【エッセイ】映画と母の不安
映画のことで、もう一つ印象に残っていることがある。
もう10年以上前のことだ。
当時僕はまだ学生で、勉強そっちのけで登山に打ち込んでいた。
夏は2週間くらいは山に入りっぱなしだったし、年末年始も雪山で過ごした。休みがあれば、山へ入った。
うちの家族はそんなにアウトドアに打ち込む人間はいなかったので、
結構心配をかけていたと思う。
ある時、試写会が当たったということで、めずらしく母は姉と一緒に映画を見に行った。
母たちが見に行ったのは「Into The Wild」という映画だった。
試写会から帰ってくると、母は憔悴した様子で、
「辛い映画だった」と一言。
僕は、姉から映画の大雑把なあらすじを聞いた。
大学を卒業した主人公が、家を飛び出して山で野宿したりという放浪の旅に出るのだが、最終的に山のなかで人知れず餓死してしまうのだ。
母は、自分の息子と映画の主人公を重ね合わせて、最悪の未来を想像してしまった、と知る。
母は「気をつけて」とは言うものの、僕がやりたいことを止めるようなことは一度も言わなかったが、いつも相当心配していたんだと感じた。
そして、絶対に山で死んではいけないと強く思った。
何年か経ってから、僕はその映画をようやく見た。
その時、僕は社会人になっており、登山は続けていたもののその頻度は少なくなっていた。
映画のあらすじはこうだ。
主人公の青年・クリスは、裕福な家庭で育ち、優秀な成績で大学を卒業する。
ロースクールに進学することを両親に期待されていたが、家庭の不和や物質的な豊かさに嫌気が差し、家を飛び出し放浪の旅に出る。
クリスは、ヒッピーの夫婦など様々な人との出会い、そして自然の豊かさに触れ、自身の求めていた世界がそこにあると感じた。
当初の目的地であったアラスカに向かったクリス。荒野に打ち捨てられたバスを発見し、そこを拠点として生活を始める。
しかし、徐々に食料が底をつき始め、生活は限界に近づく。街へ戻ろうとするクリスであったが、雪解け水で川が増水し、閉じ込められてしまう。
とうとう食料は底をつき、空腹に耐えかねたクリスは見つけた野草を食べるのだが、その植物には毒性があり、苦しみ衰弱して亡くなってしまうのである。
この映画には原作があり、青年が放浪の末にアラスカで死体で発見されたという事件を元にした1996年のノンフィクション作品だ。
映画を見て、僕は思った。
当時の母が主人公と僕とを重ね合わせたのは分からなくないが、
この主人公は登山好きとかそういうのとも違った。
そもそも僕には放浪癖もない。
自分の場合、山で事故に遭って死ぬ危険はあったかもしれないが、
映画の主人公の死因は餓死なのだ。
当時、母を心配させていたことは申し訳なく思うが、
主人公と自分とがかけ離れていて、少々呆れてしまった。
映画を自分に重ね合わせて、ネガティブな想像をするのは、母ゆずりだったのかもしれない。
一方で、当事者は案外なんとも思っていないものなのだ。
ただ、主人公と共通していることが一つだけある。
僕もアラスカにはぜひ一度行ってみたい。
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