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【連載小説】Ep17:この街一番のツリーの下で
(読了目安2分/約1,450字)
Mon, December 23, 11:30 p.m.
Side Yukio Fujihara
期待をしていなかったと言えばうそになる。最後なのだ。だからこそもう少しお客さんが来てくれると思っていた。浮かれていたのだろう。たくさん残ってしまったシールを眺める。
昔から五品購入ごとに一枚シールを渡し、十枚で好きな駄菓子と交換できることにしていた。そして今は一つ買うごとにシールを一枚渡している。
春は桜、夏は向日葵、秋は紅葉、冬は雪の結晶。一年で四種類のシールを用意している。店をたたむことは何年か前から頭にあり、もう桜・向日葵・紅葉はほとんど残っていない。それでもこの雪の結晶だけは最後だからと大量に購入してしまった。鞄に入れたままのシール。未開封の箱がまだ八箱もある。あと一週間で開封することは無いだろう。
浮かれて買った自分が馬鹿馬鹿しくなる。こうなることくらい想像はついていたはずなのに。
壁のカレンダーを見る。明日は火曜日。燃えるゴミの日だ。ここに置いておくことが急に恥ずかしくなり、私は寝間着の上にコートを着込みマフラーをすると、鞄を持って外へ出た。
雲のない空に半月が浮かんでいた。縁まで鮮やかで、思わず立ち止まって見上げる。街灯はもうしばらく点いているけれど、ツリーの灯は十時ごろに消している。寝静まった街を照らす月が綺麗だった。明日はもう少し欠けていくだろうか。
明日は一晩中ツリーの灯をつけておくことになる。毎年クリスマスイブには孫たちの家に行くことになっていた。家の灯を消してツリーの灯がついていれば綺麗に見えるし、何よりツリーのそばへ来る人が遠慮しないようにしたいのだ。
家の敷地を出て右へ四軒。公園というほども無い緑地帯のそばのゴミステーションへ向かう。ゴミステーションの扉を開くと、すでに明日の朝のゴミはいくつか出ている。思わず「あ」と声を上げ、後ろにたたらを踏んだ。途端、ドンッと体の左側に大きな衝撃があった。
何が起きたのかわからなかった。気がついたら道路に倒れていた。氷のように冷たい道路から身を離そうと、右手に力を入れて何とか上体を起こす。少し手首が痛い。
「悪い! 大丈夫か?」
すぐそばで男性の焦ったような声が聞こえた。近くに駆け寄り、男性は私が起き上がるのに手を貸してくれる。私は安心させるように笑ってみせた。
「いやあ悪いね、周りを見てなかったものだから」
男性は私と目が合うと、すぐに視線を逸らした。私が一人で立っているのを確認すると、足元に落ちていた鞄を拾い、足早に去って行った。こんな時間だ。よほど急いでいたのだろう。
やれやれ、と声に出し、身体についた砂を払う。見回すと鞄が遠くに飛ばされていた。ぶつかった衝撃とはいえ、随分と遠くに投げ出してしまったものだ。
ゴミステーションの扉を閉め、鞄のそばへとゆっくり歩く。シールを捨てるのはまた今度にしよう。つい焦って出て来てしまったが、ゴミはちゃんと指定のゴミ袋に入れて出さなければならない。
「こんばんは、藤原さん」
鞄を拾おうと屈んだ時に、声をかけられる。見あげると街灯の下に一人の男性が立っていた。子どもの頃からふくよかな体つきだったが、今もまったく変わらない。懐かしい顔に思わず笑みがこぼれる。
「ああ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
男性は少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「先ほどは事故を未然に防げず申し訳ない。実はその鞄の中身について、少し相談があるのだが」
私は彼の顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。
*この期に及んで謎の男が登場していますが、紹介は次回の名前が開示された機会とさせていただきます。
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