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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第12話 ─そろそろ決着をつけてしまおう!─Chapter1-2
鬼才・遠藤正二朗氏による完全新作連載小説、いよいよ佳境の盛り上がりを見せる第12話が開始!
「魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」など、独特の世界観で手にした人の心に深い想いを刻んできた鬼才・遠藤正二朗氏。
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主人公の山田正一は、ある時『鍵』という形で具現化された強大な力を手に入れる。その力を有効活用するため、主人公のマサカズと弁護士(伊達隼斗)は数奇な運命を歩むことに。底辺にいた男が人生の逆転を目指す物語をぜひご覧ください!
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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑むが惨敗。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは雷轟流道場で短期間の修行をし、ある秘策をもってホッパーを撃退する。逃避行の旅に出た先でマサカズはある男と出会った後、自らの地元に降り立ち、いまだ自首をしない幼なじみの葉月にあるものを託す。その先にたどり着いた北海道の地でマサカズは異常事態に巻き込まれるが、マスクマンの格好で救出劇を遂げ、今度は南の地、那覇へと降り立ち、そこでマサカズは新たな決意を固める。新たに立ち上げた秘密結社は次々と問題が噴出。無人島から半ば強制送還的に戻ってきたマサカズは自分の部屋の前に倒れているホッパー剛を見つける…。
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第12話 ─そろそろ決着をつけてしまおう!─Chapter1
黒ずくめの彼が代々木の事務所までやってきたのは、昨年のクリスマスだった。その目的は鍵の秘密を独占するための、つまり知りうる者への口封じである。当時、自分を含めた六名を抹殺するため現れた彼は、久留間たちを瞬く間に皆殺しにした。そして、逃亡に転じたこちらを発信器で執拗に追跡し続けた。“戦い”の心構えを学び、マスターキーがあることに気づき、偽りの嘆願から逆襲の末、骨を砕き内蔵を潰し、それでも命は奪わなかった。この男はかけがえのない親友をすでに殺していたのにも関わらず。
マサカズは布団の上で仰向けになる、傷だらけで意識を失っていた忌むべき混血児、ホッパー剛を見下ろしていた。ホッパーの傍らには隣人のレオリオ芝西が座り込み、全身に刻まれた傷を消毒していた。
「山田、ひとまず骨折とかはなさそうだな」
ホッパーの四肢や脇腹、胸部などを触診したレオリオはマサカズにそう報告した。扉の前でホッパーが倒れているのを目撃した際、憤りから思わず壁を叩いてしまったことから、レオリオは自分の部屋から飛び出してきて、この事態を共有することになってしまった。救急車の要請を提案してきたレオリオだったが、マサカズは「ひどい、とてつもなくひどいワケありなんで、ひとまず僕の部屋に運びます」と告げ、レオリオはそれを手伝い、手当に使う医薬品も部屋から持参してくれた。プロボクサーという職業柄、怪我の手当には少々だが心得があるとのことで、彼の手際は素人のマサカズから見て確かなものだった。
「この外人、なんだってこんなにグロッキーなんだ?」
気を失って呼吸が荒いのは、鍵の力が限界を迎えてしまったと考えられる。しかしそれを隣人に教えられるはずもなかったため、マサカズは言葉を濁してごまかすしかなかった。
「ありがとうございます。あとは僕がみますので、芝西さんは部屋に戻ってください」
「そうか、じゃあ薬は置いていくからさ、あとで返しにきて」
「はい、本当にすみません」
レオリオは小さく頷くと、マサカズの部屋から出て行った。詮索をしてこないスポーツ刈りの隣人に深々と頭を下げたマサカズは、ホッパーの隣に腰を落とした。頑強な彼を“壊した”のは半年近く前のことで、組織に救出されたのなら、その傷は癒えているはずだ。あのあと、この男に何があり、こういった事態となっているのか、マサカズは推察すること自体をとうに諦めていた。重要なのは今どうするか、である。組織の監視は無人島にまで及んでいるので、この状況も既に知られている可能性が高い。
「あの、ジャージ姿の男は何者だ? お前の仲間か?」
仰向けのまま、碧眼を見開きホッパーはそう尋ねてきた。マサカズはため息を漏らすと、水の入ったペットボトルを手にした。
「眠ったフリってやつか? お前、ずっと意識はあったって感じだな」
「気を失ったのは事実だ。それよりも質問に答えろ」
「あの人はただのお隣さん。手際がいいのは、プロボクサーだからだ」
「プロ? 階級は?」
「知らないし、いま知る内容か、それ?」
マサカズは呆れかえると、ペットボトルをホッパーに手渡した。
「すまん」
短くそう呟くと、ホッパーは隆々とした上体を起こして勢いよく水を飲んだ。マサカズはホッパーの存在感の強さに辟易とし、床を軽く叩いた。
「何があった? 手短に説明しろ」
「そりが……合わなかった」
「誰と?」
「北見たちだ」
その名前には聞き覚えがある。宇都宮を目指す新幹線で隣の席に座ってきた、駅弁を二つ手にし、眠そうな目をした変人のことを、マサカズは強い印象を以てして記憶していた。
「北見って、東京地検のか?」
「知っていたのか?」
「やっぱり、東京地検か……どう、そりが合わなかったんだよ?」
「自分の正義を否定した。この力で悪を殲滅することを、抑制してきた」
「で、この結果か?」
マサカズは壁に背中をつけ、ちりちり頭をひと掻きした。
「奴らは、エボリューションキーの秘密をいつの間にか掴み、奪い、複製した。そして力尽くで抑制を決行してきたのだ」
ホッパーの説明が正しいのなら、彼はこれまで鍵については秘密のまま、地検と手を組んでいたことになる。徐々にではあるが事情を把握してきたマサカズだったが、それに関わることを避けたいのが本音だった。
「鍵はなんとか取り戻したのだが、“キーレンジャー”なるふざけた名前の五人組が襲いかかってきたのだ。一対一であれば、いや、三人までなら対抗できたのだが、五対一ともなると如何ともしがたく……なんとか一週間逃げ続けた」
「つまり、鍵は最低でも五本コピーされたってことか」
返事を求めるつもりもなく、独り言のようにマサカズはそう言った。するとホッパーは強く頷き返した。
「地検と揉めて、言うこと聞けってボコられて、で、なんで僕のとこに来た? 手短に頼む」
「助けを求めに来た」
それこそ最も求めていない返事だったため、マサカズは大きな声で「はぁ!?」と叫ぶと、ホッパーの青い目を凝視した。ホッパーは臆することなく、胸に手を当てた。
「そう言いたい気持ちは理解できる。しかし奴らはエボリューションキーの力を独占せんと目論んでいる。お前もいずれはキーレンジャーと戦う運命なのだ。しからばこの共闘は必然とも言えないか?」
「ふざけるな。伊達さんや久留間たちを殺しておいて、今更なにを抜かしやがる」
「それについては謝罪する。こちらが間違っていた。本来なら我々は戦うべきではなく、手を取り合うべきだったのだ」
「そういうの、全部嫌いだ。なに都合よく結論づけてるんだよ。お前の犯した罪は、取り返しがつかない。僕はお前と一緒に戦うつもりなんてない」
「そうせざるを得んと言っている」
「知るか。勝手に殺し合ってろ」
「お前にも及ぶ災難なのだぞ?」
「ないね。連中が僕から鍵を奪いたいのなら、そのチャンスは山のようにあった。けど、今まで北見ってのが一度接触してきた以外、僕の身にはなにも起こっちゃいない。連中は、厄介者のお前をどうにかしたいってだけだ。つまり、僕には関係のないことだ」
そう強く反論すると、ホッパーは黙り込んでしまった。彼はもう一度水を飲むと、布団を小さく叩いた。
「出て行け。顔も見たくない」
語彙に乏しく、だからこそ明快な言葉でそう突き放されたホッパーは、マサカズに向かって眉を下げ、口をわなわなと頼りなく開き、瞳を潤ませた。それはマサカズがこれまでに見たこともない、嘆願を表した彼らしくもない情けない顔だった。だが、同情する気持ちにはなれなかった。それよりも弱者面をしているこの男に対して怒りすら沸いてくる。マサカズは目を背けると舌打ちをした。
「間違っていた。鍵の秘密を独り占めにするため、お前たちを殺そうとしたなど、実に愚かな気の迷いだった。鍵を持つ者たちは共に手を取り合い……」
ホッパーの自戒を、マサカズは言い終わるのを待たずに「うるさい!」と怒鳴って制した。
「喋るほど、僕はお前が嫌いになる。たとえお前のようなロクでなしでも、できれば僕はそういった感情は持ちたくない。今すぐここから出て行け。断るんなら、力尽くで追い出す」
マサカズがそう告げると、ホッパーは端正な顔を思い切り歪めて嘔吐きだし、肩を大きく上下させ、遂には声を上げて泣き出してしまった。この、幼児のような嗟嘆の理由は嫌われたためなのか、退出を命じられたせいなのか、マサカズには原因が全く理解ができず、また、したいとも思わなかった。彼は立ち上がると「なら、僕が出て行く」と言い残し、部屋から出て行った。
外廊下にマサカズが出ると、隣の部屋の扉が半分開いていて、そこからレオリオが心配そうに見つめていた。
「あ、気にしないでください芝西さん。ちょっと、うるさくしてごめんなさい」
「どーすんだよ? なんか彼、泣いてる?」
「ちょっと出かけてきます。今日は戻らないと思いますけど、あいつのことは放っておいてください」
「う、うん」
念のために扉に鍵をかけると、マサカズは外付け階段を下り路地に出た。周囲を見渡した彼は監視者の姿を捜したのだが、これまで通り見つからず、仕方がなく駅前まで歩くことにした。陽は傾きつつあり、そろそろ夕方になる。マサカズは途方に暮れていた。最も望むべきはこの不在の間に北見たちがホッパーの身柄を確保し、撤退してくれることなのだが、彼らとの連絡手段がない以上、すべては先方任せで自分としてはできることは、せいぜいホッパーから離れることぐらいしかない。つくづく選択肢に乏しく、あったとしても消極的な方法ばかりである。
小岩の駅前までやってきたマサカズは、駅のショッピングセンターで営業している喫茶店に入った。コーヒーを注文しカウンター席についた彼は、周囲に目を向けた。店内はほぼ満席で、寛いでいたり、ノートパソコンを操作していたり、お喋りに興じていたりと様々であり、誰からも異質さにつながる断片は窺えなかった。
マサカズはひとまず、ここまで判明した事実関係の整理を試みた。ホッパーはその一方的な固定概念を組織に否定され、行動を抑制された。秘匿としていた鍵の力はいつの間にか暴かれ、ホッパーの鍵はコピーされ、『キーレンジャー』なる五人組がおそらくその使用者たちで、彼らによってホッパーは力尽くで従属を強制され、怪我を負わされ、一週間逃げ延び、アパートまでたどり着き、そこで力尽き倒れた。
ホッパーの目的は、油断させられたとは言え、自分を一度は倒した山田正一と手を組み、共闘してキーレンジャーに対抗することだった。キーレンジャーの鍵がホッパーのものをコピーしたものだとすれば、それは四代目となる。確かにマスターキーの自分と、三代目を所持するホッパーがタッグを組めば、勝てる公算はあるかも知れない。しかし、それは不可能だ。まず、北見たちと対立することは、目指している平穏な暮らしを諦めることなる。そして、こちらの方が遙かに大きな理由になるのだが、自分はあのホッパーという男を嫌っている。独善に凝り固まり、我欲のため平気で人の命を奪う冷血漢に力など微塵も貸したくない。子供のように声を上げて泣かれても、欠片も気持ちを傾けるつもりはない。
マサカズは、コーヒーのタンブラーを握る手が震えていることに気づいた。もしかすると、ホッパーの命は風前の灯火というやつなのかも知れない。複数人から痛めつけられ、従属を強要され、それでも彼は従わず、その碧眼は二度と瞬きすることなく、彼は冷たい骸と化し永遠の肉塊となる。マサカズは震える手を押さえつけ、縋るようにコーヒーを啜った。
喫茶店で一時間近く時間を潰したマサカズは、腰のポーチからスマートフォンを取り出し、GPSの追跡アプリケーションを起ち上げた。ホッパーを介抱した際、マサカズは彼が身につけていたジャケットのポケットに、今後の保険の意味を含めて発信器を忍ばせていた。秘密結社エターナルで使おうと考え用意した、以前より小型でありながら高精度の高級品である。アプリーションは、発信器の位置をマサカズの部屋だと知らせていた。まだ、彼は布団の上で号泣しているのだろうか。「僕は、一体なにがしたいんだ」そう呟いたマサカズはコーヒーを飲み干すと喫茶店を後にした。
カレーライスを嫌う者はかなり珍しい。三十年近い人生で、マサカズはそのような見解を得ていた。コンビニエンスストアでカレー弁当を二つ購入した彼は、アパートまで戻ってきた。
電気の消えた薄暗い部屋の布団の傍に、正座をしたホッパーが背中を向けていた。巨漢であるはずなのに、マサカズにはそのシルエットがひどく幼気に感じられた。ホッパーは居住まいを直して振り返ると、「山田さん……」と震える声で呟いた。
「これ食ったら出て行ってくれ。カレー、食えるよね」
マサカズの要求に、ホッパーは三度頷き、カレー弁当を受け取った。
ものの十分で、マサカズはカレーを平らげた。ところがホッパーのスプーンは全くと言っていいほど進まず、カレーは一割も減っていなかった。
「昔読んだのでさ、ファミレスでハンバーグをひと欠けだけ食べ残して、スープバーで何日も居座るってギャグ漫画なんだけど、お前のってそれ?」
質問に、だがホッパーは答えることなくカレーをひと口食べた。
「もう、気づいたか?」
「これですか?」
ホッパーはマサカズの問いに対し、ポケットから発信器を取り出した。
「まぁ、気づくよな」
「自分の居場所を知りたがってくれているとわかり、涙しました」
「やめてくれ。そんなつもりじゃ……いや、どうなんだろうな」
発信器を忍ばせる理由は、敵意を持った相手の行動を把握しておきたかったからだった。しかし今のホッパーは仇ではあっても敵ではない。そのような事情を説明するのも億劫に感じたマサカズは言葉を濁した。
「僕はさ、自分が流されやすいって自覚している。お前なんかとは違ってさ」
「しかし、その結果がこの体たらくです。誠に面目ない」
言葉や態度に心境の変化が感じられる。正座したままカレーを手にするホッパーを一瞥し、マサカズはそう思った。彼は態度を偽れるような器用さは持ち合わせていない。泣き晴らすことで気持ちを落ち着かせ、一時間近く考え事でもしていたのだろう。そして「面目ない」という言葉をこの部屋で聞いたのは、一年前の七浦葵以来だったので、マサカズは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「どうしました、山田さん?」
「いや、前にさ、鍵の力でしくじった子がいてさ」
「自分のように……ですか?」
「どうなんだろうね。力に振り回されて、結局、死んでしまった」
「それは……」
「可哀想な子だった。僕に救えることもできたはずだった。けど、ダメだった。僕は踏み込む勇気がなくって、ほとんど見殺しにしてしまった」
言いながら、マサカズはなぜ自分がカレー弁当を二つ買って帰ったのか、その意味を少しずつだがわかってきた様な気がしてきた。すると、これまでに聞いたことがないような重く低い排気音が窓の外から聞こえてきた。ホッパーはカレーの容器を床に置くと窓に向かい、少しだけカーテンに隙間を作ると路地の様子を窺った。マサカズもそれに倣い、ホッパーに割り込む形で身を屈めて外を見た。
窓のすぐ下、夕暮れの中に一台の車両が停車していた。それはこれまで見たこともない、真っ白な六輪の装甲車だった。江戸川区の住宅街にはおよそ似つかわしくない、物々しい無骨なフォルムの軍用車両で、迷彩色ではない点が不気味さを感じさせる。マサカズはそれが何者で何の目的でやってきたのか、概ねの見当をつけていた。
頭の上で、ガチガチと歯を鳴らす音が聞こえてきた。マサカズが上を向くと、顔色を悪くしたホッパーが全身を震わせ、絞り出すような声で「北見の指揮車です」と呟いた。どうやら、見当は裏付けられたようだ。マサカズは顎を引き、再び指揮車に注意を向けた。
第12話 ─そろそろ決着をつけてしまおう!─Chapter2
スマートフォンが震えた。マサカズがすかさず確かめてみたところ、連絡先に登録されていない、心当たりのない番号からの着信だった。普段なら無視をするところだったが、白い装甲車が停車している緊急事態とこの着信が無関係とは思えない。マサカズはスマートフォンを耳に当てた。
「山田正一さんで間違いないですよねぇ」
のんびりとした、間の抜けた調子の声だった。聞き覚えについては今ひとつ確信が持てなかったが、その口調からマサカズはすぐに答えまでたどり着けた。
「北見さんですか?」
「はい、ご無沙汰してます。あのあとですね、“海原への旅立ち”も食べられましたよ。ありゃ絶品ですね、特に鮭ハラスが完〜璧でしたよ」
「それはよかったですね。実を言いますと、僕も後日、駅弁を二つ買いましたよ。一気に食べてしまいました。あ、もう見てますよね、そちらの誰かが」
「でですね、ウチのホッパーがそちらにお伺いしていると思うんですけど」
話題を変えてきた北見に対して、マサカズは即答を避けた。
「あのですねぇ、引き渡してくれはしないでしょうか? ホッパー、あのイカれた問題児を」
ホッパーと北見たち組織は意見の相違から対立しているとのことだが、それはあくまでもホッパー側の主張であり、マサカズは北見の見解をできるだけ引き出したいと思った。
「問題児? ホッパーはウチで働いていたときは、とても有能な人材でしたよ。仕事もよくできましたし、命令もよくきいてましたし」
「そりゃ、鍵の力を得る前の話でしょ? 今のあいつはパラノイアのモンスターです。ボランティアの必殺仕事人なんて、どーにかしちまってるんですよ。仕事人だってはした金でも取るでしょ? どーにかしちまってる」
力と鍵の因果関係について、どういった経緯を辿ったのかはわからないが、この男は現状を正しく認知しているようである。告げられた内容からその点を最優先に理解したマサカズだったが、北見のあまりにも暢気な話しぶりに、苛立ちを覚えつつもあった。
「引き渡してくれれば、こっちは山田さんになにもしません。あ、監視は続けますけど」
マサカズは通話を切った。ホッパーは不安を隠さず眉を下げ、困り顔を向けていた。
「北見さんだ。お前を引き渡せって。無視しちゃったけど」
ホッパーは目を落とすと忙しなく手を泳がし、首を細かく振った。
「なぁ、ここはおとなしく降参した方がいいんじゃないのか? 向こうに考え方を合わせてさ」
「それだけは嫌です! エボリューションキーの力は、正義のために使うべきなのです! しかし連中はそうではない! くだらん国益のためだけに利用しようとしている!」
「そりゃ、お前が駆け込んだ先が国だったんだから、そうなるのも仕方ないだろ」
マサカズが正論を述べると、ホッパーは両手で頭を抱え、蹲ってしまった。
「国家が悪を野放しにするとは思ってもいなかったのです!」
「まぁ、僕も鍵を手に入れてからお前みたいに考えたこともあったけど、結局悪党なんて見つからず、途方に暮れるだけだったけどね」
言いながら、マサカズは歌舞伎町で二度出会った“プリン”と自称する少女のことを、ふと思い出した。彼女との最初の遭遇は、あの街で悪党を求めている最中のことだった。
「自分の愚かさを、今更ながら思い知りました! しかし妥協はあり得ません! 自分は信念を貫く!」
「なら、戦うか逃げるかの二択だね」
そう告げた途端、玄関の扉が強く叩かれた。
「山田さーん! 鍵開けてくださいな! あ、玄関の方のね。あちらの鍵は、ノーサンキュー」
扉越しに、北見の声が響いた。するとホッパーは窓を開け、外に飛び出した。マサカズが玄関の扉を開けると、よれたダークスーツ姿の北見がすかさず土間に乗り込み、身を乗り出してホッパーの逃走を血走った目で追った。
「ご無沙汰してます。北見さん」
マサカズが挨拶をしたが、北見はすかさず身を翻して外階段に向かって駆けていった。北見に対しては茫洋とした印象しか抱いていなかったが、やはり緊急事態となれば機敏な行動をする。マサカズはそう感心しながら、スマートフォンのGPS追跡アプリケーションを確認した。ホッパーは現在、江戸川方面に向かって移動している。マサカズはジーンズのポケットに手を入れ、「アンロック」と呟いた。
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