【連載小説】Ep12:この街一番のツリーの下で
(読了目安3分/約1.650字)
Thu, December 19, 9:00 p.m.
Side Shunsuke Teshima
二週間の自宅謹慎。とはいえ一週間も経てば編集長から連絡があって、そこで反省の色を示せば晴れて復帰するものと思っていた。今朝から満タンに充電したスマホを握りしめ、トイレにまで持ち込み、居眠りしそうになるとブラックコーヒーで目を覚ました。
十九時四十分までは待った。だがもう我慢できない。どうやら向こうも本気らしい。
俺は財布とスマホをひっつかんで家を出る。近所の焼き鳥屋に座ると同時に注文した。喉を鳴らしてハイボールを飲み、タレの絡んだつくねを頬張る。この店はカウンターがラーメン屋のように仕切られていて、結構気に入っている。
店の奥の天井にはテレビがくっついていて、店主が好きなバラエティ番組が流れている。音は小さいが大きなテロップが始終流れているため内容はわかる。というか内容なんてほとんどない。
鳴らないスマホでニュースサイトをスクロールし、政治家の横領と教師の不倫と芸能人の離婚の記事をぼんやりと眺める。
「え! 課長、その話ガチっすか!」
「バカ、声でけえよ」
突然聞こえた声に、思わず振り向く。カウンター席の後ろは細い通路を挟んで座卓が三席。薄い障子で仕切られていて姿は見えないが、脱ぎ捨てられた黒光りする革靴が四足ある。俺が来る前から中にいることは知っていたが、盛り上がってきているらしい。
「たしかに、この街は犯罪発生率が約ゼロパーセントとかいうウリですけど。いくらなんでもこのご時世タンス預金なんてあり得ないっしょ」
「だからウワサだって言ってるだろ。俺だって本気にゃしてねぇよ。でも孫が稼いだ金を渡してるっての、ちょっと良い話じゃね」
「何なんすか、その孫」
「インスタグラマー」
「インスタグラマー! 今っぽ」
「いくら渡してるんですか」
「さあ、ウワサじゃ月百万とか二百万とか」
「いやいやいやいや! 脱税じゃないっすか」
「だから、ウワサだっつーの。さすがにそんな儲からんだろ、知らんけど」
「わかんないっすよ。企業案件とか取りまくって」
「でも現金で置いとくあたり、グレーな臭いするよな」
「その孫が隠れ蓑として使ってるんですかねぇ。知ってんですかね、そのじいさんばあさん」
「まあ、知らんだろ。かわいい孫からお小遣いもらってると思ってんじゃね」
「使った瞬間、同罪」
「ヤベえな、それ」
ゲラゲラと笑う声を聴きながら、ふと星野真凛の顔を思い出す。そういえばあの作家先生の受賞作には、孫想いの祖父母が出てきた。ストーリーの主軸とは関係ないディテールで、俺が削ろうとすると鬼の形相で頑なに拒んでいた。
なんとなく居ても立っても居られなくなる。俺は早々に会計を済ませて店を出た。
外は暗いものの、クリスマスの音楽とライトアップで出歩いている人はまだ多い。大通りを抜けて、噴水の脇を通り、公園の角で左に曲がって、三軒目。古びたブロックの塀に、広い庭。雑草がぼうぼうに生えているのだけれど、玄関の脇にはナンテンが紅い実をつけている。古い平屋の瓦屋根で、庭に向いた掃き出しの窓はカーテンが閉められて部屋の中の光がうっすらと漏れている。
「まんま、ここじゃねえか」
思わず呻く。あのインスタグラマーが無駄に描写した家そっくりだった。あの話では住んでいるのは老夫婦だけで、子供世帯は都会で暮らしている。祖父さんは足が浮腫んで歩きにくく、祖母さんは耳と目が悪くなってきている。二人合わせて一人前で、どちらかが倒れたらやっていけないのではと主人公が心配していた。
もしもあの話が事実に基づいているなら。もしもここがあの作家先生の祖父母の家で、二人を心配したインスタグラマーがお金を渡しているなら。もしも祖父母がタンス預金をしているなら。
俺は両頬を強く叩く。たった一杯しか飲んでいないのに身体が熱い。風邪っぽいのかもしれない。こういう時は変なことばかり考えてしまうのだ。
「帰ろ」
呟くと、俺はまっすぐ家に向かった。