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二時頃の若者たち

aikoを好きになる男性は多い。有名人だけでも、安田顕さん、King & Princeの高橋海人さん、織田信成さん。KingGnuの井口さん、Official髭男dismの藤原さん、川谷絵音さんなど、ミュージシャンの中にもファンは多い。

僕にとってみれば、男性がaikoファンになることは自然の摂理のようなものなので、男性aikoファンという存在に何の疑いも持ってこなかった。でも、ある一定の人たちにとって、男性aikoファンというものは非常に不可解な存在であり、考察すべき対象のようだ。ならば、お返しにそんな考察の考察をしようと思う。

この記事によると、aikoがある種の男たちを吸引する理由は2つあって、それは「変わらなさ」と「前時代的な女の子らしさ」だという。

aikoはアップデートしない。20代でも30代でも40代でも、作る曲はずっと同じ、一途な女の子の恋の歌。ずっとポップ。ずっと青文字系。ずっと前髪重め。ずっと前時代的。健気なオンナノコの冷凍保存。その安心感に、ある種の男たちはどうしようもなく吸引される。

「令和にaikoの魅力について40代男性が考えてみた」

僕は明らかに、この筆者によって「ある種の男たち」に分類されるだろうから、意見を申し立てる権利はあるだろう。とりあえず、ずっと青文字系でずっと前髪重めなところは合っている(そういえば、中学のときaikoが出ていた号のZipperを勇気を振り絞って買ったな)。ずっとポップというのもまあいいだろう(ロックだったりアロハだったりすることもあるけど)。

でも、それ以外の部分は受け入れがたい。健気なオンナノコに感じる安心感って、あなた、ちゃんと「ばいばーーい」とか聴いていますか?この曲を聞いていたら、とてもそんな言葉は出てこないはずなんですけど。

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話はそれるけど、最近、カツセマサヒコさんの『明け方の若者たち』を読んだ。内定が決まった大学生の飲み会で出会った「僕」と「彼女」の出会いと別れの物語で、北村匠海と黒島結菜で映画化もされている。ストーリーは、なんというか、とても北村匠海向き。そして、黒島結菜はミステリアスで無邪気な女の子をうまく演じていた。

◆注意◆ 以下の内容はネタバレを含んでいます

真っ当な感想なのかファンのこじつけなのかは読者の皆さんに判断してもらいたいけど、この小説を読んでいて、僕は随所でaikoを思い浮かべた。例えば、「僕」と「彼女」の喫茶店での別れ話のシーン。

「一応聞きたいんだけど」
「うん」
「嘘でもいいんだけど」
「嘘は言わないよ」
「いや、嘘でもいいから、言ってほしくて」
「何?」
「少しは、好きでいてくれた?」

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

相手のことを好きで仕方がないのに、恋を終わらせなければならないときに、相手に対して「自分のことを好きでいてくれたか」と問いかける。

「二時頃」だ。

ひとつだけ思ったのは あたしのこと少しだけでも
好きだって愛しいなって思ってくれたかな?

二時頃

aikoの場合は、受話器の向こうにはバニラのにおいがするtinyな女の子がいた。明け方の若者たちでは、「僕」が恋した「彼女」は既婚者で、「僕」は東南アジアに単身赴任していた商社マンの夫の代理にすぎなかった。そして、「僕」は最初はそんな「彼女」の沼に嵌らないように努力したが、うまくいかなかった。結局、「僕」は「彼女」に完全に縛られ、追い詰められてしまった。

…引き返そう、と思ったころには、退路は断たれ、彼女しか見えなくなっていた。「彼女のいる世界」は「彼女しかいない世界」と同義であった。

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

「くちびる」だ。

たった今すぐ逢いたいってあなたが思っていてほしい(…)
あなたのいない世界にはあたしもいない

くちびる

カツセさんの小説を読んでわかるのは、男にだって二時頃は訪れるし、そこから夜が明けていくまでの間、aikoの歌に出てくる女の子のようにもだえ苦しむこともある、ということだ。

ここまでくれば、例の考察記事の著者が何を間違っていたかは明らかだろう。それは、女性は必ず「あたし」の目線を通して、そして男性は必ず「あなた」の目線を通してaikoの曲の世界をみていると思っていることだ。でも、aikoに吸引されるある種の男たちが自分自身を投影しているのは、けなげな「あたし」を見つめる「あなた」ではない。彼らが自己投影しているのは、「あなた」ではなく「あたし」なのだ。

男女の恋愛観の二分法は話をわかりやすくする。「昔の恋愛の行先、男はフォルダ(名前を付けて保存)、女はゴミ箱(上書き保存)」という言い回しもその類だろう。でも、先週の「JK RADIO TOKYO UNITED」にゲスト出演したaiko自身がこのステレオタイプを否定していたように、単純な二分法では割り切れない感情を歌っているからこそ、男女問わずaikoの曲に吸引されるのだろう。

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ところで、『明け方の若者たち』の最低な「彼女」が、ひとときの恋の相手として「僕」を選んだ理由は「横顔が、夫に似ていたから」だった。

胸は風を切って 横顔に恋をした
あたしはとても切ない

横顔

横顔に恋をした「彼女」もaiko的世界の住人なんだな、と思ったところで僕は確信する。カツセさん、あなた、絶対aikoのファンでしょ。

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