柑花物語
もうすぐ人生で2度目の結婚記念日が訪れる。
そんな私は今、1歳2ヶ月の息子と駐車場のブロックに座り、コンビニで買った缶チュウハイを片手にやけ酒している。息子は大好物のきゅうりを美味しそうに食べていた。
はじめての記念日は、生後5ヶ月になった息子と3人で迎えた。
感染症のリスクもあったので近所の遊園地に行った。
遊園地なんて久しく行ってなかったので、「もう立派な大人になったし、こんなところつまらなそう」と乗り気ではなかった。
その反対に旦那は無邪気な様子で「何から乗る?」なんて周囲を見渡しながら楽しそうな表情。
子供みたいだなと呆れながらも、彼の表情や行動を見ていると少し楽しい気持ちになった。
「あれ、やろう!」
指をさしたのはバスケットボールをリングに入れて点数を競うゲーム。
遊園地にきてやることなのかと疑問に思ったけれど、わたしも彼も元バスケ部として腕がなった。
【60点以上で景品ゲット!】と書かれた表示を見て2人で勝負する流れに...。
結果は2人とも60点に届かず、引き分けとなった。
「これ、60点って1本も落とせなくない」
「そう簡単に達成したら赤字だからね」
彼の言う通り、9割入れても50点代しか取れなかった。最後はヤケになって2人がかりで挑んだ。
3回目の終わりにはもう腕が上がらないほど疲弊していた。
ふと隣で遊んでる男の子を見ると目があった。真剣にゲームに挑む自分を思い返して、なんだか急に恥ずかしくなった。
日が落ちてきた頃、観覧車に乗った。5年ぶりくらい。どんどん高くなって、下にいる人が小さくなる。
また来年も3人で乗れたらいいなと願った。
家に帰るとシャイな彼が柄にもなく薔薇の花束をプレゼントしてくれた。予想外のサプライズにとても嬉しかったことを覚えている。
ドライフラワーにして残しておこうとしたけれど、綺麗好きな彼に処分されてしまったのは少し悲しい記憶だ。
写真フォルダを見返すと、幸せそうに笑う私と息子の写真が出てきた。
美しい思い出に、涙が溢れた。
近頃、旦那と喧嘩や言い争いが増えた。
些細な言動に不満を感じ、女として見てくれてないと嫌になった。
「このままなら、一度離れたい。」
口に出したのはわたし。父親として子育てに全力を注ぐ彼は立派な父ではあったが、男としての魅力を感じなくなってしまった。
わがままなことかもしれないが、私と2人のときくらいはカッコ良い男性であって欲しかった。
デートもしたいし、甘い言葉もほしい。サプライズやプレゼントだって付き合ってた時はしてくれたのにな。
わがままなのはわかっていたけれど、周りの未婚の友だちがSNSであげる彼とのエピソードと比べてしまってモヤモヤした。
「わたしのこと、もう女として見てくれてないのかも。」
「釣った魚に餌をやらないってこういうことか。」
と、考えるほどネガティブな気持ちになった。
もうこんな気持ちになるくらいならいっそ、事実婚にして子育てに励むパートナーという関係になった方が楽なんじゃないだろうか。
もし、このままお互いが冷め切ってしまったら夫婦生活を送るのは難しいのでは。
彼に正直な気持ちを伝えると、
「気持ちはわかった。でも俺はちゃんと好きだからそれを聞いてショックだった。事実婚なんて複雑なことはむりだから、離れたいと思うなら離婚しよう。」
と言われた。
「離婚」という2文字の重さに息が詰まった。
私はそこまでして彼と離れたいのだろうか。
その日は疲れて寝落ちしてしまった。
翌日、日曜日は息子と3人で出かける日。
ショピングに行き、新しい服と下着を見に行った。旦那は子供の面倒を見ていてくれた。
店内で試着する1人の女性が目に止まった。
「わー、かわいい♡」
楽しそうに選ぶ彼女の表情はとても魅力的で美しかった。
「うーん、悩むなあ。どっちにしよう...」
彼女が悩んでいると、お店の雰囲気には似合わないカジュアル(でも、きちんとおしゃれ。)な男性が入ってきた。
そして鏡の前で吟味する彼女の隣に立った。
男性の存在に気づいた彼女は満面の笑みで、
「ねえ、これかわいくない?迷ってるんだけど、どっちがいいかな〜」
と彼にきいた。
「どっちも似合うけど、こっちが俺は好きかな。」
少し照れたように彼女の服を選ぶ男性。
「じゃあ、こっちにする♩」
そう言ってレジに持っていった彼女の横で、さりげなくカードを出して支払おうとする。
「え、買ってくれるの???ありがとう!!」
彼女の嬉しそうな顔と、それを見て満足げにカッコつける男性の姿がとても羨ましくて、すごく切ない気持ちになった。
私が服を選んでいるあいだ、息子の面倒を見てくれている優しい旦那なのに。
モヤモヤした言葉にできない想いが募った。
その日の夜、お昼ご飯を食べ損ねたせいもあってとてもお腹が空いていた。
せっかくの休日だから一緒に食べたいなあと思っていたのに「自分の分は自分で用意して食べるから良いよ」と言って、わたしが息子を抱いている横で1人で黙々と食べていた。
心底、ムカついて態度にもでた。
空腹でイライラして、「お腹すいたんだけど」と言ったら「なんなんだよ」と大声で怒鳴られた。
息子を抱きながら泣いた。大人げないくらい大声で。
でも誰も慰めてはくれない。大人だから。
しばらくして、イライラが収まらず息子を連れて家を出た。
コンビニに行き大量の食べ物と酒を買い込み誰もいない駐車場の階段で座り込んでヤケ酒をした。
息子は無邪気に階段を上り下りしたり、野菜スティックを美味しそうに頬張ったりしていた。
そんな自由奔放で天真爛漫な息子をぼーっと見ていると、だんだんイライラがなくなっていった。
いい感じにほろ酔いになった頃、息子が叫びはじめたのでわたしも真似して大声を出してみた。(近所の人からクレームがなくて良かった。)
大声を出すと気持ちが軽くなった。息子を抱き上げてグルグル回ると、ケラケラと顔をクシャクシャにして笑っていた。気づけばつられて笑っていた。
2時間くらい経ったくらいだろうか。息子が眠たそうに目を擦っていたので流石にかわいそうになって自宅に帰った。
旦那は1人で背中を向けて寝ていた。
わたしは息子と布団に入りその日は、疲れていたのかスッと眠っていた。
翌朝、目が腫れて頭もズキズキと痛んだ。最悪な寝起きだ。
もう旦那は仕事に出ていたので、息子を保育園に送った後、シャワーを浴びてソファに座り昨晩の出来事を振り返った。
どうしたらこの喉に小骨が刺さったような感情は消えてくれるのか。
考えても答えは見つからず、その日は仕事に没頭した。
PC作業をしていると昼過ぎくらいに義母からの連絡。電話がかかってきたが、直接話す気持ちになれず出なかった。
「お疲れ様です。何かあったのかと心配しています。悩み事はいつでもお母さんに話してね。」というラインのメッセージが入っていた。
詳しく問い詰めない優しさが心に滲みた。
「少し喧嘩して、話し合ってみます。解決できなそうになったら相談します。」と返事をすると、「お母さんにいつでも甘えてね。女性として、お母さんとして、輝ける人生でありますように。」と言ってくれてまた涙が溢れた。
その日の夜、わたしは彼にちゃんと話し合おうと提案した。
「家族になってもお互い男女としていたい」と、素直な気持ちを伝えると彼は「今は育児と仕事で余裕がなくて100%答えられない」とはっきり言われた。
“人を変えることはできない。自分が変わるしかない。”
どこかで見た格言を思い出して、義母には「わたしも自分のことばかりだったので我慢します。」と伝えた。
そしたらすぐに返事が返ってきた。
「わたしも色々経験して100%相手に答えることはできませんでした。でも少しずつわたしも相手も大人になり成長していきます。寂しいなあと思うこともあると思います。その原動力を仕事に変え、人は変わっていきます。今、彼は自分なりに精一杯育てていると思います。わたしも遠くに離れているので心配です、何かあったらお母さんに連絡ください。協力できることはします。今年のお正月はみんなで温泉旅行にいきましょう。予約とります。もし、こんなことをして欲しいということがあれば、遠回しに電話で伝えるのでいつでも甘えてね。かわいいお母さんの娘、元気出してね。いつもありがとう。」
すごく愛情の深い、かっこよくて美しい女性だと思った。
わたしも義母のような女性になると誓った。
一方的に愛を求めるのではなく、愛を与られる女性に。
品があって、色っぽくて、刺激的な魅力ある女性。
それでいて、どこか母性を感じ、つい心を許してしまい、そばにいると癒される。
弱音を溢したとき、ポジティブな気持ちになって背中を押してくれる。
ミカンとスパイスのビール「柑花」は義母のような女性をイメージして完成した。
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