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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter7-8
前回までの「ひみつく」は
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▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから
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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑むが惨敗。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは猫矢とコンタクトを取り、覚悟を決め、雷轟流道場で短期間の修行をし、ある秘策をもってホッパーを撃退する。逃避行の旅に出た先でマサカズはある男と出会った後、自らの地元に降り立ち、いまだ自首をしない幼なじみの葉月にあるものを託す。その先にたどり着いた北海道の地でマサカズは異常事態に巻き込まれるが…。
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第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter7
マサカズは、惨事に遭遇していた。地下街のハワイアンハンバーガー店で、解決するべき命に関わる問題に直面していることを彼は理解していた。
このオープンテラス型の店舗は瓦礫ですっかり囲まれてしまい、密閉空間となってしまった。電灯は落ち、視界もままならない真っ暗闇となっている。おそらく、地上で何かが爆発し、その衝撃でこの地下街を構成する資材が瓦解したのだろう。そして、とどめとも言うべき二度目の爆発がすぐ近くで発生した。これは同じ階層、つまり地下街で発生した爆発だと思われる。直前にあった地上のそれと関連した異変かはわからないが、それによって事態が好転した様子は、今のところ認められない。プロレスのマスクを被っていたマサカズは、二度目の爆発から、ひとつの最悪な事態に向け警戒を強めていた。この異常事態は黒い影、ホッパー剛が襲撃してきたことによって生み出された可能性がある。自分にしてもそうなのだが、彼にもこの物々しい状況を作り出せる力を持っている。
暗闇の中にあってして、マサカズは現状の確認に努めていた。発動させている鍵の加護により、よほどの天災ではダメージを負わない自信はある。その余裕は、同じ店内にいた五名の安全を確かめたいといった欲求を生んだ。
椅子や机は床に固定されていたので、倒れている様子はない。ただし、その上に置かれていたナプキンのケースや、ナイフやフォークを入れたトレーは床に散乱していた。壁に掛けられていた広告も額縁ごと落ち、ひび割れた壁からは、細い一条の水が弧を描き、床に小さな溜まりを作ろうしている。あちらこちらから、何かがこすり合って軋む音がする。これは、時間を経れば破綻へと繋がる警告だ。災害に対してはまったくの無知でしかないマサカズだったが、二十九年間に至るこれまでの経験で、危機はおのずと察知できた。
置かれてしまった状況は概ね把握できた。次はこの店にいた五名の安否の確認だ。カウンターにいた二人の少女は、床で抱き合って呻いている。テーブル席の二人もやはり床にへたり込んでいたが、互いを気にする様子はなく、肩を背けていた。マサカズは立ち上がると、カウンターに向かった。足元で少女たちが跳ね、怯え、悲鳴を上げたが、それに構うことなくマサカズは片手をカウンターに着けるとそれを軽々と乗り越えた。この店内にいたはずである最後のひとり、店員の青年はうつ伏せになって倒れていた。その頭の周辺には十本を超える中身の入ったコーラやビールの瓶が散乱していた。マサカズが恐る恐る様子を窺ってみたところ、彼の首筋は紫色に変色し、既に息絶えていた。おそらく、次々と振り注いできた瓶に急所を破壊され、彼は命を落としたのだろう。マサカズは咄嗟に判断し、カウンターを挟んで恐怖に怯えていた少女たちを遺体から遠ざけるべく、店舗の中央に誘導した。二人は最初こそ拒んだが、マサカズがあまりにも落ち着いていたこともあってか、やがて大人しく従ってくれた。
テーブル席にいた男女は、周辺に散らばっていたガラスや壁材の破片をテーブルの上に集めていた。マサカズは彼らにも声をかけ、少女たちと同じように店舗中央に集合させた。
「えっと、事情があってマスクを被ってるけど、怪しいものじゃないです」
周囲に座らせた四人に、立っていたマサカズは挨拶をした。
「どうやら僕たちはここに閉じ込められたっぽいです。生き埋めって感じです。四方は瓦礫で塞がれてしまっています。でも安心してください。取り囲んでいるものは、僕がすぐに取り除きます。すぐそこが階段ですんで、地上に出るのは簡単です」
そう言い切ると、テーブル席にいた男が挙手した。
「名倉と言います。全然簡単な状況じゃないです。周りでは火事が発生してます。僕たちがいた席の隙間から、煙と熱が漏れ伝わり、火の手も認めました。ここから外へ突破するのは極めて困難でしょう。地下の火災は、予測できない事態を連続して発生させます」
名倉と名乗った中年男性があまりにも冷静に饒舌な状況報告をしてきたので、マサカズは彼がこの異常事態に貢献できる一廉の人物なのだろうと思った。すると、男の傍らにいた女が、彼の頬を拳で殴った。
「偉そうに! それ確かめたのは全部私でしょ! あんた、ただぼうっと見てるだけだったでしょ? なにできるヤツ気取ってる! アホが!」
女はそう言い捨て、殴られた男はその場に倒れ込んだ。瞬く間の出来事だったが、マサカズは概ねを理解してしまった。事故が起きる前に見たこの二人の長い沈黙は、深刻な対立を意味していたのだ。彼女と彼がそれほど劣悪な関係性にもかかわらず、わざわざ地下街でコーヒーを共にしていたのは、それを解消するための何らかの交渉を行うつもりだったのだろう。そして、二人の関係はまったく好転しないままこの状況に至っている。そこまで考えたマサカズは、名倉と名乗った殴られた男が報告した情報に対して、まずは女に対して再確認するべきだと判断した。
「火事が起きているんですよね。この地下で。それってかなりヤバいってことじゃないですか?」
マサカズの問いに、女は殴った名倉に気まずそうに目配せしたのち、咳払いをした。
「ええ、ここは出口には近いですけど、それが爆発で塞がっている可能性もあります。閉鎖空間での火災は熱よりも、一酸化炭素中毒による死の危険を懸念するべきでしょう。あ、もちろん火に対しても軽視はできません、飲食店街という状況を考えると、爆発の第三陣もあり得ます。地下街という環境を鑑みると、煙突効果の悪影響も考えられるから、ここからの脱出は急務です」
女は一気にそう言い切った。この短い時間で、彼女なりに判断力を総動員して至った結論なのだろう。口調からして、どうやら専門職のようでもあるような気もするので、この意見は尊重するべきだ。マサカズはそう考え、天井を見上げた。
「一番マシな脱出ルートは、天井から地上か……」
地下街のメインストリートとは違い、この外れの飲食店街は地上にも近く、鍵の力を使えば容易に地上への脱出口は開通できると思われる。四人に秘密を露呈させることになるが、周辺が火の海になり、酸素の残りもままならない現状では、躊躇している場合ではないだろう。問題は、天井の壊し方だ。跳躍の勢いで体当たりしてしまうのが破壊力も担保でき、手っ取り早いはずなのだが、その結果崩落を招き、ここにいる四人が命の危険に晒される恐れがある。マサカズはモグリの解体業の経験で、破壊というものは結果の見込みや計算がし辛く、常に意図しない規模の損壊や、予期していなかった副作用を及ぼすことがあることを学んでいた。
「天井? ウ、ウソでしょ?」
「っていうか、こ、このマスクさん、な、な、なんなの?」
天井を見上げるマサカズに、二人の少女が続けて震える声でそう言った。彼女たちはスマートフォンのライト機能を懐中電灯代わりにし、それで周辺を目まぐるしく照らしていた。
「僕が地上に出て助けを求めます。ただし、天井を壊すので、なにか起きる可能性もありますし、みなさんはテーブルの下とかに隠れていて下さい」
少女たちの疑念をあえて無視して、マサカズは優先するべきことに取りかかった。四人がテーブルの下に避難したことを確認すると、彼はその場で跳躍し、天井に吊されていた照明器機を左手で掴み、右手で天井のパネルを力任せに剥がした。すぐに鉄骨の骨組みが姿を現し、マサカズはそれを両手で掴み、ぶら下がった。地下街と地上が如何なる構造になっているのかわかるはずもない。しかし、ただひたすら垂直に上っていくしかない。マサカズは鉄骨を千切るように割き、次に頭上に見えてきた鉄板は拳で穴を開け、それを基点に両足で押し広げるようにして直径一メートルを超える穴を開けた。分厚い鉄板が、まるで粘土のように思いのままにできてしまうのが、我ながら気味が悪くもあり、面白いとも思える。幾分の興奮を覚えつつ、マサカズは地上へと阻む幾層かに及ぶ鉄板や電源コード、コンクリートを丁寧に排除し、遂に彼の頭は寒風が吹きすさぶ車道に出た。そこには救急車と消防車が何台も停まり、その回転灯が赤い光を放っていた。
直径にして一メートルほどの穴から地上に出たマサカズは、状況の確認に努めた。どうやら、ハンバーガーショップにほど近い地上の雑居ビルで火災が発生しているようだ。その火勢に対して煙の量が膨大で、なにかの燃料が爆発したようにも思える。おそらくそれが、壁や天井の崩壊を招いた原因なのだろう。これはホッパーによる襲撃ではなく、何らかの事故だ。少しだけ緊張が和らいだマサカズは、目についた救急隊員に駆け寄った。
「あの地下で、四人が生き埋めになっています。早く救助をお願いします!」
最寄りと思われる地下への階段と、自分が空けた穴を交互に指さし、マサカズは救急隊員にそう告げた。プロレスのマスクをした男にそう言われても戸惑うしかないだろう、マサカズはそう思っていたのだが、その救急隊員はすぐに「ありがとうございます!」と返して仲間たちの元へと駆けていった。そのプロ意識に感心をしたマサカズは、気持ちを切り換えると地面に開けた穴から一直線に降下し、一条の光が差すハンバーガーショップに再び降り立った。テーブルに隠れていた四人は、這い出るようにマサカズの元へと縋り寄った。
「救急隊員に、助けを求めました。じきに救助がくるとは思います」
そうは言ったものの、四人は一様に激しく咳き込み、呼吸が苦しい様子だった。鍵によって発生しているフィールドで、マサカズの生命維持は安定していたが、どうやらこの閉鎖空間の現状は瞬く間に悪化しているようだ。御徒町でのビル火災の出来事を思い出したマサカズは、一刻の猶予もないと感じた。
「マスクマン、な、なんか凄いって感じだし、わたしたちを抱えて上まで出られん?」
セーターの少女が、咳き込みながらそう提案してきた。地上まで垂直に開けた穴は、すなわち最短の脱出口であるとも言える。少女の賢明な提案にマサカズは納得し、早速この中で最も弱者であろうと思われる、トレーナーの少女を抱きかかえようとした。だが彼女はすかさず身を翻し、それを拒んだ。
「バカ、な、なにしてんの? そいつ、あのチカンと違うし! おとなしくだっこされんと! 死ぬんよ?」
友人であろうセーターの少女に諭され、トレーナーの彼女はあからさまな怯えを顔に浮かべてはいたものの、マサカズの腰に身を寄せた。抱きかかえるため、身を屈めたマサカズだったが、何かが砕ける大きな音が背中に鳴り響いた。次の瞬間、強い衝撃が肩から腰にかけて走った。初代の鍵が発動中にも関わらず、軽く咳き込んでしまうほどの重みを伴った何かが崩れ落ち、背中一面を叩き付けた様だ。マサカズは咄嗟にトレーナーの少女を腰で突き飛ばし、両手を広げ、ぐらついていた落下物を腕と手の甲で安定させた。足元には天井のパネルや鉄骨がいくつも落下している。大量の埃が舞い散り、鉄のパイプが音を立てて転がった。どうやら、パネルのひとつ上層の鉄板が崩落してきたようだ。それを背中で受け止めることになったマサカズは、深呼吸をして冷静な観察力と判断力を取り戻そうとした。四人は怯えた様子でマサカズを凝視し、セーターの少女はスマートフォンでスポットライトを当てていた。客観的な状況判断を求めたかったので、マサカズはカップルと思しき女性の方に目を向けた。
「なにがどうなってます? 僕には見えない!」
「天井が崩落して、その一部がわたしたちに落下してきて、信じられませんけど、分厚くて巨大な鉄板をあなたは背中で受け止めて、支えています。そうしてくれなかったら、わたしたちは今ごろ……」
「ありがとう。鉄板ですね。じゃあ、今から背中のこれを……」
狭い店内に、この鉄板をどけておくスペースは見当たらなかった。こうなると、いささか乱暴な方法で、例えばテーブルや椅子をものともせず放り出してしまうしかないのだろうか。他に何か、穏当にこの邪魔者から解放される手立てはないものだろうか。災害の中にあって、マサカズはなんとも日常的な躊躇をしてしまっていた。すると外部を隔てる瓦礫を何度も叩く音が響き、「いますか!」との声が聞こえてきた。マサカズはそれをきっかけに、腕を回して掌を鉄板に当てた。背骨を中心点にして、後に手を合わせる要領で鉄板を力任せに折りたたむ形で真っ二つに割り、それを地面に投げ捨てた。二度とこのような事態に陥りたくはないが、もし遭遇した場合、今のような判断をもっと迅速に下せるようになりたい。マサカズは両手を叩き合わせてため息を漏らすと、自分はまたひとつかつてない経験をしたものだと実感していた。
駆け付けた消防と救急隊員によって瓦礫は撤去され、マサカズたち五人は地上へと誘導された。ローブで囲まれた歩道の一角に集められると、救急隊員が怪我や体調に対しての聞き取りを始めた。地上は氷点下の寒さだったが、鍵の力を解いていなかったおかげでマサカズは寒さを感じず、停車していた消防車や救急車、そしてその後ろで燃えさかる雑居ビルを眺めていた。
「本当にありがとうございます。あなたのおかげで命拾いです」
傍らに座っていたダウンジャケットの名倉が、そう礼を言ってきた。マサカズはちりちり頭を掻こうとしたとたのだが、マスクのためそれは阻まれてしまった。
「なんか、うまく言えませんけど、なんか、うまくやってくださいね。彼女と」
マサカズがそう言うと、男は恐縮したように顔を顰めさせ、何度も会釈をした。二人の少女への聞き取りを終えた救急隊員は、マサカズのもとへと近寄ってきた。報道陣らしき姿も散見できる。これ以上の滞在は自分とってより以上の不都合を生じさせる。そう判断したマサカズは、その場から逃げるように駆け出していった。
ホテルをチェックアウトしたマサカズはリュックを背負い、ボストンバッグを肩に提げ、事故現場を避けるように札幌駅を目指して地上を歩き始めた。雪国の寒さをようやく味わいつつ、マサカズはこの地を再訪することがあったら、今度こそは必ず味噌ラーメンを食べようと固く誓った。
第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter8
高校二年生の春、修学旅行で訪れて以来、この土地に降り立つのは十二年ぶりとなる。昼過ぎに北海道の新千歳空港を旅客機で発ち、那覇空港までやってきたマサカズは、動く歩道に揺られながら当時の出来事を思い出していた。
記念館で太平洋戦争の記録を粛々と学び、水族館で巨大なジンベエザメに興奮し、最後は繁華街を散策する道行きでサーターアンダギーを食べ過ぎてしまい、翌日には人生初となる胸焼けを経験し、二泊三日の旅は五月にも関わらず梅雨入りしていたため蒸し暑く、やたらと汗を拭いていた気がする。
新千歳から那覇までは旅客機の直通便が少なく、羽田空港での乗り換えを経て合計六時間以上をかけ、夜になっての到着だった。
今もこの足取りは、東京地検と関連した得体の知れない組織に捕捉されているのだろう。それでも移動ができる範囲内で最も遠くに逃れたかった。札幌と同じく、この那覇入りも特別な理由もなく、あえての長旅は追跡者への嫌がらせも含まれていた。
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