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【連載小説】Ep8:この街一番のツリーの下で

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/        Ep7


(読了目安3分/約2,250字+α)

Sun, December 15, 2:00 p.m.
Side Yuta Inui


「一体どおしてわぁたくしのアマンディーヌちゃんが見つからないんですの?」

 やはり生で聴くこの声は脳天に響く。俺は今日六度目の説明をもう一度繰り返す。

 前衛的顔面アートは怒りの表情だ。何かに似ている。ああ、分かった。歌舞伎の連獅子だ。眉が濃く、目の周りのメイクが隈取りになっている。これは終盤に頭を振り回すかもしれない。

「チラシの配布に目撃情報の聞き込み、独自のネットワークも駆使して探しております。行政機関で捕獲・収容もされていないのは確認できていますので、殺処分といったことは無い――」

「あるわけないでしょ! あってたまるもんですか! 人殺し!」

 ……いや、犬は人ではないし、俺が殺すわけでもない。思わず言い返しそうになり、無理やり言葉を飲み込んだ。言い返せば火に油を注ぐだけだ。

「わぁたくしの声はちゃんと流してくださっているの?」

「勿論、最大限利用させていただいております」

 迷子になっているペットは飼い主の呼び声に反応することが多い。そのため、彼女の声を録音して、公園の茂みや見通しの悪い夜にその声を流しながら探すのだ。しかし、正直なところ初日しか使っていない。夜中に「アマンディーヌちゅぁあん」という声を流していたら、通り過ぎる人には不審者と間違えられ悲鳴を上げて逃げられるわ、竹刀を持って家から飛び出してきたじいさんに一時間も説教されるわと散々な目に遭っている。

「探偵さん、本当にちゃんと探してくださっているんですよね。ああもう毎日毎日アマンディーヌちゃんのことが心配で、お分かりになりますでしょ? わぁたくしこの一週間で二キロもやつれてしまって」

 誤差だろう、とは口が裂けても言えない。彼女はそう言いながら机に置きっぱなしにしていた北海道土産の五勝手屋の丸缶羊羹を取り、話しながら器用に食べ始める。迷いなく糸で切って食べるあたり玄人だ。

 出涸らしの緑茶を湯呑に注ぐと、今度は羊羹を食べながら泣き出していた。

 腕時計をチラリと確認し小さくため息をつく。正直なところそろそろおいとま願いたい。昼食を兼ねて外出し、捜索を再開しようとした矢先に押し掛けて来て、早二時間。ずっとこの調子だ。毎晩電話で活動報告をしているし、面談での調査報告も一昨日したばかりだ。アポ無しだからと追い返すわけにもいかず招き入れたら最後、ソファから一切立ち上がらない。前回と同じ手が通じるだろうか。

 羊羹を食べ終わりお茶を飲み干したのを確認すると、そっとクライアントのソファのそばに膝をつく。無言で差し出した手に、彼女は何度か小刻みに頷き手を重ねた。これは……いける。

 安心させるように微笑み紳士的な態度でゆっくりと玄関へ誘導する。扉の前で振り向いた顔は前回ほど酷くはない……というか原型は、留めている。

「探偵さん、頼みますよ。必ずかならぁず、わぁたくしのアマンディーヌちゃんを」

 俺は大きく頷きながら、感情が盛り上がりそうになる女性をそっと押し出……せなかった。前回より二キロ減っているというのはガセだろう。プランBだ。

「ちょうど私も出るところでしたので、一緒に下まで行きましょう」

 そういうと手早く片付け、コートと帽子を取り、彼女の背中を押して一緒に階段を下りる。ビルの下には想像通り黒塗りのベンツが停まっていた。

「わぁたくしのアマンディーヌちゃんをお願いしますわね」

 大きく頷きながら、運転手の開けたドアの中へ体を押し込む。程なくして発車し、ようやく俺の昼休憩がやって来る。

「さっきの人って先週も来られてたお客さんよね」

 突然後ろから話しかけられ、思わず仰け反った。大家さんが竹ぼうきを持ったまま、車の走っていた方を眺めていた。

「あ、お、おお大家さん。ええ、その。ワンちゃんがいなくなってしまったらしくて」

 飛び出しそうになった心臓を落ち着かせながら、世間話に興じる。家賃のことを思い出させてはいけない。

「ワンちゃん? って犬?」

「え? ええ」

 鋭い目で見あげる大家さんに、またも心臓が飛び出しそうになる。

「もしかしたらその犬かしら」

「え? ご覧になったことがあるんですか? ピーグルなんですが」

「いや、見たことはないの。ただずっと困ってることがあって、野良犬じゃないかと思ってたのよ」

 竹ぼうきを持ったまま、ちょっとこっち来て、と手招きをする。ついて行くと大家さんの畑にたどり着く。

「わたし、色々なお野菜を育てるのが趣味なんだけど、時々この畑が滅茶苦茶に荒らされるのよ。犯人を捕まえようと思っていつも家の中から見張ってるんだけど、必ずわたしが見てないときを狙って荒らすのよ。信じられる?」

「はあ、それは困りましたね」

 神妙そうな顔をして口元を押さえる。窓から飛び降りた際にカブを踏みつけた記憶が鮮明に蘇る。

「あ、そうだ。乾さん、監視カメラとか持ってないかしら。その場で捕まえることはできないけど、姿だけでも――」

「いやいやいやいやいやいやいやいや! 大家さん、そこまでしなくても! ほら犯人は先ほどのクライアントの犬ですよ。もうじき見つかれば畑が荒れることもなくなりますし」

「そう? まあもったいないわよね」

「そうですよ。配線とかも要りますしね」

 悪い、アマンディーヌちゃん。はやく見つけてやるから俺の罪も被ってくれ。お前のクライアントから謝礼さえ入れば家賃が支払え、窓から飛び降りることも(しばらくは)無いのだ。

「早く見つかると良いわね」

「ええ本当に」

 俺は心の底から同意する。


Ep9        \




【特別出演者のご紹介】

乾ゆうた は、いぬいゆうた様のところからお借りしたキャラクター(?)です。
前回予告した通り、犬が見つかるまでお付き合いいただきます。


いぬいさんと言えば、北海道。

北海道へは一度も行ったことがないので、ざっくり札幌と釧路と稚内の位置関係くらいしかわかっていません(しかも札幌と釧路をよく逆に覚えていたりもする)。

一度だけお会いしたことがありますが、白い恋人をくださったイメージが強いです。
なのに今回出させてもらったのは、かねてより存在の気になる羊羹。
「迷いなく糸で切って食べるあたり玄人だ」と表現させていただきましたが、食べ方にお作法がある羊羹のようです。
食べ方は、羊羹屋の社長さんのYoutubeチャンネルで丁寧な説明がなされています。



……いぬいさんではなく羊羹の紹介になってしまいました。。。すみません。。。





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