雑文、小説「つゆ草」
某賞に応募してだめだったやつ。載せます。
つゆ草 酒部朔
駅前の新しくできたチェーン店の居酒屋に、一室だけ大部屋があったので、現場の若いものを連れて飲みにいく。
酔った帰り道何人かで、河川工事の視察なんて言って月寒川に向かった。
ここは小さい頃ウグイをトンボと木の枝で釣ったんだこうやるんだ見ていろよとかやっている間に、みんなはいなくなったようで。だいたい夜中にトンボなんかいない。
尖った葉が群生している所に突っ伏して眠ってしまった。
あの時から、酒には飲まれるようにしている。みんなもわかっていて放って置いてくれる、流石に外で寝始めたら起こしてくれてもいいと思うが。
会いたいな会いたいよ、と流行りの歌が聴こえる。つまらない歌だ。
夢の中で大事な約束をした気がする。
起きたらシャツが湿っていて、青紫の花がみなこちらを見ていた。いのちの濃い気配がする。露草だった。
白いシャツに青紫の染みをつけて歩いていると妖精に声をかけられた。これは妖精だと思う。輝く邪悪な気配をした尖った蝶。
オニイサン、ギシキ、シタノ?
儀式とは。妖精とは。
帰り道の知らない新築のコンポストのバケツにシャツを捨てて歩き出す。職場には休みますの電話を掛けなくては。二日酔いがひどい。染みは体に染み込んでいた。何かの模様のようだった。早朝でよかった。面倒なことになった。
妖精が、露草の汁を愛おしそうに舐めにくる。何匹も。
オニイサン、ギシキシタノ。クルよ。
来るってなんだ。
なんとか振り払い自宅の玄関の中に逃れた。
ぶううんとスズメバチが飛ぶような音が聞こえる。耳を澄ませながら部屋の奥に入る。その音は妻の仏壇の位牌が震える音だった。高速で。写真の妻は相変わらずつまらなそうな顔をしているのに黒い物体だけが震えている。
恐ろしくなって浴室に駆け込み、露草の染みを冷水で擦った。ボディーソープを何度も押してそのまま体に擦りつけた。水の音しか聞こえない。水の音しか聞こえないんだ。
三十分もそうしてただろうか。浴室から足を踏み出すと、ぱきという乾いた音がした。見ると、つまらなそうな顔の妻の写真立てがそこにあった。
妻の背景に蝶がぎっしり写り込んでいた。
ここは、さっきの露草の場所だ。
買い物にしか使わない軽に飛び乗って、月寒川の河原に行った。
いた。
妻がいつものエプロンをして胎児のポーズで露草の中に。
ただ明らかに白い。死んでいる。
脇に手を入れて、誰にも見つからないうちに軽の中に引っ張り込む。
外で飲まなくなった。
家で話すようになった。あの頃より。
簡素だった仏壇は叩き壊した。位牌は怖いから月寒川に捨てた。
食卓のテーブルにいつもきみがいてくれる。ちょっと倒れるから縛ってるけど。
正直に言うと、きみには依存していました。いなくなって寂しかったんです。
相変わらず、妻はつまらなそうな顔をしている。それはおれだけに見せる表情だった。
あれからテーブルに花と牛乳を欠かさない。
妖精はそれが好きと聞いた。露草の季節は露草を。
おわり
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