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【連載小説】Ep2:この街一番のツリーの下で

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/        Ep1


(読了目安5分/約3,300字)

Mon, December 9, 11:00 a.m.
Side Kaori Nishikawa


 いい歳したおじさん達が雁首揃えてしかめ面で沈黙。毎回こうだ。誰も積極的に発言をしようとせず、私の出方を待っている。いや、みんなそう悪い人材ではない。この総支配人が元凶だろう。社長の一人息子でワンマンなのだ。

「鈴木総支配人、いい加減ご納得いただけませんか。もう九日ですよ。すでに替わりは押さえています。総支配人さえ認めてくだされば週末には届けてみせます。良いですよね」

「西川君。君もしつこいな。何度も言っている通り、クリスマスツリーは替えない。そのうえで集客をする案を出してくれと言っているんだ。それが君の仕事だろう」

「だから、ツリーさえ替えればお客様が戻って来るんです。それだけで済むのに、なんで他にあれこれしようとするんですか」

「この街一番の大きなクリスマスツリーを飾ること、それが私の夢だからだ。そのためにロビーを吹き抜けにしたんだ」

「その夢が住民に受け入れられてないんですよ」

 子供じゃないんだから、と口に出そうになるのをグッと堪える。

 Grande Eterna di Noteグランデエテルナ帳面町。「このひとときを一生の思い出に」をモットーに掲げる現社長が設立したホテルリゾートは、ここで四つめとなる。横浜、京都、福岡と建築したホテルは国内外から人気を博し、順調に軌道に乗っている。次は、大阪か名古屋か、はたまた札幌かという予想を覆し、まさかの帳面町だった。

 確かに最近名前を聞く街ではある。だからといって規模は小さい。新幹線も無く、東京からは電車か高速バスという立地。国外からのアクセスは悪く観光客はあまり期待できない。マーケティング面から考えて極めて厳しいことは当初から分かっていた。

 だが一度蓋を開ければその期待は良い方に裏切られた。確かに国外からの顧客は少ない。しかし新しいものを積極的に受け入れるこの街の姿勢が我々を歓迎したのだ。地元民による宿泊やレストラン利用等の利益が今や主な収入源のひとつとなっている。

 六月にオープンしたこのホテルは予想外のスタートダッシュを決めグループでも注目されていた最中、十一月に突如地元民の利用が激減した。即座に本社から調査指示が下り、程なくして八メートルのクリスマスツリーを飾ったことが原因だと判明する。ある老舗の駄菓子屋へ敬意を払い、そこにあるツリーよりも高いものを飾ってはいけないというこの街の暗黙のルールがあるのだという。報告を受けた社長からツリーの変更を命じられたものの、総支配人が頑なに拒否しているのだ。

 電話では埒が明かないため、総支配人の説得とリカバリー策を練るようにと社長から直接指示を受け、十二月一日からこちらに赴任し毎日全く実りの無い平行線の討論をしている。

「鈴木総支配人はたしかこの街のご出身でしたよね。ツリーの件、ご存知なかったんですか」

 私はため息を誤魔化すように口を開く。ただの呟きのつもりだった。

「勿論知っている。だからこそ街一番のツリーを飾りたかったんだ」

「だから、って」

 意味がわからない。地元民から総スカンをくらうとわかっていて巨大ツリーを用意したのだ。頭が大きく揺さぶられるような強いめまいがして、思わず両手で頭を支える。

「再三言っている通り、ツリーは替えない。西川君にはそれを前提に対策を練ってほしい」

 無礼を承知で頭を抱えたままため息、もとい深呼吸をする。この一週間、無為に過ごしていたわけではない。もちろんこの最悪なケースのためのプランBは整えた。

「ツリーを替えないのであれば、ロビーとラウンジを解放しオープンイベントを提案します。本来なら足元を捨て遠方から呼び込むのが上策ですがもう時間もありません。となると年末のV字回復はいったん脇に置き、まずは住民に受け入れてもらうことを優先しましょう。一階にバーをつくりワンコイン制でドリンク、ドルチェ、アンティパストを販売。基本立食とします。ステージを用意し、クリスマスイベントとして時間帯ごとのコンサートを――」

「ちょっと待ってくださいよ。今からオープンイベント用のメニューを考えろというんですか? ただでさえクリスマスは特別メニューで営業もしているんですよ」

 やっと総支配人以外が口を出す。今まで高みの見物をしていたホテル内の中華料理店のオーナーだ。突然火の粉が降りかかり慌てたのだろう。想定範囲内だ。私は冷静に声を低くして睨みつける。

「予約が飛んでいることは把握しています。現在六割ですよね。あと四割の力をこちらに注いでください。各店が四品ずつ出してくださればそれで形になるんです。非常事態なんですよ」

 ぐぅと呻き、負け惜しみのような舌打ちが聞こえる。私は口元が緩みそうになるのを堪える。この男社会の荒波でここまで這い上がってきたのだ。この程度のおじさんの文句などひと睨みだ。第一、向こうも状況は理解している。

 腕組みをしたまま押し黙っていた総支配人がゆっくりと口を開く。

「確かに、今から外部を巻き込んだ大掛かりなイベントはできないな。クリスマス商戦を捨てるくらいなら一致団結してこのクリスマスイベントを成功させてほしい。コンサートはできるのか」

「アテはあります。ただし今からですから有名な人は呼べません。そこはご了承ください」

 ようやく同じ方向を向いた総支配人に内心ほっとしながら答える。私は大きく息を吸い、スタッフと一人一人目を合わせる。

「先ほども申し上げた通り各店には四品ずつ提供していただきたいと思います。当日の混雑を防ぐため、金額は一定にします。それに合わせてください。各店ダブりが無いようにしたいので、案が決まれば私にメールをください。あと混乱を避けるため、皿は最も数の多い小皿に指定します。どうしても使いたいものがあれば合わせて連絡をください。ドリンクはカフェからお願いします。珈琲紅茶ウーロン茶、ジュース三種。バーからはビールと赤・白だけにしましょう。ドリンクの金額も小皿と合わせてください。支払い方法は電子決済がベターですが、未使用者には事前換金でコインを渡すなどの方法を考えます。バンケットは本社からも応援を呼びますが、全員は足りません。当日スタッフの確保をお願いします。何名集められるか連絡を。あと広告・営業はすぐにデザインと告知先・方法を選定し素案を作って提出してください。コンサートについては私の方で組みます。舞台機材については何があるか教えてください」

 一気にまくしたて喉がかすれる。だがこれからが本番だ。咳払いをして総支配人に向き直る。

「それでよろしいですね、鈴木総支配人」

 私に大きく頷くと、みんなに向き直る。

「ここにいる西川君がこのプロジェクトのリーダーだ。彼女の指示に従ってくれ。西川君は随時私に報告を入れること。では、これからみんな忙しくなるがこの難局を何としてでも乗り越えよう」

 総支配人が立ち上がるのを合図に解散となる。私はすぐに自分の仕事へ取り掛かる。

 まずは社長への現状報告、確保していた背の低いツリーのお詫び、イベント会社を通じて紹介してもらった先へ演奏家の確保の依頼、本社の人事部へ何人か出張扱いで貸してくれるよう依頼したところで携帯のバッテリーが十パーセントを切る。充電をしたいところだが、先に詩音へラインをする。

「ごめん。今日も帰りが遅くなりそう。適当にコンビニでご飯を買って食べて」

 メッセージはすぐに既読になりスタンプが届く。

 中学生をひとり東京の住まいに置いてくるのが不安で、学校へ連絡し一緒に帳面町へ来たのだ。学校からは先に宿題が出ているらしく、毎日図書館で勉強をして過ごしているはずだ。友達のいない街で私もろくに相手ができず寂しい思いをさせているが、特に不満は言ってこない。人見知りをするタイプだと思っていたが、案外順応できるのかもしれない。

 私は自席のパソコンの前へ戻り一度大きく伸びをすると、買いだめしておいたウィダーインゼリーを飲みながらスケジュールを立てる。まだまだこれからだ。


Ep3        \





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