わたしが使える魔法
「じゃあ香水は?」
「えぇ…僕は強いにおいとかニガテですかね。」
「いや、君の感想でしょそれ」
「だって!あげたらつけて欲しいじゃないですか!」
いやどっちだよ、嫌じゃないんかい。
後輩の男の子についてきてくれと頼まれて、3回分のドリンクチケットと引き換えにやってきたのは化粧品売り場。
意中の相手の誕生日が来週なのだとか。
数年の片想いを経てようやく食事の約束を、それも誕生日に取り付けたものの相手の好みがまったく分からなくて贈るものが決められないどうしたらいいですか助けてください!
と、ものすごい勢いで泣きつかれた。
その子とは成人式で再開してビビッときた、
雑貨や日用品はなんか軽い感じがするから渡したくない、とのこと。
「高いものを渡して財力アピールはみっともないと思うけど?」
「違うんですよ!いや安物はたしかにイヤなんですけど、なんかこう、コスメ?とかアクセサリーとかそういうのってほら、一生大事にしてくれそうじゃないですか!」
重い。初手で一生モノを贈ろうとしているのか。もし仮に前々から猛アタックしていたとしてもさすがに引かれるのでは?
…でもまあ、気持ちはわからなくもない。
なら、やっぱりここは。
「おすすめはやっぱ香水だなー」
「なんでです?センパイはともかく、女子ってみんな香水好きなんですか?」
ともかくってなんだよ。
「好き嫌いはわかれるよ。君みたいに強い匂いとか人工的な匂いが苦手って人はいる。そもそも香りの好みって色々あるし贈り物としてはかなり上級者向け。」
「ムズいんじゃないですか!」
「まあね」
でも君みたいなロマンチストにぴったりの理由があるんだよ。
「相手の好みがわからないなら、君からみた彼女を贈りものにして伝えてあげたらどうかと思って。」
「え、なにそれどういうことです?」
ほら食い付いた。
「色、形、名前、イメージ。その香り以外にも香水にはたくさんの要素があるよ。なにで決めてもいい、彼女に持ってて欲しいとか、彼女っぽいなと思う1つを贈るの。」
「でも好みじゃなかったら?」
レスポンスが先程までとは段違いに速い。この後輩は本当に素直だ。
「いいんだよ。それを贈った君との時間が大切になっていけば、好みとか関係なくなるから。」
「関係なく?好きになるんじゃないんですか?」
好きになるかどうかは君と過ごすこれから次第だろうね、言わないけど。
「一生とっておくとか使い続けるって、アクセサリーもコスメも難しいよ。アクセサリーは丁寧に保管しないといけないし、コスメには使用期限があって捨てなくちゃいけない時が来る。デザインも色も歳を重ねるとどうしたって似合うものが変わってくるし。」
そういうものですか…とあからさまに肩を落とされた。そういうとこだぞ。
「でも香水だって同じじゃないんですか?」
「使うならね。だけど瓶のまま放置した香水は香りが飛んで薄まるだけで悪臭を放ちはしないよ。」
ちゃんと保管したいなら日光を当てないようにとか温度や酸素など気を配る必要はある。ただ香水は化粧品と痛み方が違う。使うことを目的としないなら気になるのは、次第に色あせるのと落として割ったら臭いことくらいだろうか。
ああ、劣化はするから10年以上前の香水とかなると流石に肌につけるのはやめた方がいいかな。布につける分には構わないけど。
「保管しやすいし素敵な見た目なら使わなくても気分が上がる。使わずとも目に入る度に君を思い出すだろうし、大事な時にだけ使う宝物になるかもね?」
「なるほど…ちょっと僕ひとりで探したいのでセンパイは待っててください!」
いま渡したいものは香水だ、と思い込ませることにどうやら成功したようだ。後輩はズンズン店に入っていく。
あとは待つだけなのだろう。適当なベンチに座り目的もなくスマホの画面をつけたり消したりする。
私は香水が好き。
好みじゃなかった香りでさえも今となっては大切なもの。
そもそも毎日は振らないけれど、ある日ふいに今日はこれを付けようかなと思い立つ。
それをまとって過ごした日々がゆっくりと溶け込み、香りは思い出の栞になる。
また香水の蓋を開けた時。
染み込んだ思い出が香りに乗ってよみがえる瞬間の、魔法のような感情のゆらぎがたまらない。
いつもと何も変わらない景色だって思い出の魔法にかけられた日は違った色を見せる。
いつか見た花の名前を調べたくなるし、あの日交わした言葉をもう一度噛みしめたくなってしまう。
加えて、人から貰ったものならその人の想いも感じられる。開けるたび溶けていく新しい思い出。写真や文章より自由で軽く、それでいてこころの奥の方まで素早く入り込むような。
そんな目に見えない記憶にいつまでもときめく。
何者でもない私が魔法つかいになれる、そんな香水が好きなのだ。
「ま、君には教えてやんない」