ショートショート 看板
仕事終わりの電車の中、僕はいつも窓の外を眺める。都会に比べたら田舎の街並みは夜になると真っ暗で、窓に反射している僕の顔だけはっきりと見える。そんな暗闇の中、唯一目に入って来る景色は店の看板だ。人気の飲食店や会社の名前が書いてある看板が窓の端から端を通り過ぎていく。
僕は色んな看板を見てその街の想像をする。
「この街の人たちはこのレストランで食べてあそこのスーパーで買い物をするんだろう。」などと帰りの電車の中、何気ない事を考えてしまう。
しかし、僕にはずっと気になっている看板がひとつある。大きな電子看板なのだが何も書かれていない。ただ白いカンバスのような看板が毎日仕事帰りに一瞬映る。電気代もかかるだろうし、誰かが何も書かれていない、なんの広告にもならない看板を立てて、それをそのままにしている。おかしな話だ。
僕はここ数年、この謎の看板が窓に一瞬映る度不思議で仕方なかった。ただ、家から少し離れているし電車も1時間に1度しか来ないので、気にはなるが最寄りの駅で降りて見に行くようなことはしなかった。
だがある日の金曜日、僕はなんとなくその看板の近くの駅で降りることにした。誰もいない駅だった。思えばこの駅で降りていく人を見たことが無いし周りに家も立っていない。
誰のための駅なのだろう。そういった疑問を持ちつつ僕は街灯を頼りに、あの白い看板の方角に進んでいった。
20分ほど歩き、ようやくたどり着いた。あの白い看板だ。周りには何も無く、道のすぐ横にポツンと立っている。近づいてみると意外と大きく、看板を支えている二つの柱は7~8メートルほどあり、看板自体はサービスエリアでよく見かける大型トラックの大きさをしていた。
しかも看板は見た感じコンピュータのスクリーンを写しているかのように白く若干チカチカしているのが分かる。店か何かが隣にあるのかと想像していたがそうでも無い。何の目的で立てられたのか?謎は深まるばかりだ。
そう考えながら看板の前に立つ僕。すると画面に突然文字が出てきた。
「クエストを始めますか?」
心臓が一瞬止まった
今まさになにかが始まりそうで頭が混乱した。漫画でよく見かける異世界に行くやつっぽい。もし「はい」と答えたら何が起こるのか、謎と謎が重なり動揺するしかない僕。周りに人気もないし、誰かが隠れて画面を操作してるようには到底思えない。
怪しいのは確かだが僕に向けてのメッセージなのは間違いない。
僕は勇気を振り絞った。
「はい!」と大声で叫んだ。
そしたら一瞬画面が白紙に戻り新たなメッセージが出てきた。
「クエストをするにはレベルが足りません」
「え?」
そのまま画面は真っ白に戻ってしまった。その後何回看板の周りを歩き回っても、何を叫んでも新たなメッセージが出てくることはなく、僕はそのまま家に帰った。
その次の日僕は仕事を辞めレベル上げの旅に出た。
- END -