
【連載小説】Ep13:この街一番のツリーの下で
(読了目安2分/約1.350字)
Fri, December 20, 4:00 p.m.
Side Yuta Inui
「ぁああぁあ……」
思わず口から洩れる声。背もたれに沈み込みながら目を閉じる。連日の悪夢のせいで常に寝不足で身体が重い。
もう十三日目だ。結果的に十二日連続であの高音マダムの声を聞いている。なんなら夢の中でも聞いているので、ほぼ倍だ。とりつかれているのでは思うくらい頭から背中にかけて重い。ここのところ「アマンディーヌちゅわぁん」という空耳が常に聞こえている。
大体、こんなに時間がかかるとは思っていなかった。聞き込みをすると、各所で目撃情報があるのだ。次見つけたときは連絡をする、と口をそろえて言ってくれるものの連絡はない。俺が行った以降は現れないのか、現れても連絡しないのかは知らない。だが一、二件の話ではないのだ。六件あれば一件くらい連絡してくれてもいいじゃないか。
ファミレスの快適なソファベンチと身体の外と中から温まる環境、BGMと人の話し声という雑音が心地よい。ずるずると背もたれからずり下がり、瞼も重く下がってくる。
「え、脅迫状?」
深く沈みそうな意識が、女性の声で引っ張り上げられた。姿勢を変えず、素早く意識を周囲に飛ばす。声の発生源は……後ろだ。俺の後ろのテーブル席。ベンチ越しに頭が出ない程度にずり下がったまま、耳を大きくして息をひそめる。
「そう。でも上の人たちが全然動じてなくて。どう思う? ロビーはクリスマスツリーを飾っているし、利用客じゃなくても、結構人の出入りはあるのね。いつもよりも二人多くしてローテ組んでるけど、それでもどこでどんな形で爆発があるかわかんないじゃん。私、受付にいるからさ。怖くて」
ロビーにクリスマスツリー。真っ先に思いつくのは、あの新しいホテルだ。ホテルに脅迫状、爆発。何とも探偵ゴコロをくすぐる話である。
「でも結局、何も起こってないんでしょ? 脅迫状関係のこと」
「それはそうだけど……。でも私、あるとしたらクリスマス当日だと思う」
「あー」
「しかも、二十四、二十五は特別イベントするから、人の出入りが多いの。ここで何かあったらどうするんだろう」
「ミク、心配しすぎだよ。大丈夫だって。上の人たちが大丈夫って判断したんでしょ。入社したての新人があれこれ悩んだってしょうがないよ」
「そうなんだけどさー。警察には通報しといてもいいと思うんだけど」
「甘いなー、警察って事件が起こってからじゃないと動かないんだよ」
得意げな声に、俺は心の中で首肯する。だからこその探偵だ。こういう案件こそ早めに探偵に相談すべきなのだ。そうすれば、その脅迫状とやらあたりから犯人をプロファイリングして華麗に事件を解決するだろう。ほら、レディたち。窓の外を見たまえ。向かい側のビルの二階には、かの有名ないぬい探偵事務所があるではないか。看板にある電話番号もここから読めるだろう。さあスマホを出してかけてごらん。ワンコールで――
「え、ちょっと待って! ミク、そのバッグのチャーム、この間真凛ちゃんが激推ししてたグッズじゃない? ちょっと見せてよ!」
「あ、気づいちゃったー?」
女性たちの興奮した声が店内に響く。思考停止した俺は自ら意識を深く沈めた。店員に起こされるまで少し寝よう。
【特別出演者のご紹介】
乾ゆうた は、いぬいゆうた様のところからお借りしたキャラクター(?)です。
……早く犬が見つかるといいですね。
いぬいさんと言えばYoutubeで朗読を公開している御方。
中でも、吉川英治『三国志』の朗読をライフワークとして行っておられます。読んだことありますでしょうか、『三国志』。私はコーエーのゲームしかしたことがありません。本まるまる一冊を音読したことがありますでしょうか。私はありません。国語の音読はカミカミでした。
吉川英治『三国志』は、1.桃園の巻、2.群星の巻、3.草莽の巻、4.臣道の巻、5.孔明の巻、6.赤壁の巻、7.望蜀の巻、8.図南の巻、9.出師の巻、10.五丈原の巻とあり、朗読進行状況としては、現在 5.孔明の巻です。折り返し地点間近。
本を読むのはしんどい、という方は是非お聴きになってみてください。
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