『Beep21』当事者自らが語るセガサターン名作RPG回顧録─グランディア冒険奇譚 ─第2回 : 本谷利明
1997年末にセガサターン屈指の超大作RPG
として発売された「グランディア」。
故・宮路武氏とともに「グランディア」の
監督を務めた本谷利明氏が当時の現場の
回顧録を綴っていく連載第2回。
第1回は1994年初め頃の状況から
本谷氏が企画に参加した経緯、
そして1994年9月最初の合宿が
始まるところまでが語られました。
▼連載第1回はこちらから
今回はその続き。キャラクターや設定が
固まっていく様子が詳しく明かされていきます。
貴重な資料でもある今回の回顧録。
ぜひ最後までお読みください。
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第6章 1994年9月「ブレスト合宿」
開発部主任の高橋秀信さんが「グランディア」ワールドマップの略図をメンバーに配り、物語イメージと世界観、そして登場キャラ達について説明する、という形でブレスト合宿が始まりました。
高橋さんが語った物語イメージは以下の通りです。
①ワールドマップは西から順に「旧大陸」「新大陸」が並んでいる。
②世界観の時代背景は、パリ万博の頃のヨーロッパをイメージ。
③前世紀の熱狂的な「冒険」時代、世界の冒険家たちは新大陸の東にある「絶地」と呼ばれる荒野の踏破に挑んだが、誰一人として成功する事が出来ずにいた。
やがて始まった新たな時代の波「産業革命」によって、人々の興味は「冒険」から「文明」へと移ってしまった。
④主人公ジャスティン少年(15歳)は、旧大陸の街「産業都市」に住んでいる。
⑤ジャスティンの家は、代々冒険家の家系であり、彼もまた冒険少年である。
⑥新大陸のどこかに、伝説の古代文明「有翼人文明」の秘密が隠されている。
⑦ジャスティンは新大陸への冒険を決意し、「産業都市」から旅立つ。
⑧新大陸マップには2大難所「越えられない壁」と「渡れない河」がある。
⑨ジャスティンは「有翼人文明」の神殿から精霊からのメッセージを受け取る。
⑩ジャスティンは「有翼人文明」の謎を解き明かすため、さらに旅をする。
⑪ジャスティンの最終敵は、軍のトップ「ミューレン大佐」である。
⑫ヒロインのフィーナは「有翼人文明」の末裔であり、背中に翼をもつ「有翼人」だった。
⑬実はフィーナの双子の姉も「有翼人」だった。
⑭フィーナの姉の謎の力で古代の兵器が蘇り、世界が滅びそうになる。
⑮ジャスティンがミューレン大佐を倒し、世界は救われる。完結。
と、このような案でした。
(この案は、おそらく高橋さんと野辺さんが共同で作った物だと思います)
どうですか?「グランディア」をプレイした人なら、製品版でのストーリーのエッセンスがほぼ全て、この案に含まれている事が分かると思います。
私なんかはもう、「ストーリーはこれで完成という事で良いんじゃないか。早く次の作業に進もうよ、」などと無責任に考えてしまうのですが、もちろん劇作家の経験がある人は、上記の案の不備な点や矛盾点にすぐ気付くと思います。
まず、上にある①~⑮までの項目の殆どは、設定について語っているだけです。
「物語」とは、登場人物たちの行動によって作られるものです。
そう考えれば、高橋さんのプランの中で「物語」と呼べる項目は、わずかに
⑦ジャスティンは新大陸への冒険を決意し、「産業都市」から旅立つ。
⑩ジャスティンは「有翼人文明」の謎を解き明かすため、さらに旅をする。
⑭フィーナの姉の謎の力で古代の兵器が蘇り、世界が滅びそうになる。
⑮ジャスティンがミューレン大佐を倒し、世界は救われる。完結。
の4つしかありません。
そもそも⑪に「ミューレン大佐」が最終敵、つまりラスボス、とあります。しかしジャスティンとミューレン大佐はいったい何を目的に対立し、戦うのでしょうか? う~ん、戦う理由が全く決まってません。
したがって、ミューレン大佐に行動目的を与える事が、ストーリー作成のために一番最初に取り組むべき課題となります。
設定の部分も怪しく見えます。
例えば、③にある、「産業革命」によって人々の興味は「冒険」から「文明」に移って行った、というのは矛盾です。文明が進めば、冒険は活発化します。それまで徒歩や犬橇でしか行けなかった場所に、飛行船や動力車で行けるようになるのですから。これは私たちの歴史が証明しています。
⑨の「精霊」とは何でしょう?妖精なのか、それとも何かのエネルギー体の比喩なのか。不明すぎます。
…などなど、もう少しきちんと検証すべき点がたくさんありそうです。
しかし、この合宿の目的はブレスト(ブレーンストーミング。意見交換会)ですから、お互いに否定的な批判をしないのがルール。
初顔合わせでもありますから難しそうな検証は避けて、この合宿の話題テーマは主に、
①主人公ジャスティンと主要な脇役キャラたちの各キャライメージ
②大まかな世界設定と最初の舞台「産業都市」のイメージ
③ジャスティンが旅立つまでの、物語展開のイメージ
の3つになりました。
このブレストで特に活発に発言していたのは、オサムさんと高橋さんです。
野辺さんと草彅さんも、もちろん多くの意見を発信してたけれど、どちらかと言えば場に出た意見を注意深く咀嚼し、共有イメージを自身に取り込もうとしていたように見えました。
終始笑顔だった武さんと村濱さんはブレストの進行役として、メンバーたちの発言を良い感じで波に乗せていました。発言は控えめで、あまり前に出過ぎないようにしていたと思います。
驚かされたのは、オサムさんと高橋さんの、アニメ番組の知識の豊富さです。
イメージや設定アイデアの参考例として「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」「未来少年コナン」「ルパン三世」「母をたずねて三千里」「天空の城ラピュタ」等々、私たち世代の定番アニメからその他私も知らない最近の番組まで、マシンガントーク。
私と菊地さんは、たまに意見を求められた時に話すくらいで、基本的には聞き役です。
私たち2人はストーリーやキャラなど、クリエイターが用意した材料を組み合わせて料理するのが仕事ですから、材料として何が揃うのかが決まるまではレシピを作れません。
私はずっと下を向いてて、他メンバーの意見を私なりのスケッチ画でメモする作業をしてました。
このブレストで私が特に憶えているのは、ジャスティンが家を出て新大陸への冒険に旅立つ時の展開に関する件です。
ジャスティンは、きちんと家族に冒険への旅立ちを宣言してから、出発するべきなのか。
それとも、親には告げずに、家出する形になる方が自然なのか。
これが意見交換の焦点になりました。
さすが皆、親元を離れた体験を持つ元・青少年たちです。この件に関してはそれぞれの人生哲学があるようで、武さん村濱さん私以外のメンバーが白熱しました。せめて置き手紙くらいは残すべきだ、とか、ジャスティンの手荷物の中に母親が手紙やお金、オニギリを忍ばせていた、というのはどうか、とか。皆、自身の体験をベースに話してるのが分かります。ヨーロッパ風の世界でオニギリは無いですから!
2時間も経つと、場が完全に膠着し、皆の勢いにも疲れが出てきました。
村濱さんが、私に話を振ってきました。
「本谷さんは演出家として、何か意見はありませんか?」
進行役の村濱さんと武さんは、そろそろ次の話題に移りたかったのだと思います。
私の方も気を利かせて「無いです。この件は宿題にして、次に進みましょう」と言えば良かったのですが、ちょうどそのシーンのスケッチが手元に出来たので、皆に見せました。
ジャスティンが、家に飾ってある代々の冒険者の写真の列の端に、自分の写真を釘で打ち付ける、という絵です。
私は「演出家として考えれば、主人公は『彼だけが出来る方法』で意思を表明しないとキャラが立ちません」と、できるだけ演出家っぽく格好つけて言ってみました。
しかし、リアクションは薄かった。
皆、長すぎた議論に疲れていたのでしょう。
あっさりと「あーはいはい、なるほど。じゃあ、休憩してから次の話題に移りましょう」と、なりました。
私がこのエピソードをよく憶えているのは、休憩時間にトイレに行った時、私の横で用を足していた草彅さんがポツリと一言、「本谷さん、さっきの写真のアイデア、冴えてます」(原文ママ)と言ってくれたからです。合宿中、褒められたのはこれっきりでした。
2泊3日の日程のブレスト合宿は、このようにして無事に終わりました。
先にネタばらしをしてしまうと、このブレストの3日間で交わされた意見の殆どは、製品版に全く採用されていません。
合宿の解散の日、オサムさんに聞かれました。
「ねえねえ、本谷さん。デザインに興味ある?」
私は「わはは、まさか、全然」と答えました。
オサムさんは危険です。何か描かされそうになる前に、私は逃げるように帰りました。
私が「グランディア」の監督になるまで、あと2年10か月。
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※実はこの合宿中、私は皆と一緒に旅館に泊まっていませんでした。
私は猫を飼っていたので、その世話のために合宿中も旅館に泊まれず、旅館と家を往復してました。一緒に旅館で食事でも出来ていれば、もっと早く皆と親しくなれたかもしれません 。残念。
第7章 1994年9月-10月「進む設定作業」
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