
【連載小説】Ep20:この街一番のツリーの下で
(読了目安3分/約2,150字)
Tue, December 24, 6:30 p.m.
Side Yuta Inui
クリスマスイブ真っ只中に、俺は一人で何をしているのだろう。華やかな街にクリスマスソングが流れ、カップルとファミリーが街中を歩き回りシングルは鳴りを潜める。そんな日にひたすら聖地巡礼である。アマンディーヌちゃんの目撃情報のあった場所を周り、「こんな日まで大変ですね」と同情されるのだ。
お店の主人に愛想笑いをして礼を言うと、次のポイントへ向かう。タバコ屋の店主が、よくツリーの木の根元に飾りつけをしに来ているというのだ。クライアントからも遊ぶことが好きで、宝探しがとても上手なのだと熱く語られたことがある。確か、ほんの七十五分ほど。
タバコ屋の前のツリーはライトアップされ、カラフルに点滅している。その周囲には小さな子を担いだ若いファミリーに、中学生くらいのカップル。彼らは、ツリーを見上げてはいなかった。大きなツリーの根元を見つめる視線の先に、いた。
「あ、あ、あ、アマンディーヌちゅわあああん!」
マズった。思わず幻聴と同じ口調で呼びかけてしまう。ツリーのそばの人たちの、奇異なものを見る目が痛い。当の犬は垂れた耳をぴくんと動かすと、俺の方へ細い尻尾を振りながら近寄って来る。
間違いない。横腹にハートの模様がある。想像していたよりもまだ太っているし、わりと毛並みも綺麗なままだ。長期の家出だが案外良い生活をしていたのかもしれない。
アマンディーヌちゃんは咥えていたものを落とし、鼻先で俺に近づける。リボンのかかった紙袋。プレゼント用の包装だ。と言っても上部は犬の唾液でベトベトになっているが。
「おいおい。勘弁してくれよ。これどこから拾ってきたんだ?」
特に返事をしてくれる様子も無く、ひたすら俺の方へ紙袋を押す。心の中で謝ると、紙袋を開ける。中に入っていたのは、吹き上げ型の花火セットだ。こんな真冬に花火は珍しい。俺はつぶらな瞳と見つめ合うと、笑ってみせる。クリスマスイブにやっと会えたのだ。これくらいのご褒美をもらってもバチは当たらないだろう。最悪持ち主が現れたら再調達すればいい。
ハーネスとリードを繋ぎ、プレゼントを持って移動する。この家から二ブロック隣の公園には噴水がある。水辺の近くの平らな踏み石の上にセットすると、ライターで火をつけた。
程なくして吹き上げる花火は二メートルくらいだろうか。派手な音を立てて夜の公園に鮮やかな黄金の光が現れる。アマンディーヌちゃんは興奮したように吠え、細い尻尾をちぎれんばかりに振り回している。
冬にみる花火も乙なものだ。近くを歩いていた人たちが立ち止まり、歓声を上げるのがわかる。
完全に火が消えると、噴水の水を軽くかけ、次の花火をセットする。火をつけて離れると、また異なる趣の花火だ。黄色の炎は赤くなり白くなり緑色になり消える。
「どお、して」
余韻を楽しむ俺のそばに、荒い息をした少年がいた。走っていたのか、髪の生え際が汗で濡れて、肩で息をしている。茶色のランドセルを背負った男の子。見たことがある。タバコ屋のところの子どもだ。店主の孫、いやひ孫か。
「どうしてここにあるんですか」
その目が俺を非難するように見上げる。これは……おそらく、まさかの持ち主出現である。
「いや、なんだ。その、犬がどこからともなく取ってきたみたいで」
思わず胸の前で両手のひらを振ってみせる。そこでふと、気づく。
タバコ屋の子ども、ホテルの爆発の噂、巨大なクリスマスツリー、ホテルの上層部が取り合わなかった脅迫状。そして、季節外れの吹き上げ花火。
男の子のそばでクンクンと臭いをかいでいる犬に思わず問いかける。
「もしかしてこれ、あの新しいホテルにあったのか?」
俺の問いをわかっているのかはわからないが、アマンディーヌちゃんは俺の顔を見て二度吠える。少年が息を呑む。
「おじさん、どうして知ってるの」
これは、ビンゴだ。だが大人ぶって責める気も、得意げに説明する気もない。犬は見つかった。ホテルも爆発しなかった。今日はクリスマスイブだ。それで充分じゃないか。
「坊主、花火ってのはこういうところで遊ぶもんだぜ。正しく扱って楽しむことが、花火を作ってくれた人への礼儀だよ。わかるだろ」
固く口を引き結んだまま、俯いている。俺は少年の頭をガシガシと撫でた。迷惑そうに逃げ俺を見上げた少年に、大きく笑いかける。
「この街一番のツリーは、タバコ屋のおやじさんのとこのだよ。そんなの街中が知ってるし、どんなに高いツリーにだって負けねえ。だろ?」
乱れた髪の毛を直す手が止まり、目を見開いた。そして大きく頷く。
「あと三つあるから、これやったら家に帰んな。家族が心配してるだろうしな」
俺は次の花火をセットするとライターで火をつける。小走りで少年の隣に戻るとその場にしゃがみ、空に吹き上げる光を眺める。外側がパチパチと弾けるタイプのようだ。アマンディーヌちゃんがキャンキャンと嬉しそうに吠える。
「おー、これも綺麗だな。ツリーみたいだ」
「おおじいじのツリーの方がキレイだし」
少年が少し照れくさそうに口角を上げて呟く。
「だな」
それ以上は何も言わない。この夜二人と一匹は、黄金のツリーのそばにいた。
【特別出演者のご紹介】
乾ゆうた は、いぬいゆうた様のところからお借りしたキャラクター(?)です。
……早くクライアントへ連絡すればいいのに。
前回、三国志の朗読をされているというご紹介をさせていただきました。
お聴きになられた方はご理解いただけると思いますが、いぬいさんはただのアマチュア趣味人ではないです。詳しくはプロフィールをご覧いただいた方が早いかと。
ご覧の通りです。ガチのナレーターです。声のお仕事をしている人です。
そんな人が読む「三国志」、いかがですか。
またも関係ない話で恐縮ですが、仕事関係でCMやPVにナレーションを入れていただくため、録音に立ち会うことがたまーにあります。ナレーターの方々はすごいです。こんなふうに、という指示を的確に反映してくれる。私は同僚が半笑いで止めるくらいに細かい指示をしてしまうのですが、嫌な顔(声)せずにチャレンジしてくれる。ほんとにありがたい存在です。
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