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【ショートショート】誘惑銀杏 #毎週ショートショートnote
春に出逢った時の彼女は無垢だった。僕の言葉や行動に少し戸惑いながらも微笑みを返し、全身で答えようとする姿が健気で、懸命に向き合う彼女の眉間に皺を寄せてやろうと悪戯心が働く。彼女の心を自在に動かす自らに酔い痴れる。
そんな遠くへ追いやられていた記憶が水を得て、つい昨夜のことのように想い出される。今掬ったばかりというような両掌に一杯の銀杏を慎重に抱えて彼女は訪ねてきた。
彼女はテーブルの向かいに座り、ナッツクラッカーで一つずつ丁寧に殻を割る。ぴったりと実に張り付いた薄皮を眺めながら、これはすべて貴方のおかげなの、と嬉しそうに微笑む。言葉の真意を掴めない僕をテーブルに残し、彼女は鮮やかな黄色のフレアスカートを揺らし鍋で銀杏を茹でる。薄皮が綺麗に剥がされ仄かに黄緑色がかった艶々と輝く銀杏の実は、粗塩を纏い皿に乗せられ僕の前へ姿を現す。
僕は勧められるままに茹でたての銀杏を口にする。奥歯で弾けるように実が細かく砕かれるものの、どこかねっとりとした独特の風味が僕の口中を支配する。茹でたての瑞々しいはずの銀杏と粗塩が僕の水分を奪い、ほろ苦さだけを残していく。この香りと味が、この部屋で彼女を味わったあの春の日を想い出す。彼女は銀杏に似ている。
さあ食べて。これはすべて貴方のものよ。
彼女は銀杏を摘まむと僕の口へ運ぶ。素直に開いた僕の口に入る銀杏と粗塩と指先を僕は幾度となく堪能する。
(593字) ←がっつりオーバー
たらはかに(田原にか)様のいつもの企画への参加です。
月初は甘口ウィーク……だったはずなのに甘く感じないのはどうやら私が鬼ヶ島に行っている間に感覚がズレていたのだと理解。みんな普通にアップしてるもんね。親分は悪くない🐤
鬼ヶ島滞在時に知ったのですが、おだんごさんによると人間と桃もそういうことができるらしいので、銀杏もあるよねというお話でした。食べ過ぎには要注意。
ところで、銀杏ってスーパーレアな存在らしいですよ。言われてみればこれって銀杏? 銀杏じゃない? って悩む樹木、無いですよね。勉強になりました。
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