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【連載小説】Ep3:この街一番のツリーの下で
(読了目安3分/約1,650字)
Tue, December 10, 6:00 p.m.
Side Shoma Oribe
てっきりただのお茶だと思っていた。だが確かにこんな時間だ。食事もしたかったからありがたい。とは思うが、ハイティーってそもそも何なんだ。ティーの値段がハイなのか。
「こういうお店なら先に言ってくれよ。俺、場違いだろ?」
一昨年から着ているフリースを両手で隠すように腕をさすり、身を縮こまらせる。対して気合いの入ったお嬢様スタイルの日菜が、安心させるように微笑む。相変わらずフリルの多い洋服だが、本人曰くロリータファッションではないらしい。この辺の線引きもよくわからない。
「大丈夫だよ。ハイティーはアフタヌーンティーと違ってカジュアルなの。それに翔真は何を着ててもカッコいいから」
俺を見つめる熱っぽい視線は嬉しいが、先ほどから料理を持ってくる店員さんはパリッと糊のかかったシャツだ。いっそフリースを脱ぎたいのだが、中はキャラもののロンTでますます脱げない。
「一度家族で泊まりにきたんだけど、その時にこのお店を見つけて翔真と来たいなって思っていたの」
Grande Eterna di Noteというホテルがオープンしたのは、たしか今年の夏頃だった。ホテル会社が帳面町の山を買い上げたという話題は当時毎日のように噂され、あっという間に山のふもとに大きな建物ができた。ケーブルカーで山の中腹へ上がるとヴィラがあり、帳面町の夜景と遠くには海が見えるらしい。インフィニティバスとかいう写真を見た気がする。日菜たちはきっとそのヴィラに泊まったのだろう。
俺には縁のないホテルだと思っていたのに、まさかそのホテル内のカフェに来ることになるとは思っていなかった。
「それにほら、他のお店のスイーツを食べるのも勉強になるかなって思って」
日菜のテーブルマナーを見様見真似で再現しながら、まだ手を付けていないスイーツを眺める。一応俺もパティシエの端くれだ。ティラミス、カンノーリ、バーチ・ディ・ダーマ。それくらいはわかる。だが参考になるかと言われるとそうでもない。俺が勤めているのはいわゆる街のケーキ屋で、子供の誕生日にピカチュウの絵を描くような店だ。オーナーもそう若くも無いし、二年前のカンノーリブームすらおそらく知らないだろう。
日菜は上品にフォークを動かしながら、野菜を巻いたローストビーフを口に運ぶ。その様子を盗み見ながら、ひたすら粗相のないように気をつけていて正直味がよくわからない。食べ方に必死で、そちらに集中しすぎていたらしい。
「ねえ翔真、聞いてる?」
「え、あごめん」
「もう。二十四日の話だよ。朝からのデートプラン、もっかい話そうか?」
「二十四日って今月? さすがに無理だよ。仕事休めない」
「火曜日だよ。定休日でしょ」
「クリスマスだからさすがに店は閉められないよ」
「えー、翔真休み取れないの?」
「オーナーに悪いよ」
「前から言ってたでしょ。今年の十二月二十四日は一日空けておいてって」
完全に頬を膨らませて拗ねている。その表情は可愛いが、まさか本気で言っていたとは思っていなかった。パティシエ相手にクリスマスを空けておけというのは無理な話だ。
「クリスマスじゃないよ。日菜の誕生日なんだよ。しかも二十歳の。絶対空けて。お願い!」
祈るようなポーズで瞳をうるませて俺を見上げる。俺だって叶えてあげたい。だがさすがに社会人としてそんなワガママは押し通せない。
「ごめん」
俺の短い一言に、日菜は一気に涙腺が崩壊する。周囲の客や店員が遠巻きに俺たちを観察しているのがわかる。
「わかった、わかったよ。オーナーには交渉してみる。でもできたとしても夜だけだと思う。さすがに昼間は無理だよ。それで許してくれ」
日菜はしゃくりあげながら無言で頷く。俺は息をついて、彼女のティーカップへ紅茶を注ぐ。温かな紅茶を一口含み俺を下からねめつけると、絶対だからねと念を押した。
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