ショートショート ラムネのビー玉
「パッキーン!!!」
騒がしい蝉の声が響く中、ラムネ瓶の割れる音がした。
「大学生にもなってラムネ瓶のビー玉集めてるなんて。少しも成長してねぇな。」
「いいじゃん。ラムネのビー玉集めてる系男子なんで。」
僕はビー玉を手に取る。
「そんなん初めて聞いたわ。それに俺ん家のバルコニーで割るのやめてくんない?タツヤ絶対片づけない系男子じゃん。」
そう言ってマサトは僕をバカにする。男子は女子に比べて大人になるのが遅いってどっかの本に書いてあったような。でも実際その通りで、僕はいつまでも子供だ。周りが大人になっていく中、自分だけ大人になり切れないまま二十二歳の誕生日を迎えようとしていた。
「マサもラムネのビー玉好きだったじゃん。」
「昔は一緒に集めてたよな。ラムネのビー玉って何故かつい欲しくなるんだよ。」
「じゃあ何で集めるのやめたの?」
「んー何て言うんだろう。。。」
マサトは腕を組み、僕から目をそらし考え込んだ。そして昔の記憶を思い返しているかのように彼は言う。
「うーん、ある日気づいちゃったのよ。ラムネのビー玉って瓶の中では普通のビー玉より綺麗に見えるじゃん、でも瓶を壊した瞬間魔法が解けたみたいに何の変哲もないビー玉に戻ちゃうって。その日以来集めるのやめたっけ。。。」
「手に入った瞬間魅力がなくなるって感じ?僕は綺麗に見えるけどなぁ。」
「案外世の中そういうもんだよ。俺も大人になったってことじゃない?ビー玉で喜ぶ年じゃないしな。」
「そういうもんって片付けられても。。。」
「そんなに考える程の事か?タツヤも昔は小説家になるって宣言してたじゃん。でももう諦めたんだろ?多分人って大人になるにつれ変わっていく生き物なんだよ。」
「。。。」
「ちょっと待ってて。ほうきとちりとり持ってくるから。」
そう言うとマサトは家の中に戻っていった。
彼の言ってる事は本当だと思う。人は変わる生き物。自分の小説で人を感動させたい古い夢なんてもうとっくに賞味期限切れだ。そう自分に言い聞かせて今僕は大学に行って安定した職業を求めて好きでもない勉強をして。。。
それで親や周りのみんなが言うにはそれは大人になっているサインだとのこと。
僕はビー玉を夏の太陽にかざし見つめる。僕もいつかこのビー玉の魅力を感じなくなるのだろうか。
大学に行くまでは大人に憧れていた。大人の世界は自由でワクワクするものなのだと僕は勝手に思い込んでいたが今はどうだろう。
もちろん僕はまだ完全に大人ではないが、ここ最近になって嫌でも分かる。仕事のストレス、人間関係、自分自身を養っていくというプレッシャー。子供の頃、僕が想像して描いていた大人の世界とはあまりにもかけ離れている。マサトとビー玉のように、僕も就職して大人の生活とやらを手に入れたらあの憧れも輝きも消えてしまうのだろうか?
当時あんなにカラフルで綺麗だった世界が色あせていく。そんな気がして怖い。
「もし子供のころの僕が今の僕を見たら何て言うんだろう。。。」
僕はまたビー玉をかざして呟く。
「ガラガラガラ」
見覚えのある金魚鉢を手に持ちながらマサトが戻ってきた。
「おい見ろよ!さっきの話で思い出してさ。昔集めたビー玉を入れてた金魚鉢を押し入れから出してきたわ。懐かしくね?頑張って集めてただけあって捨てられなかったんだよなぁ。」
彼はそれを僕に渡す。両手に収まるほどのその金魚鉢の中にはたくさんのビー玉が入っている。透明なビー玉の中に色のついたビー玉も混じっていて、強い日差しがビー玉に反射する。真っ青な夏色の空、バルコニーから見渡せる町の景色が全部ギュッと金魚鉢の中に詰まっている。綺麗だ。
「カラッ」
僕は手に持っていたビー玉を金魚鉢に入れる。
「ねぇマサ、この金魚鉢僕にくれよ。」
「えーやだね。」
「え?さっきまで興味なくなったみたいなこと言ってたじゃん。」
「あの頃はスポーツとかに興味持ちはじめてないがしろにしてたけど、今見たらまだ綺麗だなぁって思っちゃった。案外まだ解けてないのかもな。」
「魔法が?」
と僕は聞く。
「どうだろう。 ハハハッ」
「なんだよそれ」
僕はクスッと笑う。
そうか。解けてないのか。
僕は金魚鉢をマサトに返し、さっき入れたビー玉を手に取りポケットにしまう。
「ごめん。僕、用事思いだしたから帰るね。」
「おお、了解。じゃあまた明日な。」
「うん、また明日。」
僕は靴を履いて外に出た。向かう先は近所の文房具屋。さっきまで悩んでいた自分が嘘かのように心躍る。街がいつもより輝いて見える。そうだ。この感覚だ。
将来を楽しみにしていたあの頃を大切に。
この世が輝いて見える自分の未来に期待して。
おわり
個人的に書いた物の中で1番のお気に入り。わかる人いるかな、ラムネのビー玉って異様に綺麗なのに取り出したらそんなそんなにって感じになるの。