遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第4話 ─鉄の掟を作ろう!─Chapter5-6
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第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter5
“北側から北に向けて倒す。そして何かして繰り返す。”それが今夜の心がけだった。兄の運転するレンタカーで山梨県北部のひと気のない山中までやってきたマサカズは、手刀と前蹴りで次々と杉の木を破砕していた。保司の紹介でサービス業者から発注された作業内容は極めて単純であり、指定された区域に生い茂る樹木の伐採だった。直径七十センチメートルを超える樹木の伐採については免許が必要であり、マサカズは伊達の指示で三日間に亘る講習を受け、それを取得していた。内容としては伐採に用いるチェーンソーの取り扱いについてが大半を占めていたため、それを用いる必要のないマサカズにとっては興味深くもあり退屈でもあった。
後ろ蹴りで巨木をへし折ったマサカズは思った。例えば時速百キロで走れる人間には車輌と同等の走行能力を有しているが、彼にはその能力を用いるために免許は必要とされない。解体業のように他者への影響が発生するものは、間違いを起こした際に責任能力を問われる可能性があるため、ライセンスが必要になるのは理解できるが、伐採についてはさてどうなのだろう。次々と大木をなぎ倒しながら、マサカズはぼんやりとそんなことを考えていた。
昨日の土曜日、秋葉原のゲームセンターで落ち合った伊達はこう言った。「お前の兄は悪党だ」と。それはとうにわかっていたが、法律家に断定されると貼られたラベルの文言に太さが伴う。
「俺のミスだ。すまない」
ゲームセンターのコミュニティエリアと名付けられた飲食スペースで、伊達は頭を垂らしてそう言った。
「ミスってなんです?」
「見誤りだ。お前の兄は悪党だ」
「それはわかってましたし、そんなようなことは僕も言いましたよね」
「ああ、しかも組織に入れてはいけないタイプの悪党だったってことだ」
「根拠を解説してもらえますか?」
「木村さんにも確認したんだが、あいつはお前を売って、人気を固めている」
珍しく、伊達の言葉が呑み込めなかった。マサカズはそれを顎を落とすことで伝えた。
「つまりな、あいつは自身しか知り得ないお前の恥ずかしい過去や弱味を爺さんたちに喧伝して、それをきっかけに相手の懐に取り入ってるってことだ。実際、つい先日俺もそれを食らった」
「あー、兄貴っぽい」
「能力はあるのになぜくすぶっているのか、よくわかったよ。あの人心掌握は最低のやり口だ。いっときの注目は集められてもいずれは破綻する」
「でしょーね。昔っからそうでしたよ。兄貴は人の悪口ばっかりで、そうなると吹き込まれた方もいつ自分の悪口をネタにされるんじゃないかって思って、兄貴とは距離を置くようになる。要するに人望がなくって孤独なんです」
「マサカズ……その論評って……」
「伊達さんの指摘を呑み込んで、いま組み立てました。なんだかモヤっとしてたことがハッキリとして、ムカつくけど気持ちいいです」
「でだな……」
「切りましょう。兄貴は。あ、けど明日の山梨の仕事はさすがに外せないか」
「そうなると、月曜日以後になるか……縁切り、俺がやろうか?」
「僕がやります。社長ですし」
「いや、しかし俺のミスだし」
「親族でもありますから。兄貴、なにもかも伊達さん任せかよって、バカにしてくるので、その減らず口を閉じさせてやりますよ」
「これまで、そういったケースの成功例はあったりするのか?」
「どうでしょうか? ないかも」
「ない?」
「ごめんなさい、なんだが自信なくなってきたかも」
「やっぱり俺がやる?」
「いえ、僕がやります。なんて言うのか……」
ようやくあの鬱陶しい兄との決別ができる。自分の口から欠点と難点を宣告し、人として否定し、拒み、関係を断つ。両親は決して快くは思わないだろうが、あのようにねじ曲がった人間との接点はもう持ちたくない。これはおそらくいいきっかけだ。
五十を超える木々を打ち砕いたマサカズは、周辺を警戒しているはずである兄の姿を捜した。今夜の伐採業務は自分が実行担当であり、兄がレンタカーでの移動と周辺の警戒を担当していた。この仕事が終わったのち、兄には決別を告げよう。そう考えていたマサカズだったが、具体的な文言についてはまとめきれてはおらず、ぶっつけ本番でいいと思っていた。
兄の姿が見当たらないので、マサカズは木こり仕事を再開した。それから二時間ほどが経ち、そろそろ日の出に差し掛かろうとしていた。発注されていた区画の伐採も全て終え、マサカズは手刀で倒木を二メートルほどの長さに切断していた。あとしばらくすれば保司がトラックでやってくるので、それまでにトラックに積み込める大きさにしなければならない。マサカズは手際よく大木を切り刻み、それは一時間足らずで終えられた。
さすがに若干の疲れを感じる。同行の相手が伊達であれば、このあとサウナにでも寄っていくのだが、兄となるとその選択肢はない。兄が会社に押しかけてきてから半月近くが経っていたのだが、事務所で言葉を交わす機会はほとんどない。四人の老人たちとは定時後に呑みに行き、コミュニケーションをとっているようだが、兄は自分に対してまったくと言っていいほど接触してこない。何か良からぬことを企んでいるのだろう。その結論が最も素直に頷けるものであり、我ながら血縁への認識がろくでもないと呆れるしかないマサカズだった。
「マサカズ! ごめん!」
林の奥から姿を現してきた兄は、真っ先にそう謝罪した。マサカズは切断した木に腰を下ろし、兄を見上げた。
「見回りサボってたってこと?」
「いや、周辺警戒は怠りなしだ。ついさっき、三台目の車が県道を通過するのを確認した」
「なら、なにが“ごめん”なの?」
「いやさ、今日の仕事、お前が何をしてんのか見ちゃダメって約束だっただろ?」
「うん」
「ごめん、見ちゃった」
約束を守るとは思っていなかったので、マサカズは驚くこともなく頬杖をついた。
「なんなんだ? バトルマンガの強キャラか? お前、なんであんなことできんだよ」
「ひみつ」
「おいおい、兄に対してそりゃないだろ。どーせ副社長は正体知ってるんだろ?」
「それもひみつ」
「なぁ、オレにもなんかお裾分けしてくれよ。薬かなんかなんだろ?」
「ひみつ」
「お前、それしか言えねーのかよ? こんな真夜中に、なれねー車の運転までさせといてよ」
「とにかくひみつ」
どうやって減らず口を封じるのか、マサカズはそれだけを考えていた。兄はしばらく言葉なく弟の周囲をうろうろとすると、やがて背後で立ち止まった。
「ごめん」
「今度はなにが?」
「お前がすげぇってのはわかったし、だから社長なんかになれたんだよな。オレとは無関係なことだ。なのに根掘り葉掘りだし、挙げ句の果てには分け前なんて、ひっでー兄貴だ。オレ」
「自覚してんだ」
「そりゃ、さっきまで森だったのが、すっかり広々としてさ、見てたらオレが相応しくもないおねだりをしてたって、わかるよ」
「珍しい」
「ひみつ、なんだよな。オーケーオーケー。だったらオレの役割もハッキリとしてきた」
「へぇ」
「オレはお前の秘密を守る盾になる。探りを入れてくるような連中を片っ端からシメていく」
「やめてよ」
「任せろって。慣れてんだよ、お前の兄貴はそーゆーこと」
兄とやりとりをしていくうちに、マサカズはひどい疲れを感じ始めていた。心身共に、やたらと重苦しい。今日は特にスピード重視の作業だったため、短時間において集中しての能力発揮だったからかもしれない。そして、背中から浴びせられる兄のひどく軽いアピールに心底うんざりしているからなのかもしれない。
「兄貴」
「なんだいマサカズ」
「寝る。あとの段取りはわかってるよね」
「保司ってツナギのオッサンがきたら、このゴミを持ってってもらうんだろ?」
「請求書を受け取って。あと、俺のことなんだけど……」
「任せろって、おぶって車まで運ぶから。えっと、小岩のアパートでいいんだよな」
「ついたら起こして」
「任せろ、任せろ。お兄ちゃんを頼りにしてくれって」
「いまはそーする」
結局、兄に決別を告げられなかった。眠りに落ちてしまったマサカズは、頬に冷たい感触を得て目を覚ました。
「コーラ、好きだったよな」
缶のコーラを手にした運転席の兄が、笑顔を向けていた。まだ覚醒には至らぬまま、マサカズは缶を受け取り助手席から路地に出た。小岩のアパートは目の前である。うつらうつらとしながらもスマートフォンで時刻を確認してみたところ、もうすぐ正午になろうとしている。兄はレンタカーでここまで運んでくれたようだ。腰に提げたポーチを確かめてみたところ、木更津クリーンサービスからの請求書が入っていた。どうやら、兄は申しつけた仕事をすべてこなしてくれようである。全身が鉛のように重く、今日は一日寝入ってしまうだろう。兄に別れを突きつけるのは明日にしよう。今回の仕事を過不足なくこなしてくれた兄に対して「あなたはタチの悪い悪党だ。だからここで縁を切る」とは、なんてひどい通告だとは思うが、伊達との約束は何よりも勝る。アパートの外付け階段をのろのろと登るマサカズは、明らかに困惑の中に在った。
第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter6
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