せると喜びと、我が子を十五年も奪っていた他所の女を、今度はわざわざ出向くこともなく傷つけられる悦び。義母はその幸せに打ち震えておられたのです。
 同居の当日より、当然のように再開されました。わたくしの心へ、義母は嬉しそうにくさびを打ちこむのです。それは我が子をかわいがる時間を惜しんででも行われました。
 わたくしはこの家にいる唯一の他人。わたくしだけが義母と血のつながらぬ部外者でございます。
 一向に止まぬ罵倒の言葉が、わたくしを切り刻むのを見て、愉悦に浸っておられました。傷つくわたくしの姿をしかと見ることもできぬ白濁した瞳を細め、手にした杖で足もとを薙ぎ払うのです。闇雲に振るう力任せの杖は、わたくしの足にあたり骨までも震わせるようでした。
 もはや立つこともままならず車椅子から見上げる形相。あれこそ鬼でございましょう。白濁した目で、青ざめて立ちすくむわたくしを見上げ、悦びで顔を歪ませる白髪の鬼。
 同居してまもなく、甥より聞いた話もそう思わせた要因でございました。甥によると、わたくしどもが同居を拒む返答の手紙を読むや、義母は手紙を破り捨て、狂ったように暴れたそうでございます。


 長男にすべてを追わせるなんて、あの子がそんな冷たいことを言うはずがない。あの女がそそのかしているに違いない。


 興奮した義母を抑え、なんとか寝かしつけるのは大変だったとうかがいました。
 しかしその幾日か後、甥は義母が夜遅くに階段の手すりを掃除しているのを見かけたそうでございます。車椅子ではなかなか手も届きにくいことでしょう。甥は手伝おうと申し出たそうですが、義母は触れるなと怒鳴ったそうでございます。そしてすぐに声をやわらげ、もう終わったのだと告げ自室へ帰って行ったとのことでした。
 そしてその翌日、義兄の事故は起こりました。手すりに体重を預けた途端、根元より手すりが折れてしまったのだそうです。昨日まで何ともなかった木製の手すりが一夜にして腐っていたのでございます。
 甥は誰にも言えずにいたのだと打ち明けてくださいました。義母の毒牙が自分に向くのではないかと、恐れていたようでございます。しかしそんなことはございません。何より甥は、義母にとってかわいい孫なのです。狙いはわたくしだと、すぐにわかりました。
 義兄が元気で、義母の面倒を診ることができるから、わたくしどもは街に住んでいたのです。義兄が怪我をしたから、里へ戻ってきたのです。自らの子を傷つけてまで、わたくしを手元へおびき寄せたかったのです。
 かつて義兄の嫁が若くして亡くなった話を思い出しました。病に臥せてからも亡くなるまで一年はかかっておられたとか。我が子を十五年も奪っていたわたくしは、果たして何年かけて死へ追いやられるのでしょうか。
 そう思い至るとすぐに行動いたしました。不思議と何のためらいもございませんでした。それだけ恨みが強かったのか、命を奪われる恐ろしさからか。いいえ、むしろ何の感情も無かったように、心は静まっておりました。
 炊事場の包丁を掴むと、力いっぱい義母へ突き出しました。思っていたよりもずっと簡単に、刃は義母の胸へ突き刺さりました。空気を切り裂くような醜い声を上げ、義母は包丁を握るわたくしの手をひっかきました。わたくしは痛みを感じていなかったように思います。特に気にすることもなく、鳥の腹を割くように、義母の胸を割きました。
 幸い床は板間ですので、拭けば綺麗になるでしょう。絶命した義母のことよりも、そんなことを悠長に考えておりました。やがて、夫と甥が駆けつけ何かをおっしゃいました。申し訳ないのですが、何を言われたのかは覚えておりません。わたくしはそのまま家の外へ向かいました。
 外は土砂降りの雨で、月明かりも見えぬ闇でございました。雨に家の明かりが反射し、足元がかすかに見える程度。わたくしは先ほど浴びた血を洗い流すように、両手を広げて歩きました。
 すると庭先に、あの店があったのです。土砂降りの闇の中、ぼんやりと蜃気楼のように。消えてしまう前にとわたくしは走り出し、扉の取っ手を掴むと中へ飛び込みました。
 店内はあの時のままでございました。シャンデリアの明かりが骨董品を静かに照らしております。
 飛び込んできたわたくしを、三つ揃いの背広を着た男性が振り返り、ふと微笑みを浮かべます。その瞬間、また酩酊するようにふわふわと心地良くなり、ずぶ濡れだったわたくしの体は何事もなかったかのように乾いておりました。


 いらっしゃいませ。どうぞお時間の許す限りごゆるりと。


 他の骨董品には目もくれず、あの黒い筒を手に取りました。片時も忘れることのなかった万華鏡。


 それがお気に召しますか。あの方々は二度も見逃しはなさいますまい。それでも良ければどうぞ心ゆくまでお楽しみください。


 わたくしはシャンデリアに向かい、万華鏡を掲げました。覗き穴の中は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。あの時のままでございます。焦る心を落ち着かせ、時計回りに筒を回しました。涼やかな鈴の音を鳴らし、美しい文様が眼前に広がります。さらに回し、さらに回し、さらに回し。
 気づくとわたくしは薄桃色の世界に立っておりました。一面の薄桃色は次第に斑のように固まり、輪郭を成してはじめて桜の花だとわかりました。それが正面へ引かれるように遠のき、目の前に女性が立っていました。桜の花があしらわれた見事な打掛。白い着物のあの時の鬼でございます。鬼はわたくしを見下ろし、低い声で問いました。


 そなたは客人か。供物か。


 その視線を受けた途端、わたくしの体は強張り声も出せずにおりました。しかし鬼はふと表情を和らげると、紅い唇をすっと上げ笑ったのでございます。


 手土産を持参したか。ならば来よ。


 鬼はそういうと背を向けて歩き出しました。慌てて立ち上がり、わたくしは芝を払い落とすと、手元にあった風呂敷包みを抱えて後を追いました。
 一面、若草色の広場でございました。満開の桜がところどころに植えられ、快晴の空を薄桃色に染めておりました。
 ひときわ大きな桜の樹の下に、豪華な着物をきた人々が座り、楽しそうに話をしておりました。あの広間で踊っていた方々かもしれません。あの時と同様、誰もが目元を仮面で隠し、顔はよう見えません。
 手招きに従って、わたくしは鬼の前で風呂敷を広げました。中には三段のお重が入っておりました。鬼はすぐに蓋を開け、長い爪で水まんじゅうをつまみ、ひとくちで召し上がられました。うっとりと咀嚼し、わたくしに美しく微笑むのです。


 なんたる絶品。そなたも食せ。


 わたくしは鬼の食べた隣の水まんじゅうをつまみました。表面は柔らかく力を入れれば弾力がある。
 口に入れる前に気づきました。それは水まんじゅうではなく、義母の白濁した眼球でございました。しかし、不思議とためらいはございません。
 そのままひとくちに含み、咀嚼いたしますと、何と表現したら良いのか、この世のものとも思えぬ、甘美な、ねっとりと甘い果物のような味わいでございました。
 口の中から無くなることをためらう程の味わい。惜しみながらも飲み込むと、わたくしの頭は急激に痛みだしました。そして対の突起が現れたのでございます。


 ああ、気づきませなんだか。わたくしも白髪になりまして、白い角は目立たなくなってまいりました。
 ええ、ともかくも。そのお手元の万華鏡の中はそういう世界でございます。ご興味がおありなら、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。



note公式企画に乗っかっております。


去年はオールカテゴリ部門だけでしたが今回は長いのも出したいなと、昔書いたものをちまちま手直ししております(最初から書かないあたり我ながらセコい)。ティーンズ向けみたいなやつなのでいつもお越しになるフォロワーさんには子どもだましかもしれませんが、他の方の素敵な作品を読みつつ気長にお待ちくださいませ。

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ひよこ初心者
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