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【連載小説】Ep21:この街一番のツリーの下で

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/        Ep20


(読了目安2分/約1,500字)

Tue, December 24, 7:00 p.m.
Side Yukio Fujihara


 今日は終業式で、その後友達とお昼を食べに行って帰って来ると言っていた。夕方には帰るはずがいつまで経っても戻って来ず、一緒にいたはずの友達の母に連絡を取るとお昼の後すぐに別れたのだという。

 それを知ると、奏恵は取り乱して翼を探しに出て行った。熱々で届いたピザとフライドチキンはすっかり冷めて、冷蔵庫には夕方に届けてもらったクリスマスケーキが入っている。

「すみません。お腹すきますよね。先に食べて待っていましょうか」

 窓の外をじっと眺めていた私に、留守番となった敏子が気を遣って声をかけてくれる。

「この歳になると、あまりお腹がすかなくてね。どれ、少し散歩してくるよ」

 制止する言葉を笑いながら受け流し、私は外へ出る。

 翼はあの場所にいるような気がしていた。なんとなく、行くことを躊躇っていたあの場所。

 かつては鬱蒼としてクマが出るから近づくなと言われていた山が、今ではどこかわからないくらいに開けている。おそらく山のふもと、大きな、どこか教会のような荘厳なホテルが建っている。ガラス窓から中の煌びやかな光が漏れ、建物自体が輝いているようだった。

 私はゆっくりと入口の回転扉を押しながら中へ進む。床はタイルの美しい文様が広がり、壁には曲線を描く壁付けの照明が整然と並んでいた。温かな空気と賑やかな人の声。そして中央に置かれた、大きなクリスマスツリー。

 吸い寄せられるように、木の根元へ歩み寄る。規則正しく飾られたオーナメントが照明の光を受けて輝いていた。すぐそばで見あげると頂点の星が見えないくらいの高さだ。

 どこからか音楽が流れてくる。このツリーの向こう側で、弦楽器の演奏が始まっていた。この曲は、そう「きよしこの夜」だ。

 何年前だったろう。敏子が結婚して奏恵を授かった頃か。いや、もう産まれていた。初孫の顔を見て、お祖父ちゃんになったのだと自覚した頃だ。妻には先立たれ、子どもは自分たち家族にかかりきりになり、私は一人店先に座っていた。立ち寄ってくれる子どもたちと話をして、寂しさを紛らわせていた。

「藤原さん」

 後ろから声をかけられて、振り返る。そこに立派なスーツを着た男性が立っていた。五十歳くらいになるだろうか。胸に手を当て、目が潤んでいる。

 少し恰幅が良くなったが、昔の面影はしっかりと残っている。

「すずきゆういちろうくん」

 すぐに口をついて名前が出てくる。彼は昔と変わらない。頬を上気させ、八重歯を見せて笑う。

「ちょうど君のことを思い出していたよ。この曲を昔歌ってくれたね」

 お父さんが立派な企業に勤めていて、彼はそれを自慢していた。その態度が周囲に反感を買っていたらしく、いつも一人で店に来ていた。妻に先立たれ子も独立した私は、彼と二人で毎日のように話していた。

 ある時、合唱団に入り、友達ができたのだと嬉しそうに語ってくれたのだ。クリスマスの日にはその友達を連れて、モミの木の下でクリスマスの歌をいくつか披露してくれた。たくさん練習をしたのだろう。朗々と自信に満ちた声には、私を思いやる優しさとツリーに対する敬意がこもっていて、今でもはっきりと思い出せる。

「貴方に、ずっと見せたいと思っていました」

 私からツリーへと目を向ける。彼は冬が来る度に話していた。いつかこの街で一番のツリーを飾ってみせると。自分のことを嫌う友達の誰よりも、また尊敬する父親よりもずっと立派になって、誰よりも立派なツリーを飾るのだと。

「おかえり、ゆういちろうくん。とても、立派になったね」

 私の言葉に答えるように、彼は深々と頭を下げる。私は「もみの木」の演奏を聴きながら、その広くなった背中を見つめていた。


Ep22        \





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